第一章 古代で天使な龍の子は
01 古代で天使なステータス
柔らかな日差し、顔を撫でる甘い香り、背や手に触れるふわふわとした感触。
目を開くと、視界いっぱいに緑が広がる。木々に太陽の光が引っ掛かり、ナインが薄く開いた瞳に届くのは僅かばかりの温かな光だった。
『マイマスター:ナイン。現在の時刻はAM07:34。現在地は自然迷宮:古神木の聖なる森です。現在ステータスの確認を推奨します』
聞き覚えの無い、男の子の声がする。
ナインは妙に軽い身体を起こして、声の主を探した。だが、左右前後、上にも下にも誰もいない。見えるのは、コケの生えた崩れかけの石垣くらいだ。
自然の中に人工物の影がある状況は、そこが遺跡である事をにおわせる。
『マイマスター:ナインの行動理由を推測……結論。ナビ:私の捜索』
「う、うん。どこにいるの?」
『私は貴方のすぐ傍に』
「……見えないけど、傍にいるって事かな」
『その通りです、マイマスター:ナイン』
ナビと名乗る少年? は、淡々とナインの問いに答えた。
「姿が見えないと、何だか変な感じだわ」
ナインは姿が見えないナビが、目に見えるものではないと納得した。納得はしたが、どこに目を向けていいのか分からなくて、周囲をキョロキョロと見回してしまう。
とはいえ、別段困っているわけでもない。
『了解。マイマスター:ナインに見えるよう設定を変更、容姿選択……完了』
しかし、変という単語に反応したのか、ナビは突如として発光を始める。
ナインの目の前で、光の粒子が寄り集まり、形を成していく。
あまりにも眩しくてナインは目を瞑ってしまったが、しばらくして目を開けると発光は収まっていた。
そして、見慣れない何かがそこにいた。
『初めまして、マイマスター:ナイン。私は貴方のナビ。縁の神の加護により、貴方をサポートする存在です。本来姿はございませんので、接触行動は不可能です。ご了承ください』
ナビは本来、そこに存在しない。ただ声を届けるだけの存在だ。しかし今、ナインの意志を尊重し、仮の姿でもってナインへと挨拶をする。
驚くナインの目と鼻の先で、ナビは無表情にお辞儀した。
「ええと、私の事はナインで良いよ。マイマスター:ナインなんて、長いでしょ」
『光栄です』
ナビの言ったサポートという言葉で、ナインは納得する。
エニシからもらったはずの、あの水晶みたいな物がどこにも無いのだ。
その代わり、目の前に手乗りサイズの少年が浮かんでいる。更に、彼の口の動きに合わせて声が聞こえてくるのだ。彼こそが『ナビ』なのだろう。
ナビはやはり少年だった。本当は性別だとか、年齢だとかは存在しないのだが、とりあえず少年だった。それも、手乗りサイズの羽付きである。
サラサラでプラチナアクアブルーのショートヘア。透き通ったエメラルド色の瞳。耳は長く尖っていて、藍色のズボンは銀色の装飾が施されたブーツにしまわれている。肩甲骨辺りが露出する不思議なデザインの白い服からは、蝶を思わせる透明な羽がはえていた。
羽は淡く薄い紫、水色に発光しており、輝く粒子が舞っている。形はナインの知るアゲハに似ているが、色合いは明らかに元いた世界には無かったものだ。
妖精の姿をしたナビは、無表情のまま話を続けた。
『ナイン。現在ステータスの確認を推奨します』
「あ、えっと。それさっきも言っていたけど、何?」
『ナインの現在の能力を数値化、可視化したものです。この世界では誰もが扱える初期習得魔法で、当然ナインも既に取得しており、使用可能です。
ステータスオープンと唱えるか、もしくはステータス表示と心の中か口頭で唱えてください』
「ステータス、オープン?」
ナインがナビの言った事を反芻した瞬間だった。
フォン、と不思議な音を立て、ナインの目の前に半透明の板が現れたのだ。薄く発光するそれは緑色で、厚みもほとんど無い。
板には次々に白い文字が浮かび上がっていく。
最初は名前、レベルなど。自身の生い立ちまで表示されており、それが『ステータス』と呼ばれる代物である事がナインも理解した。
ナインは表示されている自身の情報に視線を落とす。
【
HP:15000/15000
MP:34000/34000
種族:古代天使龍『幼体』
所属:無し
筋力:SS 速力:SSS
守力:S 学力:SS
運力:HEX 抗力:EX
適性:全属性 聖属性 音属性
転生により龍に転生した、生粋の天才児。死因は川に溺れた事による窒息、溺死。
人間ではなく龍に転生した理由は、大っぴらに語らない方が吉。
言語理解EX 鑑定EX 縁の加護EX 味覚強化Ⅴ 龍の本能 人化の術EX
手加減EX 威嚇 対話 地図化 拡声 収納Ⅰ 魔法全書Ⅲ
全基本魔法習得者 縁の加護を得た者 転生者 天使の力を得た者 9番目の救済者
あ、これおかしい。
ナインがステータスを確認したその瞬間に抱いた感想が、これである。
どうやら自分が龍……つまりドラゴンになったらしいという事は何と無く把握した。
ナインの手が人の物である事に気が付いたが、これはスキルの項目にある『人化の術』の効果なのだろう事も理解した。
しかしだ。
古代だとか天使だとか。見過ごせないような単語がついた種族名である。この世界がどのような世界であるのかをナインはまだ知らないが、少なくとも、天使の辺りは希少な存在なのではないかという事を匂わせていた。
