三
ホテルでチェックインを済ませ、商店街に向かうことになった。店の予約はしていないらしく、
「じゃあ、思案橋まで行こっか。
「ん」
花織がスマホを振ると、つけているストラップが揺れる。随分古びたそれは、昂が花織にあげたものだった。ご当地もののねこのキャラクターグッズというやつである。僕なんかは土産物屋にそんなもの売ってあるとも気づかなかったけれど、昂は彼女がそのねこのキャラクターを好きだということを聞いてもいないのに知っていた。見てればわかる、ってやつ。
「あ、すぐそばまで二人とも来とるって。もうすぐ着くよー、っと」
加入したLINEグループに花織の最初の一言がぽんと表示される。そこにあと二人のレスが来ると思うとなんだか不意に不安になった。僕は
「あのさ、花織」
「ん? なんだいこよみくん」
「その……たつとは、会ったの?」
どうしてた、と聞こうとして、僕は花織の耳が赤くなったことに気づいた。花織はまだ来ないレスを待つためか、スマホを画面が暗くならないように何度もタップしながら、へら、と笑った。
「んやー、私はまだ会ってなかよ! 急に連絡が来ただけだし。コウも今初めて会ったんじゃないかな」
「ふーん……」
「今まで何しよったんか問い詰めんとね~。ったく。心配かけるのもいいかげんにしぃって感じ。こっちはもはや死んだんじゃなかかなとかさあ、思っとったんよ。それをひょっこり何事もなかったみたいに……ほら、これ見て。これが最初のメッセージ」
花織は、僕に【Tatsuki】と表示された人物とのトーク画面を見せてきた。こんにちは、から始まり、簡素なメッセージだ。アイコンは黒いTシャツの写真だった。
『こんにちは』
『
『花織、ID変えてなかったんだね、承認ありがとう』
『心配かけたと思うけど、来週の金曜日にそっちに帰るんだ』
『久しぶりに会いたいな。できれば、四人そろって。頼めるかな』
「心配かけたと思うけど、じゃないっての。ねえ? 怒る気も失せる! ごめんねスタンプくらい押したってよかさ。思わん?」
「まあ……うん」
僕は苦笑した。
――花織、まだ
ぷりぷりと怒ったようにしているが、花織は顔がほんのり赤くて、笑みをこらえているように見える。昂とは、その後どうなの――そう聞きたかった言葉を呑み込んだ。こんなにもわかり易いのに、どうしてあの頃の僕は、気づかなかったんだろうな。ぼんやりしていたら、後ろから靴の踵を踏まれた。僕はムカッと来て、振り返って柳楽さんを睨みつけた。
「ちょっと、柳楽さん、踏むなって――」
「え?」
あっごめん、なんて感情がこもっていない軽い【ごめん】を返された。そうか、わざとじゃなくて気を取られていたんだと、僕の脳みそは算盤を弾くように最適解を弾き出した。柳原さんの視線が花織から咄嗟に僕へと移動したのを見たからだ。
やっぱり、という言葉が頭に浮かんで、喉の奥が詰まって、車酔いをした時のような気持ちの悪さを感じた。僕はなんでもないふりをしながら俯き、目のやり場に困ってスマホをポケットにしまった。
「あ、昂だ。あそこあそこ、おーい!」
不意に花織が僕の袖をつまんで引っぱった。どれどれ~、なんてウザったい声をわざとらしく出して、柳楽さんも僕の肩に腕を乗せ、体重をかけてきた。そのどちらにもうまく返事ができないまま、僕は恐る恐る視線を上げた。まず目に入ったのは、髪を黒に戻した昂。それから、ゆるくパーマをかけた金髪に、赤い眼鏡をかけた誰かだった。
「よ」
金髪は人好きのする笑みを浮かべて、軽い調子で手を上げた。僕はその顔を、ジロジロと見てしまう。眼鏡の奥に見える茶色の目に、面影を探す。
「め、眼鏡取ってよ。顔がいまいちわからんよ」
花織がそう言った。龍祈は言われるがままに眼鏡を取ってみせた。なーにその眼鏡、目が大きく見えて詐欺じゃん、なんて憎まれ口を叩く花織の声と、僕を掴んだままの華奢な手の震え。僕が、たしかにその眼鏡はしゃれてんね、と相貌を崩せば、龍祈は、これね、ダテ、とおどけて見せた。なんだか同じ匂いがするなと、仲良くなれるんじゃない、と柳楽さんを見て。
……柳楽さんは、また奇妙な顔をしている。
「はー、なるほど。あーね。オーケーオーケー」
いっそ冷たく聞こえるほどの単調な声でそう呟かれ、同時に肩が軽くなった。柳楽さんは僕から離れ、にっこりと笑顔を作り、昂と龍祈に近づいていった。挨拶を済ませた三人は早くも打ち解け始める。三人とも揃って軽いところがあるから、馬が合うのかもしれないが。僕はなにか引っ掛かりを感じながらも、まだこの空気に慣れないまま、はは、と小さく笑ってみんなが歩き出すのを待った。
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