12 襲来
自然迷宮:古神木の聖なる森、エリア3。
ここを突破した者は、過去から現在に至るまで、存在しない。
少なくとも、人間というカテゴリーの生物では。
だが、モンスターとなれば話は変わる。その森に棲むのはいずれもモンスターであり、龍もまた人間ではないという意味においては、例外ではない。
龍はこの
しかし、それは龍の中でも最強と呼ばれる龍が、世界で最も強いと言われただけ。
龍の中には、当然、劣化種や混血種など、龍の力をただ一部しか保有していないものもいる。長い歴史の中で純血は数を減らし、元々数が少ないために絶滅した種もいるのだ。
とはいえ、その森のエリア3で生活する分には、何の問題も無い力を持っているのだが。
それ故に、人間にとっては脅威とも言えるのだ。
龍は基本的に、人間を無視する。自分達よりも劣った存在だと決め付けている部分もあるが、それは弱肉強食の世界では当然のルールだ。人間がその辺のありふれた石ころを大事に扱うか? それと同じくらい、龍にとっては、人間はどうでもよかった。
しかし、それを人間達は知らない。
実を言えば、人間の多くは、エリア3を突破できる技量を持っている。にも拘らず、何故未だに突破できていないのか?
簡単な話だ。
龍が棲む里が、エリア3に存在するからである。
龍達は図らずしも、この迷宮攻略の妨害をしていたのだ。
とはいえ、龍達は龍の姿でうろついているわけではないが。
ナインと同じように人間の姿に変身し、質素な暮らしを送っているだけである。
これまで、龍の里は何もしていなかった。
別に人間を襲う者はいなかったし、むしろ、里の近くで倒れた者を介抱したほどである。
人間は食事が必要。人間は身体が脆い。それを理解して、かろうじて伝えられていた人間用の食事を用意したり、回復魔法で傷を癒したり。
時には、人間界隈ではかなり珍しい薬草を土産に持たせた事だってある。
意外と人間に近い暮らしをしていたのだ。
しかし、里は突如として炎に飲み込まれた。
出てきたモンスターはそれなりの強さだが、龍の力を用いればいとも容易く倒せる。しかしそのモンスターは、明らかに森という空間にいてはならない存在だった。
背からぐらぐらと煮えたぎるマグマを溢れさせる、亀のようなモンスターだ。
亀自体が海の生物だし、属性的に言えば火山地帯にいなければおかしい。更に言えば、全長10メートルにもなる巨体が、羽も無く空を飛ぶなどありえない。
その亀は召喚生物と呼ばれる、魔法で呼び出す攻撃用の人工モンスターだった。
龍の里はそれまで、龍が棲んでいるとされていたからこそ平和だったのだ。しかし、幾度も人間を無事に送り返した事で、人間達はやがて、そこに龍がいるとは信じなくなっていた。
長年エリア3を突破できない人間達は、少し焦っていた。
何せその迷宮には、世界が生まれた頃から眠っているという金銀財宝がたんまりあるとされているのだから。何を隠そう、ナインが根こそぎ持ち出した財宝達がそれである。
更に、それを求めた貴族達が、財宝の2割を発見者に譲渡するなどというお触れも出てしまった。
それまで慎重だった冒険者達の歩みが、ここに来て一気に加速した。
そこに、見た目はただの人間でしかない龍の里発見の報せ。加えて珍しい薬草、珍しい鉱石がそこにたんまりとあったなら。
冒険者の中でも良識的な者達が最初にそこを見つけていたなら、事態は全く別の様相を呈しただろう。
だが、最悪な事に、ガラの悪い冒険者が、同じくガラの悪い貴族に、その場所を教えてしまった。ある事無い事嘘多めの文句付きで、である。
人間の中でも少数派が、その村を欲しいと望み、しかし場所的に辺鄙で危険性が高いが故に諦めた。
今回暴挙に出たのは、その村の事を人伝で聞いた、とある宗教団体だ。
