02 靴を履こう


 自然迷宮:古神木の聖なる森。


 ナビであるロキは、ナインが今しがた目覚めた場所をそう呼んだ。


 ナインが改めて見回してみると、やはり、何度見たって緑が生い茂る遺跡にしか見えない。迷宮というのは何なのか、古神木とは何なのか。ナインは早速、ロキに訊ねてみる。


『自然迷宮:古神木の聖なる森の説明を開始します。

 豊かで壮大な自然が作り出した迷宮。古くから神木であるとされてきた大樹を中心に、かつていたであろう人の気配と多くのモンスターがいる迷宮です。

 古神木の根元にはお宝が眠っているとされますが、モンスターは奥へ進むごとに強さが増し、未だ古神木に辿り着いた者はいません。ちなみにこの情報に根拠は存在しません』

「わぁ、ゲームにありそうな景色だわ。ここはダンジョンの中なのね!」


 迷宮だと、よく子供が喜びそうな小さい迷路とかを思い浮かべていたナイン。しかしロキの説明に、一気にテンションが上がる。


 ダンジョンだ。あの、RPGでおなじみのダンジョンだ!

 まるでゲームの中に入ってしまったかのような、不思議な感覚なのである。


 実際の話、異世界に転生したなんて、ゲームや小説の中にしか無かった話なので。


「ね、ね。ここって、そのダンジョンのどこ辺りなの?」

『現在地の詳細……ここは自然迷宮:古神木の聖なる森:最深部となっています』

「最深部……? じゃあ、ここがお宝のあるかもしれない場所なのね!」


 ふむふむ、と頷くナインは、再びテンションをMAXまで跳ね上げる。


『宝物のある可能性は高いですが、無いという可能性もあります。歴史的価値のある遺物が眠っている可能性は極めて高確率です』

「あるかもしれないだけで良いの! ドキドキするなぁ……土を掘り返した事も、大木に触れた事すら無いのだもの!」


 ナインは前世では、10歳で既に社会人で芸能人だった。だから外に出る機会、特に他県や海外に行く事は非常に多かった。


 しかし。


 近所の公園も、自宅の庭でさえ行く事は無かった。

 理由はただ1つ。


 ナイン、およびナインの弟を溺愛する両親の、異常なまでの心配性である。


 大事な、それはもう大事な娘が、万が一にもケガなんて負わないように。

 事故になど遭わないように。

 仕事と学校で外へ出る以外の時間は、家の中にずっと閉じ込めていたのだ。


 とはいえ、それが悪い事だとは思っていない。ナインの思う『家の中』とは、安心安全な上、何でもあったからだ。広い図書室、小規模ながら映画館、大きなおもちゃ箱、全種類の楽器や専門的な画材道具なども含め、本当に何でもあった。ついでに、無い物は何でも買ってもらえたのだ。


 外の景色は知っていたし、仕事という名目の下様々な光景を目にしていた。ただ、そこで遊んだ事がないというだけで。

 雑菌だらけで虫だらけの土を掘り返すなんて、両親は許せなかった。それだけだ。


「そういえば、さっき私のステータスを確認した時、スキルがあったわね。それもたくさん!」

『スキルとは修得した技能の事です。転生における神からの祝福によって、ナインのスキルは前世のものに加え、より多くなっています』

「ねえ、私が持っている鑑定EXとか、地図化がよく分からないわ。説明できる?」

『説明を開始します。鑑定とは、物質、または場所を調べる能力です。スキルレベルによって使える機能が増加します。ナインのスキルレベルは限界値であるEXですので、鑑定の全機能が使用可能です。主に有能な機能は、物質鑑定、地域鑑定です。

 続けて地図化の説明を行います。脳内に通った地点を記録する領域を作り出す能力です。簡単に言えば、紙に書かなくとも通った道を覚えておける能力です。本来であれば様々な修練が必要になりますが、ナインの場合は縁の加護EXによってもたらされたおまけです』

「……便利ね!」


 ツいているわ、とナインは頷いた。

 今、ナインがやろうとしているダンジョン攻略に、なんてピッタリなスキルだろう!

 ナインは早速、鑑定EXを使おうと思う。思うだけで、それはすぐに現れた。



【 自然迷宮:古神木の聖なる森 】

 古代の竜が棲んでいたとされる、古代から残る原生林が美しい森。古神木は邪気を嫌い、モンスターを寄せ付けないが、その周囲は逆に邪気が溜まりやすく、邪悪で強力なモンスターが多い。森の最奥には、未来の勇者に残された宝が眠るとされている。