種族の横にある『幼体』というのは、自身が生まれて間もないから付いているのだろう。なのに、筋力や速力の値を示す文字は、幼体という単語に似つかわしくないSのオンパレードである。
Sは、ゲームの多くで高い能力値である事を示す文字だ。EXもエクセトラの略で、それが高い能力値である事が分かる。
運力のHEXはまだよく分からないが、これもおかしな表記に違いない。
そう考えたナインは、早速、ナビを問い詰めた。
すると。
『ナインの能力値が高いのは当然です。魂にそれだけの資質を持ち、人間の器というリミッターがありませんので、本来人間では持ち得ない能力値でもおかしくありません』
「じゃあ、Sってどのくらいの能力なの?」
『筋力で言えば、大量の物資を詰め込んだ大型トラックにぶつかっても、1つもケガも負わずに遠くへ軽く投げ飛ばせる程度です』
「ええぇぇええぇえ!!!」
ナインの絶叫が、遺跡中に木霊する。
バサバサと飛び立っていく大量の鳥をよそに、ナインは無意識に立ち上がっていた。
大型トラック。中身が空でも大人が何人集まっても持ち上げられない重量だ。それを軽く持ち上げてかつ遠くへ投げ飛ばせるような力が、Sという文字の意味。
そんなSが2つ並んだステータスを、ナインは保持している。
それがどういう意味か、学力SSのナインはすぐに理解した。
「わ、わたっ、私……っ!」
ナインは全身を小刻みに震えさせ、手元のステータスを一瞥する。
そして――
「世界旅行を安全に実行できるって事?! やったぁーー!!」
メチャクチャ喜色の混ざった、それも先程より何倍もボリュームを上げた声で、叫んだ。
ナビが近くでフラフラしている事に気付かない程度には、はしゃいでいた。
「……あっ。えっと、大丈夫?」
ようやく気付いたのは、ナインが落ち着いた5分後である。
『問題ありません。偶然にも世界と共鳴する音だったため、世界との接続が不安定になっただけですので。修復・補強は既に完了しています』
「それは良かったわ! それにしても、ナビって何か、見た目はファンタジーなのに口調は元の世界のナビというか、機械っぽいよね。もしかして、ナビっていう名前はそこから来ているの?」
『その質問に対する回答はNOです』
無表情のままフラフラ飛んでいたナビは、すぐに普通どおりに戻ってまたその場に浮かぶ。
また、フラフラしている途中でも、ナインの質問に答える余裕があったため、ナインも心配要らない、と判断していた。
ナビについての質問に否と回答する彼は、変わらない無表情のままで言葉を紡ぐ。
『ナビは総称です。……識別番号:01334は回答に不適格と認定。ナビの使用する言語は、そもそも、ナインの世界に存在する単語から最も意味の近いものを抜粋しています。そのため意味に若干の相違が含まれている可能性があります。
結論を言えば、ナビは総称であり、個体名ではありません』
「それってつまり、貴方自身の名前が無いという事よね」
『その通りです、ナイン』
ふむ、とナインは顎に人差し指を当てた。ナビは淡々と言っているが、名前が無いというのはかなり悲しい事である、とナインの心は訴えかける。
ナビが総称であるという事は、普通にナビと呼んでもおかしくはない。しかし、お気に入りのロボットや人形、ペット。そして、自分の子供に名前を付けるという行為は、必ずしも他人との差別化を図ったものではない。
現にナインには前世で弟がいたが、両親の自分達への溺愛っぷりを思い出してみる。……どれだけ考えても、名前を付ける行為が他人と区別するためのものじゃない事がうかがえた。
それはもう、凄まじかった。娘と息子のために、自ら毒見役やボディーガードを勤める両親だったのだ。思い出すだけで胸があったかくなると同時に、背筋に冷たい何かが伝うような錯覚を引き起こすような者達なので、絶対にそうなのだ。
さすがに拳銃などは無かったが、防弾、防刃チョッキを常備している点はさすがだった。色々と魔改造した武器を手入れしている様子は、弟が泣き出すほどの真剣さだ。
ナイン達を溺愛しているからこその行動力である。
「ねえ、貴方に名前を付けてもいい?」
『個体名ということでしょうか』
「うん。正直、ネーミングセンスはないけどね。良い?」
『了解しました。個体名登録を開始します』
フォン。また不思議な音と共に、板が現れる。一般ではウィンドウと呼ばれるそれに、ナインは指を滑らせた。
そのウィンドウには、キーボードが表示されていた。パソコンを扱うかのように、ナインの細い手はウィンドウを撫でていく。
温かく、それでいて硬い感触がそこにあった。
「これで、良し。えっと、気に入らなかったら別の名前にするから、言って?」
『……』
エンターキー部分に触れる前に、ナインは確認を取る。
ナビは、まだ未決定のそれを、無言のままじっと見つめた。
そして――
『……登録完了。サポーターナビ:01334の個体名を変更いたします』
ナインがエンターキーに触れると同時に、ウィンドウが消える。
ナインは彼を見て、彼に付けられた新たな名前を呼んだ。
「よろしくね! 【 ロキ 】!」
『はい。よろしくおねがいします、ナイン』
ロキは無表情のまま、ナインが差し出した手に、そっと触れた。
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