最強である龍を軽んじ、あまつさえ神の敵と認識している者達だ。
彼等は龍の里を神の敵だと吹聴した。最初は信じない者達も多かったが、そこは長い時間をかけて人々の認識を歪めて行く。
長い、とても長い時間をかけて、かつて少数だった宗教団体は膨れ上がった。
その人員を投入し、神の敵である『龍の里』を攻撃したのだ。
1体2体であれば、まだ何とかなったかもしれない。
だが、森のモンスター迎撃用として作られたマグマガメ(仮)は、同時に10体も召喚された。
その際、召喚に魔力を使いすぎ、酷い魔力欠乏症を引き起こした信者が数十名ほど帰らぬ者となったが、彼等のほとんどは孤児で天涯孤独。上の人間は、完全に高みの見物を決め込んでいた。
生き残った者達もその孤児や天涯孤独の者で構成されている。だが、その生き残り達も、森を荒らした者としてモンスターに喰われたり、吸収されたりした。
結果として、召喚を行った者達の中で生き残ったのは、僅か3名である。
それも彼等は、召喚に参加していない。
途中から、何かがおかしいと考え出した、賢い子達である。
1人は龍の里へ避難を呼びかけた。
1人は召喚生物の帰還を試みた。
1人は……。
「はぁっ、はぁっ!」
少女は走る。走って、助けを呼ぼうとしていた。
それがいかに傲慢であるかは知っている。どう見ても、自分達が悪い。燃え盛る木と地面に残るマグマに囲まれて、それでもなお、少女は走る。
両手足が酷い火傷になっていたが、構うものか。
彼女は強い魔力の元へと向かっていた。
その魔力は幾つかが集まっており、動きからして人間である可能性が高かった。
彼女は、強い者に助けを請おうとしていたのだ。
彼女は非力だが、走るスピードと魔力の感知、空間把握能力に関しては誰にも負けない自信がある。
まるで何者かから逃げるためだけに存在するような能力だが、今に限って言えばそれは、何にも変え難い羨むべきものだ。
敵を迂回し、ただひたすらに大きな反応の元へ。
ただ、それだけを胸に、ひたすら走る。
感覚の無い手足から、血が出ていた。
もしかすると、助力を請う前に力尽きるかもしれない。
しかし、少女は諦めない。せめて彼等に助けてと言うまでは生きてやると、誓った。
もしそれがモンスターで、こちらの話を聞かない種族なら?
それは考えない。少女の生きる希望は、彼等だけだから。
もうすぐだ。もうすぐ。
少女は、ボロボロの身体を前に突き出した。
焦げ臭い。そして暑い。
森とは思えないほどの熱気が、ナイン達に降りかかる。
エリア3のゲートもかなりボロボロになっていたが、無事に見つける事ができた。早く森から出て、人間に会いたいと考えているナイン達からすれば、かなりゆっくりとした行軍だった。
ユウト達と合流してからは、かなりゆっくり歩いて移動していたのだ。久々に会った友達との会話は、とても楽しいものなのだ。
ユウトも神獣で、食事や睡眠は必要ない。だが、3人も前世の者が集まると、流れで何か食べたいと思い始めるのも仕方が無い。
簡単な調理で美味しくなる、魚、キノコ、木の実の料理を振舞ったのはユウトである。
ロキとティーチが張り切って(相変わらず無表情だったが)食器を作ってくれたので、簡単なスープなどを作ってもてなしたのだ。
ちなみに、ナインがエニシからもらった調理スキルは、それほど役には立たなかった。毒の有無や材料の新鮮さを見分ける程度の権能しかなかったのだ。
料理人に必須のスキルから入るのはありがたいが、実践で使用可能な物が欲しかったと嘆く。何せエリア4のキノコはほぼ全てが毒キノコで、全てが採れたて新鮮なのだから。
更に、ユウトのスキルは調理Ⅶと非常に高い。
おかげで、料理は美味しかった。
それはもう、美味しかった!
