37話 『私』
私の名前は『
趣味は読書。特に童話やちょっとオカルトチックなものをよく読んでいる。
だが、趣味はあっても得意なことはなかった。
いつも目立たずに休み時間は教室の端の席で本を読む。運動は私の家が弓道の道場やってたこともあり、一緒になってやってたお陰で悪くはない。勉強は嫌いじゃないし、理科系科目が比較的に出来る。本当にどこにでもいる至って普通の高校生である。
そんな私は今、突如問題を抱えることになった。
それは……
「ねぇ、澪奈? あたし達の変わりにパン買ってきてよ。お金、持ってるんでしょ?」
「あたい達、今、親からお小遣い制限されてるんだよね」
「だからさ、買ってきてくれない? トモダチとしてさあ?」
新手の勝つあげである。
澪奈は今、屋上で、教師が頭を抱えてる不良の三姉妹の長女の
恐らく、普段から教室の端で一人読書をしてるところを見て、陰湿でいい具合に言うことを聞いてくれると思ったのだろう。
「嫌です。私はこの辺りに住んでるのでお金なんて持ち歩いてません。それでは」
「待てや! コラァ!」
澪奈は清々しくこの場を去ろうとすると、長女の佳奈が額に青筋を浮かべて右手を掴んだ。
「はぁ、何ですか? まだ用があるんですか? なら、さっさと済ましてくれませんか? まだお昼食べてないので」
「テメェ、舐めた口聞いてんじゃ……ッ!?」
余りにも相手にするのが面倒臭くなり、澪奈は深い溜息を付くと、佳奈は更に怒りのボルテージが上がり、澪奈の右手を引き寄せて殴ろうとした。――が、澪奈は佳奈の懐に背を向け、袖に掴んでそのまま背負い投げをした。
佳奈はそのまま受け身をとらずに頭を強打する形で落ち、『グフッ』と女の子らしからぬ声を上げ、そのまま気絶した。
「お前! 良くも姉さんを!」
「ぜってぇぶち殺す!」
他の姉妹は睨みながら声を上げた。
しかし向かっては来なかった。
恐らく一番強い姉がやられて手が出せないのだろう。
上ばっかり頼って、いざ居なくなるとこの様では正直落胆でしかない。
「弱い犬ほどよく吠えるって聞くけど、まさにこれじゃないかと思うと笑えるわね」
澪奈は三姉妹を煽るかのように嘲笑いながら言った。
「お前! マジで覚えおけ!」
「どうなっても知らねぇからな!」
鞠子と雛は捨て台詞を残して佳奈を二人係で担いで屋上を去った。
「所詮は数の集まりか……ゲフッゲフッ!」
「……危ないところだった……ありがとう、『私』」
三姉妹が消えると、澪奈は突如発作を起こして膝を付く。すると、さっきの清々しさは無く、臆病そうな声になり、鏡を取り出して自分自身にお礼を言う。
まるで別人になったかのように。――いや、誰かとすり変わったかのようにといった方が正しいかもしれない。
それでも澪奈はどこにでもいる普通の高校生である。そう、多重人格者というところを除けば。
これは転生者である『フィル・カームマインド』の前世の話である。
ーーーーーーーーーーーーーーー
二年前。
「ただいま」
澪奈は学校から帰ると挨拶をする。――が、誰一人として返す者はいない。その理由は単純であった。
澪奈は家に上がるとあるところに行った。
そこには仏壇があり、仲の良さげな夫婦の写真があった。
「ただいま。お父さん、お母さん」
今度は仏壇に向かって言う。
そう、澪奈の両親は三年前に亡くなっていたのだ。
死因は上空から落ちてきた鉄骨による即死。その場には澪奈もおり、両親は澪奈を庇って死んだ。
その後、一人なった澪奈を引き取ろうと色々なところから誘いが来た。――が、思い出の埋まったこの家を離れたくないと言って全て断った。
そして澪奈は孤独になった。
誰もいない家、静かで虚しい時間と空間、思い出があっても暖かみのない部屋。澪奈は次第に可笑しくなって行った。
周りからの両親が居ないことが原因の仲間外れや表面上の教師からの慰めだ。その度に心臓が握られるような痛みを感じたそんなある日のことである。『私』が現れたのは。
それは寝静まった時に見た夢から始まった。
何もない夢の中、気づけば目の前には靄がかかっており、その向こうには人影らしき姿が見えた。
そしてくぐもった声で話しかけてきた。
『ねぇ、何時までこんなこと続けるつもりなの?』
「……え?」
澪奈は急に声をかけられて、ビクッとした。
『ここにはアナタの両親はいない。ここにいても自分を傷つけるだけだというのに、どうして?』
「それは……」
