04 神様のお願い
ナインは、自身が生まれた地点まで戻ってきた。
そして、自身の入っていた卵の欠片が散乱している光景を見て、片付ける事に決める。
まだ日が高いとはいえ、今日はここで1日を過ごそうと考えていたのだ。卵の殻はまだ湿っていて柔らかいのだが、乾燥すれば硬くなって、無防備な肌に刺さるかもしれないので。
幸い、殻は細かい物が無く、すぐに集め終わった。殻も貴重品かもしれないという事で、ナインは鞄の中へと放り込むと、その鞄を自身の収納スキルに放り込んだ。多少無造作に扱っても、簡単には壊れない事は実証済みであった。
何回か木の枝に引っ掛かったはずが、綻びが一切見られないのだ。
ナインは便利だ、くらいにしか感じていないが、実は神木の類はとても頑丈で、自然に朽ちてしまわない限りは折れる事がない。そんな木に引っ掛かれば無事では済まないのが常識であった。
「片付け終わり! って、まだまだ寝るには早いかな……」
時間的には、まだ昼を少し過ぎたくらいだ。太陽は正に昇りきった直後で、ここにセミの声でもあれば、完璧に夏っぽい。
気温的には夏であると仮定して、ナインはその場を見回した。
心地よい風が吹き、大きな神木の陰になっている空間。
聖白百合が咲き、甘い香りを放っている。蝶や虫がいてもよさそうな場所だが、見渡す限り、ナイン以外の生き物は見当たらない。
「静かね、ここは」
その呟きに答える者はいなかった。
ロキは、ナインの質問に対しては回答を出すが、感想に対しては何の言葉も返して来ないのだ。
苔むした白い石で作られた、壁だったらしいもの。青々と茂った葉を蓄える神木。
それまで大して気にしていなかったが、神木の幹は真っ白で、淡く発光している。神木しか見当たらないため、視界の半分以上が真っ白だった。葉もそれほど落ちておらず、腐葉土の類は全く無いのに木々が元気に育っている。
もしや、誰か管理人がいるのでは。ナインはふとそんな事を考える。
だが同時に、いるはずが無い、とも思った。
ナインはそれとなく、人の痕跡を探していたのだが、自分が行ったどの地点にも人がいた形跡は無かったのだ。少なくとも、生き物の気配は全く無かった。
寂しい。
ロキという、とりあえず話し相手になりそうな存在がいたおかげでごまかせていた感情。
ナインは、龍としてはまだ今日この日に生まれたばかりの赤ん坊だ。
だが、前世では10歳近くまで生きていた。
それでも、まだ10歳とも言える。
いくら仕事に忙殺されようとも、家族が、客が、マネージャーやら教師やらが彼女の傍にはいた。それが急に、誰もいなくなってしまったのだ。
1人ではないという意識が常にあったからこそ、寂しいとは思わなかった。
それが、今は1人だ。
「……」
ナインは、寂しくなっていた。そんな彼女に話しかける者は、いない。いるのは、感情というものを持つことのなさそうなロキと、人のいない静かな空間だ。
誰しもが、見知らぬ土地、見知らぬ風景の中に入った時に感じるもの。
いわゆる、ホームシックであった。
それも、絶対家へは帰る事の出来ないという状態である。
数時間はテンションが高すぎて気付く事の無かった孤独感が、一気に押し寄せて――
『ナイン、連絡が来ています』
―― こなかった。
「……えっと、連絡って?」
『エニシからの連絡です。応答しますか?』
「連絡できるの?!」
『出来ますよー。いやぁ、お伝えし忘れてしまって、申し訳ない』
ロキではない、聞き覚えのある声が、ロキのいる辺りから聞こえてきた。ロキ自身の口は動いていないため、声を出しているのがロキではない事がうかがえる。
「え、エニシ? なの?」
『ええ、そうなります。……あ! ナビに名を与えたのですね! これは珍しい』
やけに嬉しそうに話すエニシの声が、困惑しているナインに届く。ロキを媒体とした通話であり、テレビ電話のような相手を見ながらの通話とはいかないが、それでも、ナインの孤独感は薄らいでいた。
というより、急な連絡のせいで、孤独感が全て吹き飛んでいた。
「な、何で、その。連絡を?」