 その辺にあった石ころを見るだけで、迷宮の説明文が目の前に現れたのだ。ステータスと同じようなウィンドウに、文字がずらりと並んでいる。

 未来の、勇者。遠い過去から勇者のために残されたというその言葉に、ナインは胸を躍らせた。


 古代から未来に託される宝とは、一体何なのか。

 勇者が手にするべき宝とは何なのか。


 ナインの瞳は、それまで以上に輝いた。


「探しましょう、ロキ! まずは散策よ」

『了解しました』


 ナインは、そろり、と足を踏み出した。そして気付く。


 靴を、履いていないではないか。


 服は着ている。白に近い水色のワンピースの上に、丈の短い、藍色の裾が花のようになっているワンピースがかぶさったドレスだ。ドレスは首に引っ掛けて留められており、背中がちょっとスースーする。気候が暖かくてよかった、とナインは心底安心した。

 肘上の金色の装飾品から手の甲を覆い、中指のリングで留められる、これまた藍色の布は透けている。ナインの真っ白な肌は、前世で着たどのドレスよりも露出していた。

 ただ、前世に比べて肌がいささか白すぎる気がしないでもない。


 そして足は素足で、何も着けていなかった。


「小石が当たったら痛いかもしれないわ」

『解決法を提示。スキル:錬金の獲得』

「ん、どういう事?」

『スキル:錬金は、特定の材料を別の物質に変換する能力です。SP(スキルポイント)100と交換可能です。交換しますか?』


 ロキに訊ねられて、またも首をひねると、ロキは小首をかしげる。ナインが疑問に思っている事と、ロキの回答にはズレがあったからだ。


 そこから会話を重ね、ナインはやっと理解した。

 要約すると、人は生まれながらに、もしくは成長する事で、SPというものを得られる。それを消費する事で新たなスキルを手に入れられる。その機能を使って『錬金』を取得し、それによって靴を作ってしまおうということなのだ。


 SPの多くはレベルアップやスキル獲得時にもらえるらしい。あとは本人の才能によっては、生まれた時から何故か大量のSPを持っている天才もいるとの事。

 ナインの場合、縁の加護というスキルを得た際に1万ものSPを進呈されていた。また、ナイン自身が前世から引き継いで持っていたSPを合算すると……。


『現在ナインが所持しているSPは5万です』

「……それって、どのくらいの凄さなの?」

『この世界の0歳~10歳の子供が持つ平均SP値の、およそ50倍です』


 またチートかぁ、と、ナインの心の声が漏れていく。


「えっと、その錬金っていうスキルを取れば、靴が作れるのね」

『レア度AAの物までなら作成可能です』

「ハイ説明」

『レア度AAは、一流の職人が一流の素材を使った際に出来る、一流の作品です。デザインによっては貴族社会に溶け込みますが、平民が使うには高価です』

「普通でいいかなー」


 今の所、貴族やら平民やらとは遭遇していない。いつか貴族と会う事はあると思うが、別に自分が貴族になるなんて思わないので、普通の品質で良い、と考えたのだ。

 ナインはそう思い至ると、ロキにスキル:錬金を取得するように指示した。


 ロキではなく自分でやる、という事に思い至らないのは、ロキがやりたそうに見えたからである。

 ……彼は変わらず無表情だったが。


『了解しました。スキル:錬金を獲得……成功。残りのSPは4万9900ポイントです。続いて靴の材料を提示します』

「見つければいいのね」

『はい。材料は素材:古神木の根 聖白百合の花びら 天使龍の鱗 天使龍の羽 龍の卵の欠片です』

「思い切り私自身だね」


 古神木の根はすぐ傍にある。

 聖白百合は、ナインの寝ていたところに大量に生い茂っている。

 龍の卵の欠片だって、ナインが寝ていた所にたくさん落ちている。


 あとの2つは、ナイン自身だ。

 とはいえ、人間の姿になっているナインはどうすれば良いのか分からない。


『鱗、羽、共に人間形態で言う髪に当たります。髪を1本切る、もしくは抜いた後、10秒以内に「変化」と唱えてください』


 ナインはロキの言う事に従い、髪を一本だけ抜く。

 綺麗な白い髪だ。


「変化」


 ナインが唱えると、髪は淡い光を放って、瞬きをした瞬間に別の物へと変化していた。

 魚の鱗を大きくしたような、真っ白な鱗。鳥とは違う柔らかな純白の羽。


『材料が揃いました。靴:天使龍ノ履物〈夏〉を製作します』


 キィン、と、耳鳴りのような音が響くと、ナインの手にしていた3枚の鱗の内、1枚が。2枚あった羽の内1枚が消えた。

 古神木の根と聖白百合は、数が多すぎて減ったのかどうかも見分けが付かないが……。


 気付くと、ナインの目の前に靴が現れていた。サンダルのような見た目の靴である。


「これで、気兼ねなく歩けるね」


 履き心地は抜群で、とても軽い。何も身に着けていないようにさえ感じる。

 ナインは今度こそ、歩き出した。


 ……ちなみにその靴のレアリティだが、AAではない。

 何故なら、ナインは天使龍ではなく『古代』天使龍だから。当然鱗と羽は『古代天使龍』の素材となる。これは前者の上位互換となる素材なのだ。


 この世界に存在する品質の中でも、最高品質であるSSS。


 それを叩き出している事にナインが気付くのは、相当後になってからの事である。

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