36話 嫉妬
「あらあら、あそこまで完全に理性が飛ぶなんて思いませんでしたわぁ。――ですが余り本調子……というわけではなさそうですわね。やはりこれはしっぱ――っ!」
アテナは転生者達と実験体に成り果てたヴァルキュリーの戦況を分析していると、レイダが距離を詰めて来るのを察して遠退く。
「はぁ、流石に同じ手は通じないのう」
レイダはやれやれといった感じで、ため息混じりで言う。それに対して、アテナは先程の笑いが消え、上から見下ろす形でレイダに視線を向ける。
「だから、過小評価しないで欲しいですわね。これでも昔よりは私――殺れますのよ?」
「あっそうかのう」
アテナは昔の自分よりは強くなったことを自己主張したが、レイダはどうでも良さそうに返す。
その瞬間、アテナの何かがプツリっと切れた。
「また……ですの……」
アテナはレイダに険の篭った声で言うと、その場の空気が一転した。
そしてアテナからは多大なる憎悪が溢れ出ていた。
「どうやら癇に障ったようじゃな。そこまで怒ることかのう?」
レイダは先程と変わらない口調で言う。すると、アテナの怒り憎悪のボルテージは更に膨れ上がった。
「わらないですわよね、アナタのような天才には……私がどれ程努力しても届かないところを意図も簡単にやってのけて、私の努力を! 全てを『そうか』の一言だけで返した――アナタにはああああ!」
アテナは叫びを上げ、レイダに大鎌を振り上げながら突進した。
「どうして、アナタなんですの! 私はこんなも努力してると言うのに! 何故あなたを越えられないんですの! 何故何故何故何故なんですのおおおおお!」
アテナは支離滅裂になりながら大鎌をレイダに何度も振り続けた。が――全て避けられ受け流されて、少しずつ消耗していった。
そして数分後。
「気が済んだかのう?」
「ハァハァ……どうして、なんですの……どうして……」
アテナはレイダに思うように動かされ、かなり疲労し、四つん這いになりながら、戦意を喪失していた。
自分の攻撃がレイダに尽(ことごと)く透かされて通じないのだから無理もなかった。
「お主には分からんよ。毎日が死の瀬戸際だったワシと違ってのう」
「……それは、どういう……意味かしら」
すると、アテナはレイダの一言に息切れしながら食いついて、顔を表に上げた。
「お主は知らんじゃろうが、ワシは元は神ではなく、この世界の〝人間〟じゃったんじゃよ。これがどういう意味か分かるかのう?」
「……!」
アテナは絶句した。余りの衝撃的な事実に。
人間が神になる例は聞いたことがなかった。
普通ならあり得ない。だが、レイダは自らそう告げた。
嘘の可能性だってあるが、ここで付くような性格ではない。それに、誰も行き着かなかった転生の魔法陣もレイダが独断で作り上げた。
そんなレイダが人から神になることは不可能なことではないのだろう。
方法は全く判らないが、「毎日が死の瀬戸際」という発言からして、元は人の身であったレイダはかなり苦労したに違いない。
恐らくアテナ自身と比べ物にならないくらいに。
そうでなければ最後にあんな風に聞いてくるはずがない。
「だから……だからアナタは……“滅びるはずの世界”を守ろうとしたんですか……? 同じ――いや、元は人間だったあなただから……」
アテナは未だ驚きを隠せない表情をしながらレイダに聞く。
「それは言えんのう、今のお主にはな」
「それはどういう……」
「ああああああああああああッッッ!」
「何じゃ!?」
「何……!?」
アテナがロドニの言ってる意味がわからず、聞こうとした瞬間、獣のような叫び声が耳に届く。
二人は聞こえた方角に目を向けるのと同時に、辺り一面がさら地と化し、クレーターが出来ていた。
そして中央には一人の少女の姿があった。
「なんですの、あれ……?」
「あれは……白フィル――いや、黒フィルか? ……一体どうなっておるのじゃ……」
その少女は面影は完全に白フィルそのものだった。――が、髪色が灰色だったのだ。
レイダは少し考えると、ひとつの可能性が脳裏を過るとまさかっ!という驚きの顔つきに変わる。
「まさか、これが本来のフィル・カームマインドの姿じゃというのか……」
本来、転生者は七人のはずだった。
それにもかかわらず白フィルと黒フィルという人格を分裂して産まれた転生者が現れた。
人格が二つに別れて生まれるのはレイダの考え上は決してあり得ないことだった。
だが、今のフィルを見て、自分の考えが根本的なところで間違ってることに気づいた。
フィルは同時に産まれたわけではなく、産まれたあとに分離したのだと。
それは脅威であった。
