03 勇者の宝


 遺跡を探検して間も無く、苔むした石の扉を見つけたナイン。


 靴のおかげで足が痛む事は無い。敷き詰められた砂利の上を、所々亀裂の入った石畳の上を、古神木の根らしき様々な太さの根の上を、何も気にせず闊歩する。

 ナインは前世でもそうだったのだが、バランス感覚に優れていた。少しでも面積があれば、鼻歌混じりにどんな場所でも歩いていける。それが、靴の効果で水面も歩けるようになってしまっているのだから、もうマグマでなければ「歩けない」とはならない自信があった。


 さすがレアリティSSSの靴。こんな物を作り出した張本人のナインは知らないが、この靴ならばたとえ尖った槍の先だろうと。たとえ底無し沼の上だろうと。たとえ高圧電流の流された銅版の上だろうと、本人も靴も無傷で闊歩できるのだ。

 マグマなど、さすがに人が生きていられない熱量の中では無理である。靴があっても靴を履いている本人がどうにかなってしまうからである。


 しかし、それ以外であれば行けるのだから恐ろしい。

 レアリティSSSの靴とはそういうもので、ナインの身体能力がその靴の能力を最大限に活かす。


 よく転ぶ人物がこの靴を履いていても、あまり意味は無い。触れれば傷を負う所へ、自らダイブしてしまうのだから。


 正に、ナインのためにある靴であった。


 靴のおかげで、遺跡の最奥にある扉まで辿り着いたナイン。苔むしているのは扉だけでなく、そこに至るまでの階段、廊下など、奥に行けば行くほど苔は増えていた。

 天井付近にのみ窓だったはずの穴が空いており、風通しが悪く、湿気がこもっている。加えて日光だけは入ってくるから、苔の増殖には困らなかったのだ。


 何も考える事無く、ズンズンと奥まで進んできたナイン。ここまで何度も、ナインの目前にそびえているような大きな扉はあった。だが、全壊していたり、半壊していたり、扉は無事でも周囲の壁に穴が空いていて中を確認できたりと、不便は無かった。


 この遺跡が造られてから、相当な時間が経っている。このまま全ての部屋が、扉を開けずして全て確認できるかもしれない……。

 そう思っていた矢先。ここに来て、ようやくマトモな扉が出現したのだった。


「……?」


 扉は、ナインを5人重ねても届かないくらい、大きい。そのくらいの扉を何度か見かける事はあったが、それがまるで、作られた当時のまま残っているような錯覚を覚えてしまう。

 それだけ扉は美しいのだ。経年劣化という言葉を、苔以外が無視しているような。亀裂や欠損などの類が見る限り見えないのである。


 まるで、そこだけは時が止まっているかのような――


 不思議な扉へ吸い込まれるように、ナインの手がかかった。


 石の扉はとても重そうに見える。しかし、ナインは片手で、まるでキャスター付きのイスを転がすように開けてしまった。

 ただ、扉は開けた途端にいかにも重そうな音を立てて、床を削り取りそうにしながら開く。


 筋力SSは伊達じゃないのだ。


 扉を開けた先には、埃臭さは無い。あるのは草花の香りと、ひんやりとした空気。

 天井に円く空いた穴から差す陽光が、キラキラと輝く黄金色を照らしていた。


「わあ!」


 所々苔むしているが、それは紛う事無き黄金の輝きだった。すなわち、金貨、銀貨、その他いかにも高価そうな宝飾品である。


 ナインはこういった金銀財宝を探しにここへ来ていた。しかし、いざそれらを目の前にして、思わず呆然としてしまう。

 いくらナインでも、普通に探してこうも簡単に見つかるとは思わなかったのだ。


「ん、この真っ白な剣は何かな?」


 驚きと興奮もそこそこに、ナインは財宝に触れないよう遠目に見渡した。大量の金銀財宝に、埋もれるようにして真っ白な剣が刺さっているのを確認する。


 そして、当然のようにロキへ尋ねる。


 ナインには鑑定EXというスキルがあるのだが、ロキに尋ねた方が早いと思ってしまった。

 根拠は無い。


『伝説級武具:勇者の剣です』

「ハイ説明」

『選ばれし者、勇者のジョブを手に入れた者だけが扱う事のできる、伝説の剣です。勇者は時代の変換期に出現する存在であり、変革者とも呼ばれる存在です。

 勇者は主に、その時代に現れた巨悪を倒す者です。

 勇者以外も所持は可能ですが、重量は勇者が感じるものの100倍。重篤な行動阻害が発生します。ナインの筋力SS、速力SSS、抗力EXがあれば無意味です。むしろ、手加減EXと合わせて使えば通常の人間が扱う剣として使えるでしょう』


 それは意味があるのだろうか、と、ナインは思考にふける。

 龍としての力が失われる武具などあっては、安心安全な旅が出来ないのではないか、と。


 ナインの思考は、今現在、楽しい旅と美味しい料理に支配されつつあった。そのせいで総合的な判断力が欠落しかけている。

 とはいえ、勇者の剣を壊したいとかは考えない。旅の邪魔になりそうでも、別に壊すとか、持っていかなければならない理由は無いので。


「ちなみに、持っていた場合のメリットは?」

『人に比べて筋力が圧倒的に高いナインが気を緩めた際、人間用の食器を誤って破壊する恐れがあります。手加減EXは意識していなければ発動できませんので、勇者の剣があれば気楽に食事が出来るかと』

