11 狼との縁

 ナインの声に、ユウトの頭上にあった耳がピクリと揺れる。


 彼はまず目を見開いて、何度か瞬きをし、それから一度目をこすった。


「え、あ、その」

「わ、声が低い! でも、ユウトだよね? そうだよね! わぁあ、本当に久しぶりだよね、ね!」


 金色の瞳をこれでもかと輝かせるナインは、持ち前の脚力によって一瞬でユウトに詰め寄った。

 ユウトは座っていたため、ナインが上から見下ろす形になっている。


 転生者の容姿は、人間であったなら、現世における両親の容姿に似る。前世の血など受け継げるわけがないのだから、当然と言えば当然だ。


 ではモンスターなら?


 そもそも彼等の持つ人化の術は、ただ人間の形になるだけという物で、意外と容姿の変更には融通が利かない。たとえば髪の色は変えられるけど、髪質は変えられない。目の形を変えられるけど、瞳の色は変えられないなど。

 加えて低級のモンスターが人化の術を使うと、人間らしくない見た目になる事が多い。運良く獣人などに近い容姿になれば御の字というくらい、人化の術は難しいのだ。


 ちなみにナイン達は最上級とも言える生物なので、クオリティとしてはパーフェクト。

 ついでに精神面も人間寄りなので、自分から正体を明かさない限りはばれないだろう。


 結論を言ってしまえば、特にイメージしなければ、彼等の姿は『魂』に左右される。人間ではない彼等が人化の術を使った場合、何も意識しなければ、デフォルトで前世に似通った容姿になるのだ。


 モンスターや神獣は、言ってしまえば魔力と呼ばれる物から生み出される。それ故に、血の繋がりよりも種族の繋がりを意識しやすい。

 たとえばドラゴンはドラゴン同士というように、容姿が似た者同士が寄り集まるだけで、生殖行動の類はあまりしないのだ。


 もっとも、男女に性別が分かれている事から、色々とお察しの事情もあるのだが。


 ともあれ。


 ナインは10歳の、それもまだ火傷を負う前のユウトを記憶している。だが、その頃とは顔立ちも体格も声や目線だって違うのに、何故かナインはユウトだと分かったのだ。

 しかも、疑問系を一切使わず、イキナリ確定系で声を掛けた。


 ズバリ言い切られたユウトも、混乱の局地に立たされる。


「……え、っと。ナイン? なのか?」

「そうだよー、ナインだよー。わぁ、何か、こう、強そうだね!」


 ナインは未だ状況がよく飲み込めていないユウトを、しつこいくらいに観察した。ユウトの姿は転生特典なのか、成人はしていそうだが、幼児特有のかわいらしさも相まった不思議な容姿となっている。


 重ねて言うが、ユウトはナイン死亡時点より10年も後に死んだ。今の容姿も、ケガをしていない好青年くらいの格好だ。それもケモミミ尻尾付きである。

 ついでに、ちょうど物思いにふけりつつ「ナインと会いたいなー」くらいの軽い感情が浮かんだ、ちょうどその時。記憶の中にあるナインの声が、そのまま現実で聞こえてきたのだ。


 混乱しない方がおかしい状況である。


「や、その、えっと。……久しぶり?」

「うん! と言っても、私にとってはほんの2週間くらいしか経っていないけど」

「……2週間? 10年まえじゃなくて?」

「うん、そう。神様達の都合で、10年遅れて転生したの。……って、よく考えたら、ユウトはもう大人って事だよね?! うぅ、ちょっとショック」


 ほんの数日前は同い年だったのに。とナインは肩を落とす。


 もっとも、ナインの知識はそこら辺の大人よりも豊富だった。ナインと知恵比べをして勝ちたいのなら、専門知識を詰め込んだ教授くらいでないといけない。


 当時のナインのクラスメイト達は、ナインに触発された天才児組と呼ばれたほど頭が良い。ユウトも例外ではなく、本当、見た目の事が無ければ最年少で医者になる事も夢ではなかっただろう。