レイダが気づかない――いや、フィルはレイダの考えの及ばない現象を目の前で引き起こしたのだから。
そして人格の分裂、それは多重人格であるフィルだからこその出来ること――つまり、リンでいう強固な『耐性』と同じ〝固有能力〟なのだ。
まだ他にも人格があるなら黒フィル以外にも出てくる可能性がある。
力が未知数な今のフィルは現状を考えて脅威でしかない。
敵に回られるとかなり厄介な存在になるだろうとレイダは思いながら冷や汗を垂らす。
そんなことを思いながらフィルを見ていると、急にふらついたかと思えば、そのまま仰向けに倒れた。
そしてそのすぐ後にフィルは、徐々に髪色が白くなり、体から光が漏れだした。
その光は次第に人の形を成していくと、その光から黒フィルが出てきた。
どうやらまた分裂したらしい。
「そういえば、他かの連中はどうなったのじゃ?」
レイダは辺りを見回すとヴァルキュリーと他二名の転生者が気を失っていた。
レイダは戦う気力の残っていないアテナを置いて、転生者達がいる場所へ向かった。
向かうとまず最初に横たわっているリンを見つけ起こして状況を確認するために近寄る。
「おい、リンよ。生きておるか?」
そしてレイダは靴の爪先でリンの脇を軽くコツいた。すると――、
「いってぇぇぇ!」
リンは脇腹押さえながら飛び起きた。
どうやら丁度骨折してるところをコツいてしまったらしい。
だが、耐性があるにも関わらずここまでダメージが行ってるところを見ると、相当無茶をしたようだ。
「リアクション芸人の本領を発揮してるところ悪いのじゃが、これはどういう状況なのじゃ?」
「誰がリアクション芸人だ!? このロリBABA……ぐふっ!?」
リンが罵倒を言いかけたところでレイダの回し蹴りが見事に顔面をクリティカルヒットした。
「よく聞こえなかったのじゃが、もう一度言ってはもらえんかのう?」
「あ゛ー、言ってやるよ! このロリババア! それと、もう少し怪我人を労ってくれませんかねぇ!?」
「それは遺言かのう? なら労らなくてもいいと思うのじゃが?」
「あ゛あ゛!?」
「やるのかのう!?」
リンとレイダは青筋を浮かべ、お互いの胸元を掴みながら睨み合った。すると――、
「まだ、話は終わっていませんのに勝手に離れないでくださいまし」
上空から降り立ちながらアテナは二人を見て呆れていた。
「なあ、ロリババア。何でこいついるの?」
「さあ? ワシに聞かれてものう……というか、リンよ、お主はいつまでワシのことをロリババアと言うつもりじゃ? 逝きたいのならはっきり言ったらどうなんじゃ?」
「そうやってすぐせっかちになるところが年寄そのものだろうに……」
「なにを!」
「やんのか!」
「いい加減にしてくださいまし! ハァハァ……」
自分のことを無視して喧嘩を続行するリンとレイダに対してアテナは遂にぶちギレた。
そして急に大声を出したせいか息切れを起こした。
「なんじゃ、まだ用があるのかのう? お主がどう足掻こうとワシには勝てんというのに……」
レイダは呆れながらアテナを見た。
「いえ、今はあなたと戦う理由はありませんの。ただ、まだ話が終わってもいないのにも関わらず、行かれて追ってきたんですのよ」
アテナは首を横に振り、真剣な眼差しでレイダに言った。
「どう言うことなんだ、レイダさん? こいつは敵じゃ無いのか?」
「敵と言えば敵かもしれんが、こやつは単純に、ワシに対する嫉妬の執念で襲ってきたのじゃよ」
「えっ? それってつまり……」
「導きの神の件とは別じゃ。つまりお主らは巻き沿いを食らっただけということになるのう」
リンはそれを聞いて、一瞬頭の中がポカーンっとなり、一拍置いて――、
「……なんじやそりゃああああああ!!!」
と今日一番の叫びを上げた。
そしてリンは叫びと同時にまだ治ってない傷に響いて踞った。
そんなリンを無視してレイダはアテナの方に顔を向けた。
「それでアテナよ、話してやる変わりにひとつ条件がある」
「な、なんですの?」
「お主、ワシと手を組め」
「……はい? それは他の神を『敵に回せ』と言う意味ですの?」
「そういうことになるのう」
アテナは少しの間真剣な表情で考えると、
「今日一日だけ、考える時間をくださいまし」
そう言って、レイダの有無を聞かずにこの場を去った。
レイダはアテナを追いかけずにその場で見送ると、踞っているリンの方に顔を向けて、当初の話を持ち出した。
「また聞くが、この惨状はどういうことじゃ?」
すると、リンは傷口を押さえながら無慈悲なレイダに対ヴァルキュリーの戦況を話した。
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