二
博多駅からバスセンターへ向かい、高速バスを待つ。
「
「そんなに酷いかな」
「うん。そんなに会うの怖い? 初恋の人だっけ」
「いや……」
「昂……そいつと会うのは、別に。言ったでしょ、中学生の時の話ですよ。俺も変わったし、あいつも変わってるだろうし、大人になったあいつの顔も知らないし……別に、今更。それより、あの面子で会うのが、なんだか緊張するだけで」
「地元の友達だろ? そんな身構える? 普通にしなよ普通に、自然体。高校まで一緒だったなら、たったの二年ぶりくらいっしょ。大したことないよ」
「や……正直な話、四人揃うのは五年ぶりだと思う」
僕は、窓の外を見つめながら呟いた。窓に僕の顔が映っているのが、やけにくっきり見える。道路を行き交う車は、ぽつぽつとライトをつけ始めていた。
「ん、そうなの?」
コンビニの袋の中をあさりガサガサと煩く音をたてながら、柳楽さんは窓に映る僕と目を合わせた。僕はしばらく彼と窓越しに見つめあって、やがて目をそらした。反対車線の歩道をじっと見ていたけれど、別に何かを観察していたわけでもなかった。ぼんやりとしていた。
「……龍祈は……高校の入学式直前に、失踪してたんで」
女の子は化ける、とはよく言ったものだ。
十九時過ぎ、長崎に到着。バスセンターからは歩道橋を渡って、反対側にある駅前に辿り着ける。駅にはアミュプラザというショッピングモールが隣接していて、花織とはその前で待ち合わせの約束をしていた。LINEでスタンプの応酬をしながら、何処にいるのだろうと辺りを見回す。手を振って近付いてくるパンクな女性をじろじろと見ていたら、それが花織だったから面食らった。長いストレートの髪は茶色に染めて、体の線に沿うダメージジーンズと、銀色の線で文字や絵がプリントされた七分袖の黒いTシャツ、スパンコールが裾に散らされた膝丈のベストを羽織っている。耳元に揺れるのはピアス。「わ、わからなかった」なんて、僕の喉からは掠れた情けない声が漏れた。「えー、マジで? ウケるね、こよちゃん」と、花織はケラケラ笑った。その豪快な笑い方に、記憶にある花織がちゃんと重なって、ようやく僕は肩の力を少し抜くことが出来た。そうか、今まで制服姿しか見てなかったから。改めて花織を観察すれば、スタイルの良さを活かした格好だったし、よく似合っている気がした。大人っぽい格好ではあったが、パッツンに切りそろえられた前髪に――アシンメトリーに整えられているとはいえ――子供の時の面影があるようで、少しだけほっとした。この綺麗な髪の手入れは、もしかして昂がアドバイスとかしてやってるんだろうか、とぼんやり考える。
「あ、そいで、そっちがこよちゃんの大学でのお友達ですよね? はじめまして~、稲垣花織です。遠くからお疲れ様です~。疲れてません?」
花織は、僕の隣に控えていた柳楽さんに気さくに話しかけた。
柳楽さんの反応には、ほんの僅かなタイムラグがあった。奇妙に思って振り返れば、柳楽さんは口を閉じたまま妙な表情で固まっていた。僕と花織二人分の視線を受けて、ようやく再起動した機械のように動き出した。こちらも気さくに名前を名乗る。
「あー、おかまいなく! 柳楽日向です、よろしく。初めて来たんで珍しいですよー。っていうか、余所者のボクが皆さんにお邪魔していいんですかね、水入らずがよかったら、ボク先にホテルで寝ててもいいですけど」
「あ、疲れてます? 無理にとは言いませんけど、こっちは全然気にしないんでー、柳楽さんも気使わなくていいですよ?」
「ねえ、二人とも、俺の前で丁寧語の応酬やめて……なんか気持ち悪」
「はー、もうそういうとこだよこよちゃん」
「こいつ難しいんですよねー。あ、昔からでしたか~、そら手遅れだったわ」
「昔から昔から~。大人しそうにしてて一番性格悪いんよね、こよこよ」
「いや、『ね?』とか言われてもさ……」
僕を挟んで、二人はすっかり意気投合している。柳楽さんはバスの中では間抜け面で寝ていたくせに、旅の疲れはどこへやら、すっかり調子を取り戻していつものうっとうしい感じに戻っていた。僕は二人の後ろを歩きながら、柳楽さんをじっと観察する。人好きのいい笑顔を浮かべてはいるが、その目は花織をじろじろと観察していた。……面倒なことになったかもしれない、と思う。
同時に、何故だか胸の奥に灰が被るような、鬱屈した感情が湧き出てくるのを感じた。自分でも妙だと思う。これに近い感情は知っていて、それは僕が中学生の時にも何度も花織に対して抱いたものだった。
……いつだって、俺の周りは花織に惹かれる。
僕は未だ、子供じみたやっかみと独占欲を抱えているらしい。溜息をこっそり吐き出して、空を見る。少し暗くなってきた空に一番星が見えた。
なぜだかそれは、名古屋で見た星よりも綺麗に見えて、僕は少しだけ笑った。
*
見つけた。
*
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