澪奈は俯きながら曖昧な声を上げる。
『そうやってまたやり過ごすの?』
「違う! ……そんなつもりじゃない……」
澪奈は強く否定したものの、言葉が見つからず、また曖昧になってしまった。
『やっぱり、やり過ごすつもりだったのね。呆れるわね、本当に』
「私は……そんなつもりじゃ……」
「いい加減にしなさい、私。アナタが何を言おうと『私』には通じないわよ? だって、〝『私』はアナタの本音〟なんだから」
「……え?」
澪奈は呆然とした。だが、薄々気づいてはいた。
これは自分の夢、なら自分に語りかけてくるのは自分しかいないのだ。
しかし認めたくはなかった。認めればこの場で過ごした思い出から離れなければならないからだ。
澪奈は依存していた。暖かみのあった家族と過ごしたこの場に。
そして気づかない内に依存は孤独に変換されていた。
孤独は人を惑わせ狂わせる。末期になると、自殺または誰もいないところで一人おままごとのように喋り出し、最悪の場合、人格が増えることもある。
そして今、澪奈はまさにその運命に立たされていた。
「ねぇ、私? アナタに提案があるんだけど、いいかしら?」
「……何?」
澪奈は恐る恐る聞く。
「『私』に体を預けてみない? そうすればアナタの不安も和らげると思うんだけど?」
「それって……私を乗っ取るって……こと?」
澪奈は不安で喉をごくりと鳴らしながら体を縮込ませた。
「そういうことね。でも一時的よ? アナタは主人格なんだから、あくまでも『私』にはアナタの体の主導権はないわ」
「本当?」
「ええ、本当よ。それで一時的にだけど、預けてくれる?」
澪奈は暫く黙り混んだ。
そして――、
「……わかった」
澪奈は了承して、夢に出て来た『私』に体を預けた。
それから暫く、澪奈は自身の意識を取り戻すことはなかった。
そして澪奈は久々に目を覚まして自分の意識で学校に通うと、何故か周りの視線が嫌悪感に包まれていた。
(どういうことなんだろう……)
澪奈は不安に身を寄せていると、一人のクラスメイトが恐る恐る此方に向かってきた。
「ねぇ? 何でアンタがここにいるの……? 自宅謹慎のはずでしょ……?」
「……え?」
澪奈は驚きの余り、間の抜けた声を上げた。
「『え?』じゃないわよ! アンタは他校の有名な不良を一人で病院送りにしたのよ!?」
「私が……そんな事を……」
澪奈は驚愕した。まさか自分の意識が離れている内にそんなことがあるなんて思ってもいなかった。
だが、あり得ないことではない。澪奈は弓道以外に体術もかじる程度はやっていた。
恐らく澪奈自身が意識のない内に『私』が何らかの理由でやってしまったのだ。
それと同時に、周りの視線が嫌悪感に包まれていたことも納得できた。――出来てしまった。それと同時に澪奈の完全な迫害を意味していた。
「ごめん、私……帰るね」
澪奈は自分が異質な存在だとわかると、視線を伏して申し訳なさそうに教室を出た。
それから澪奈は毎日喧嘩を売られるようになった。
最初は断ったり逃げたりしたが、次第に喧嘩を売られる量が増えた。次第にストレスで嗚咽を吐くことも多々あり、堪えかねた澪奈は意を決してここを離れてるために転校することにした。
転校してからは暫くは平和が続いた。
思い出から離れて辛くなると思ったが、寧ろ気が楽になった。なにせ、転校をきっかけに両親と過ごした家から離れることが出来たのだから。
澪奈はようやく両親の
もしかしたらそれを促すために『私』は動いたのかもしれない。そう思うと、少しばかり感謝をした。
それから一年が経ち、今に至る。
澪奈は『私』と互いの意思で入れ替わりが出きるようになった。その件はまた次の機会にするとしよう。
澪奈は三姉妹の一件が終わり、一通りの授業が終わると、下駄箱に向かった。
すると、下駄箱の中に一通の手紙を見つけた。
そこには『あなたはもう一度人生をやり直したいとは思いませんか? もし宜しければあなたの望みを叶えましょうか?』と書かれていた。
(なにこれ? どういう意味? でも……もしやり直せるなら、今度こそ幸せに生きたいな)
澪奈は内心で思うと、急に手紙の中からカードが出て来て、魔法陣らしきものが展開された。
「えっ? なにこれ!?」
澪奈はその言葉を最後に、この世界から失踪した。
そして新しく生まれ変わった。
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