 実際、夢は現実になろうとしていたのだから、世界の崩壊なんてものが無ければ少しは追いつけていたかもしれない。

 ナインの死から10年経っても、未だ彼等はナインの領域に踏み込めていないのだ。

 それを理解しているからこそ、ユウトは苦笑混じりに口を開く。


「大人の世界に足を踏み入れた、っていう事なら、まだナインの方が先輩だ。クラスメイトだった奴らは、大半がまだ就職していなかったし」


 ナインがあまりにも落ち込むせいで、ユウトはすっかり落ち着いてしまった。

 何せそのままなのだ。記憶の中でも最後に覚えている彼女が、そのままここにいるのだ。喋り方、仕草、声の高さまで、何もかもが変わっていない。姿だけは違うが、それはお互い様である。


 ナインがいつもどおりすぎて、混乱が一周してしまったのだ。一周してしまえば、冷静になる。


 それに相手はあのナインなのだ。常時規格外が何をしようと、規格外という名の想定内に収まってしまうのである。

 何が起こっても、その事象を起こしたのがナインなら、問答無用で無敵の理由が作れる。


 曰く『ナインだから』と。


「そういえばさ。私達ドラゴンになったんだけど、ユウトは何になったの?」

「へー、どら、ドラゴン?! それは凄い物になったな……」


 それはともかく、ユウトの慰めでいくらか気を持ち直したナインは、話題を転換した。


 容姿が違うにもかかわらず、ナインはユウトをユウトだと認識できてしまったのだ。それで自己紹介も何も無かったのだから、転換する話題としてはうってつけである。


 一方で、ナインが気分を変えたいがために急な話題転換を振る事は、前世からよくあった。そのためユウトは自然な流れでナインの話題に耳を傾ける。

 更に言えば、ユウトは自身が何者で、ここがどのような世界なのかを予めティーチから聞いていた。


 だからこそ、ドラゴンという単語に少しばかり、強く反応してしまったのだ。


 ぶっちゃけて言えば、ドラゴン、龍と呼ばれる存在は最強だ。この世界における生態系の頂点に君臨する生命体であり、カテゴリーとしては神獣の部類に入るが、正直、他の神獣とは比べ物にならないほどに強いのである。


 それでも、ユウトの転生した個体は、その生態系の中でも次点であった。

 白金王狼プラティナフェンリルと呼ばれるそれは、龍と同じだけ生き、龍と同じだけの知識を持つ狼である。それで龍よりも弱いとされるのは、単純に体構造と行動範囲の問題だろう。龍が天空の覇者であるなら、狼は地上の先駆者などと呼ばれるくらい有名だ。


 言ってしまえば、地上を駆ける狼より龍が強いのは、龍が空を飛べるからである。

 更に言えば、鋼鉄の鱗などで自然に鎧が出来ている龍と違い、狼は見るからに柔らかい。どうやっても、龍よりも物理防御力が見劣りしてしまう。加えて狼は、龍よりも身体が小さいのだ。小回りは利くが、迫力に関しても龍に二歩も三歩も及ばない。


 とはいえ龍は数が少なく希少であるが、狼は日常で目にする事もあるほど身近だ。知名度という点においては龍に勝るとも劣らないのである。

 世間一般で強いとされる者達の祖先は、龍、狼、更にあと3つの種から派生している。中でも有名なものこそが龍と狼なのだから、種としての人気も二分するのだ。


 ちなみにあとの3種には、妖精も入っている。ファンタジーでは定番のエルフやドワーフなどは、彼等の子孫だ。

 ロキ達が自身の容姿の参考にした種族である。


「ナインの姿は、ドラゴンっぽくないな」

「そういうユウトだって、狼っぽさは……あるね。モロにあるね。耳も尻尾ももふもふだよね! ね、ね。触って良い?」

「そういう事は、触る前に聞いてくれ」

「で、返事は?」

「はぁ……良いけど」


 もふもふの耳と尻尾をナインの方へ向ければ、ナインの顔が今まで以上にパッと明るくなった。溜め息をついているが、ユウトも満更ではないのか、その顔には笑みが浮かべられている。