『あ、そうでした。実はですね、出来ればで良いので、聞いて欲しいお願いがありまして』
「出来れば、ですか」
『ええ。ナインさん。貴方の頭上に、ナインさんと同じ龍に転生した者がいるのです』
「えっ、龍に、転生……!」
ナインはその場で見上げる。かなり太い幹の、それはもう背の高い巨木が目に映った。頭上というと、その太い幹の先に生い茂る、青い葉の上という事になる。
頭上と言っても、目分量で10メートル以上もある背の高い樹の上だ。目で見える範囲に、彼の言う転生者らしき者はいない。
『彼の意思で転生したので、本来なら任せようとは考えないのですが……。彼はまだ生まれたばかりの魂をもって生まれました。そのため、運命が定まっていない、非常に「つられやすい」状態にあります』
「と、いいますと?」
『たとえば、とある珍しい病気にかかる運命を持った者の近くにいれば同じ病気に。金持ちになれる運命を持った者が近くにいれば金持ちに。不幸な死の運命を持った者の近くにいれば同じような不幸な死を迎えてしまいます』
「え、それ大変じゃない?!」
ええ、と声のみで頷くエニシは、そのまま言葉を続けた。
人の世界で様々な知識を得、力の扱い方を覚えて死んでいく。本来なら、そうする事で魂に必要最低限の知識を刻み込み、次の人生で活かせるようになる。
幸か不幸か、ナインと同じ10歳で死んだため、それなりの知識はすでに持っている。むしろ、何も知らない故に吸収は早く、まるで乾いた砂が水を吸収するように次々と知識と言う名の水を吸収するらしい。
エニシ曰く、そんな異常な吸収性のおかげで、神の力をも吸い取ってしまう。神の力は、人として生まれた魂には強すぎて、下手をすると人間としての寿命を縮めてしまうらしい。
そういう事もあって、転生の希望を最低限しか聞かずに転生させたのだ。
その転生希望の多くは、ナインのものを転用したらしく、そのため、ナインと同じ種族になった。そして都合の良い転生体こそが、ナインの頭上にある龍の卵だったのだ。
『というか、短時間でも一緒にいたために、ちょっと力が移っちゃっています』
「それはご苦労様です」
『幸いにも、運命の脱線は最も長く一緒にいた者に左右される事が多い。そこで、ナインさんの元へ送ったというわけです』
「そこで何で私なの?!」
『ナインさんは、とても平和な方だからですよ』
人に限らず魂は生死を繰り返し、輪廻を巡る内にある程度運命が定まっていく。中でも初めの運命は誰しもが不確定要素となりえるため、気を配らなければならない。
本来であれば。新たな魂は、どこまでも平凡な運命の持ち主か、あるいは超激動の人生を送る者の元へと送られる。しかし、そこで思わぬ事態が起きてしまった。
ナインの死である。
『ナインさんは、本来であれば平和な運命を辿る予定でした。それが齢10歳で死亡してしまい、こちらも荒れたものです。結局、彼も10歳で死亡してしまいましたが』
「私と同じ?!」
『貴方がいなかった分、彼の方が激動の運命を辿ったと言えるかもしれません』
そこで一息ついて、エニシは真剣な声音で乞う。
『物で釣る訳ではありませんが……引き受けてくださるなら、相応のお礼をいたします。たとえば、ナインさんなら喜びそうな「料理スキル」とかね』
「料理? 私、料理はした事無いよ?」
毎度おなじみ的な感じで、ナインの脳裏に両親の顔が投影されていた。
もしナインが大人になった時、ちゃんと子離れできるのか? という疑問が常日頃拭えなかった両親である。彼等は頑なにナインに料理をさせなかった。
理由は言わずもがな。
危険だからだ。
包丁、火、たまねぎ、小麦粉を理由に、料理を手伝わせてもらえなかったのである。
「思えば、小麦粉は謎だった」
『汚れるからではないでしょうか? ともかく、料理ができれば、旅の間に不味い兵糧を食べる事は無いと思いますよ』
「あ、それ良い! お願いします!」
こうして、料理をしてみたいという思いから、アッサリと神様のお願いを事にしたナインであった。
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