「前言撤回、持って行きましょう!」


 旅中心の考えから、ナインはそこにある物を全て持っていく気満々である。とはいえ、剣をずっと持っている龍、というかドラゴンを想像して、剣に触れるのをやめた。


 格好悪い。


 剣は人が所持するものであって、牙や爪を武器とするドラゴンが身に着けても飾りにすらならない。


 似たような効果を持つ物は無いかと、探してみると……あった。

 ナインが鑑定を発動させて、特殊な武具が無いか探したのだ。


 あった。


 誰が勇者の宝に紛れさせたのか。愚者の腕輪という、身に着けた者のステータスを下げる腕輪があったのだ! 勇者の剣と同様に、ナインの能力を普通の人間レベルまで下げてくれるアイテムである。


 さて、腕輪は持っているだけでその力が発動してしまうようなので、常に着けていては安心安全な旅まで影響が出てしまうだろう。

 というわけで、ナインは自身の収納Ⅰという機能をあらためる。


 ちょっとダメだった。収納Ⅰは、自分で持っているのと同じ効果が出てしまう。Ⅲであれば、完全に別空間に収納するという機能になるのだが、Ⅱまでは外の影響をモロに受ける、重量の無い鞄を持っているようなものだった。

 これでは、愚者の腕輪がナインに影響してしまう。


 ナインは都合の良い物が無いかと、再び周囲を見渡した。


「あ、鞄があるわ! けど、これだと全部は持って行けないわ。うーん、残念だけど、ここにある宝物の、幾つかを持っていこうかしら。ねえ、どのくらい入ると思う?」


 金銀財宝と一緒に、その場にそぐわない、見た目布製の鞄をナインが見つけた。金や銀の輝きに埋もれるように、クリーム色のぽってりとした見た目の鞄が鎮座していたのだ。


『それは魔道具:裁縫神の収納鞄です。容量は無限です』

「ハイ、もっかい説明」

『収納鞄はその名の通り、あらゆる物質を収納する事の出来る鞄です。材質、製作者などの要因によって、内容量が大きく変化します』

「じゃあ、これは?」

『裁縫の神によって作られた、世界最高品質の収納鞄です。レアリティはSSSです。容量は無限になっており、中に入った物質に任意で時間停止、保温、保冷などの補正がかかります。

 所有者はナインです』


 ふむふむ、と、ナインは頷いた。ただ、実際には容量が無限と聞いて、内心「あら便利そう」くらいしか考えていなかった。

 ただ、5秒、10秒と経って、ようやくロキの台詞を咀嚼する段階になって、小首をかしげる。


「今、所有者って言った?」


 ナインは、鞄に触れていない。

 真っ白な指も、長い髪も、靴越しにだって触れていない。所有者になりそうな事があるとすれば、いかにも重そうな扉を押し開けて、財宝の部屋に入ってきたくらいである。


『はい。製作時にナインの卵を削り、それを使って作り出されたようです。そのため、この鞄はナイン以外では充分な力を発揮できません。


 具体的に言えば、ナイン以外が使用した場合、容量が見た目の2倍ほどまで縮小、その他機能の停止などが発生します。また、ナインの持つ収納Ⅰの機能ではこの鞄の性能との差が大きすぎるため、併用する事をオススメします』


「私、専用……」


 ナインはゆっくりと収納鞄を手に取り、眺める。

 このような鞄を、ナインは持った事が無い。だが感触はすべすべしていて柔らかいため、ナインの白くて細い手によく馴染む。手が鞄に吸い付いているような、妙なフィット感がある。


 昔の人は、なんて物を残してくれたのだ。


 旅に出るなら物凄く便利ではないか!


 ナインの持つ収納Ⅰというスキルは、この鞄を2つくらいしまえばすぐ容量が無くなるほどに小さいというロキの言葉で、ナインは決心する。


「持って行きましょう!」


 ナインは鞄を掲げ、満面の笑みを浮かべた。

 それから金銀財宝を手当たり次第に詰め込んでいく。特殊効果の無い宝石製の杖、前世でも何と無く見たかもしれない水晶の髑髏などを鞄に入れていく。


 金貨や銀貨などは全く劣化が見られないが、古すぎて既に使えないだろう貨幣である事は想像がついた。しかし相当古くとも、金や銀は価値があるだろうと考えて、それを人間の街で、良い感じに換金しようという魂胆である。


 鑑定を使えば、現在のお金に換算してどのくらいの価値になるのかくらいは分かる。

 ロキの見立てと全く同じなので、大丈夫だろう。


「勇者の剣に、金銀財宝。うん、良いわね! ワクワクするわ!」


 ナインは満足そうに笑うと、周囲をキョロキョロと見回した。

 強いて言えば、罠なんかがあると面白かったのに。……と思わないでもないナイン。


 しかし、モンスターが異常なまでに多いダンジョンとの事で、罠が無くとも最深部まで辿り着けない者が多いという事に気が付く。


 罠を張らずとも、勝手に脱落者が増えていくのだ。

 最深部だからこそ、最上級の罠があればよかったのに。そう思わないでもない自分がいるが、その気持ちは抑えておく。


「この財宝は、いわゆるご褒美というところね」


 モンスターばかりの迷宮を通り抜けた先に現れた、大量の金銀財宝。罠の用意されていない部屋である事から、どう考えてもやってきた人、特に勇者への『ご褒美』なのだろう。


 それを考えると、本来なら宝を残しておくべきなのだろう。だが、それに気付いてなお、ナインはにっこり微笑んで、全てのお宝を鞄に収め、元来た道を戻った。

 重い扉を閉じて、ナインは後ろも振り向かず、その場を後にした。


 ……。


 その部屋が音も無く崩れたのは、ナインが出て行った直後のことである。

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