「ほぇー……」

「ん、どうかしたのか、クロウ。って、あー……」


 それまでナインに注視していて気付いていなかったが、この場にはクロウもいたのだ。ユウトは前世で、包帯まみれの姿でしかクロウに会っていない。

 それでユウトの事に気付いてくれというのは無理難題だったので、そこはナインがいてくれて良かったと思わなくもない。ただ、気付いてしまえば気まずさが押し寄せてくる。


 彼は前世で、クロウとマトモに会話出来たためしがないのだ。


 むしろ、怖がられて遠ざけられていた記憶しかない。ナインの眠る仏壇は、当然の如く詩兎家にあったので、お参りに来る度に怖がらせていたのだ。


 申し訳なさと悲しみに、言葉が詰まってしまう。


 ユウトはいかにも気まずそうに目を逸らしたが、ナインが構わずもふもふしているので、顔自体をそむける事は出来ていない。ナインは絶賛、狼耳を堪能中だった。

 しかしクロウはというと、いつになく好奇心旺盛な瞳で、ユウトを見つめる。


「え、っと、何だ」

「ほぇっ! あ、あの、その。そ、そんなに、その、そんなに綺麗なお顔をしていたとは、知らなかったのです。なので、あっ、あうぅ」


 クロウはその時、見入るというよりも、魅入っていた。

 何せユウトは、とても整った顔をしている。日本人然とした、外国人に比べれば平坦な顔をしているが、まず間違い無く、イケメンと呼べる類の顔立ちなのだ。


 どこのアイドル?! どこのモデル?! と噂される程度には、格好良い。


 正直、直視するのが憚られるほどに、格好良い。


 パッチリとした二重の目。シュッとした顔の輪郭。目鼻立ちがしっかりしていて、睫毛が長めなのが印象的。不思議なほど左右対称の顔は、最早芸術と言っても過言ではない。


 場所のせいもあって髪型は少し乱雑だが、ナチュラルなぼさぼさ感が逆に良い仕事をしている。


 クロウは、近所のお姉さんが言っていた「イケメンなら大抵の事は許される」という言葉の意味を、曖昧ながら理解した。

 髪色なども相まって、神秘性を醸し出した紛れも無いイケメンなのだ。


 犯罪などは論外であるが、たしかに、ダサい服をも着こなしそうなオーラを纏っているではないか。

 多少汚れた程度では、逆に美貌が昇華させられてしまう。


「ほぇ、か、かっこいい、なのです」

「ん?」

「さ、触っても良いですか、なのです?」

「それは良いんだが。……姉弟揃って、許可より前に触らないでくれ……」


 前世では、ユウトの姿の件もあって、クロウには避けられていた。クロウは怖い物が苦手だった事と、ユウトがいつもギロリと睨んでくるからである。


 しかし今は違う。全く違う。


 前世から一転、自ら近付いてきたクロウに再び混乱しつつ、自分より背の低い子供2人にもふもふもしゃもしゃと触られ続けるユウト。

 2人は驚くほど良い触り心地に、容赦なく、それでいて丁寧にもふもふし続ける。その2人の顔は見た事も無いほどに緩みきっており、眠気も覚えないために1日中それは続いた。


 実は微妙にくすぐったいので、1日以上は触らせなかったが。

 1日でも、物凄く長いという事は言わずもがな。


 とはいえナイン達もある程度は満足していたので、衝突も無く、3人は揃って森の出口まで向かう事にした。ユウトもまた、人里へ行こうと考えていたためである。


 こうして、ちょっとぐだぐだしてしまったが、ナイン達の旅に2人が加わったのだった。



 エリア3へのゲートは、もうすぐそこに――


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