何はともあれ平穏無事に、まるで遠足を楽しむが如き行軍だった。
彼等だけを見れば、本当に最難関の迷宮を闊歩しているのか、と問い質したくなるくらい、平和だった。平和すぎた。
だが、それ故に、エリア3の惨状がすぐには理解できなかった。
「何、これ」
「火事に見えるのです。でも、それにしては、ちょっと」
ナインの肌は、猛烈な熱風を受けていた。同時に、熱いにしては湿気が多分に含まれている事を主張していた。
生木は性質上、燃え難い。にも関わらず、ナイン達の目の前には一面炎に包まれている。
空気が乾燥しているわけでも無いのに、自然火にしてはおかしいくらいの燃え広がり方だった。
加えて、上空には何体もの見慣れない……。いや、亀という意味では見慣れているのだが、空を飛ぶ亀というおかしな生物が飛んでいるのだ。疑問に思わない方がおかしい。
「ロキ、何か情報は?」
『はい。現状説明を開始します』
ロキは淡々と話し出す。
やはり、相変わらず無表情だ。ナイン達は汗を拭っているが、彼等は汗というものとは無縁らしい。
『宗教団体:ハルバンナ教キュリエーテ派の者達による、ドラゴン殲滅作戦です。ハルバンナ教はドラゴンを絶対悪として信仰する宗教で、この迷宮のエリア3に龍の里がある事を理由に焼き討ちしました。方法は人工モンスター:マグマガメ(仮)による着火です』
「ちょっと待って。今、モンスターっぽい名前の後ろに(仮)って付けたよね?」
『はい。正式名称は決定されていませんので』
実際決まっていないので、あだ名が正式名称になりそうな雰囲気さえあるが、それはナイン達の知るところではない。
ロキが間違った事を言うはずも無いので、ナインは「ふぅん」と納得しておいた。
動く辞書であるロキが、嘘を吐く事などありえない。
『それと、ナイン』
「どうかしたの、ロキ?」
『北北西、龍の里方面より、猛スピードでこちらへ向かってくる者を発見しました。敵意は存在しません。治療を行いますか?』
「えっと、ケガをしているって事なのかな」
『はい』
ロキが肯定すると、ユウトの表情が険しくなる。彼は医者志望なので、当然と言えば当然か。
「治療って、どういう風に?」
『それは――』
ロキが言い終わる前に、ナインの高性能な耳が異音を察知した。
ガサガサと、時には何かが折れる音も混じりながら、たしかに何かが近付いてくる音だ。
その音に、ナイン達は身構える。
敵意が無い事と、敵対するかどうかはまた別問題なのだ。
草木を掻き分ける音は次第に近付いてくる。
やがて、赤く輝く木々の向こうから、人影が現れた。
「たす、け……ッ!」
現れると同時に、少女はナイン達に呟く。更に同時に地面をえぐるように倒れこんだ少女は、砂煙の中でピクリとも動かなくなった。
「……酷いな」
「……うん」
決して、彼女の登場の仕方に対する感想ではない。
ナイン達の目に映る少女は、髪も、服も、身体のいたるところが炭化しているような状態だった。完全に細胞が壊死している状態なのである。
前世で生きていた世界でも、完治はこの上なく難しいだろう。
どうやって言葉を発したのか不思議なほど、喉も酷い火傷を負っていた。
ナイン達に「助けて」という言葉を伝えるためだけに、ここへ向かっていたという事を、ナイン達は自ずと理解した。理解させられた。
「ねぇロキ。この子、治せる、よね。さっき、治療できるみたいな事、言ったよね」
『はい。現状で、対象の傷の治癒は可能です』
ナインはホッと胸を撫で下ろす。
少女は、幼かった。ナインよりは年上かもしれない。ナインは歳の割に背が低い方だから。
ナインは傷を悪化させないように、少女には触れないでおく。
代わりに、肝心な事をロキに尋ねた。
「それは、ロキが出来るって事?」
『……――』
ロキは、少しだけ間を空けた。考え込んでいるような、不思議な間だ。これまでナインが質問した事にはすぐ答えていたのに。
だが、珍しい事にいちいちかまけている余裕は、ナインには無かった。
目の前の少女は、放っておいたらすぐにでも死んでしまいそうなのだ。
これが前世なら、携帯電話にたった3つの数字を打ち込んで、救急車なり消防車なり呼んだだろう。しかし、この世界にはそんなものは無い。
あるかもしれなくとも、ナイン達にそれを呼ぶ手段は無い。
仮にそれを呼んだとして、こんな場所へ来るまでに少女の命の灯火が消える事は火を見るより明らか。
だが、この世界にしか無い救出方法なら、あるいは。
その方法が、現時点で使えるとロキは言ったのだ。
もしかすると、期待したが故に、ロキの言葉が一瞬、遅れてナインに届いたのかもしれない。
ロキは、妙に力強い声で、
『 ―― ナインなら、出来ます 』
と、言い放った。
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