32話 頼み

「ふぁ~よく寝た……んっ? なんか生暖かくて柔らかい感触があったような……ッ!?」


 リンは気持ちよく目を覚ますと、布団の不可思議な感覚を覚え、まさかと思い布団を捲り上げた。

 その瞬間、思考が一時的に停止した。


(なんでお前がここにいるんだ! 黒フィル!)


 布団の中にいたのは能天気な白フィルと全く正反対の刺々しい性格をした黒フィルがいた。しかも黒のワンピース一枚のだけの無防備状態である。


 目のやり場に困ったリンは叫びたい気持ちを抑えて、何とかして起こさないようにゆっくりと体を動かした。――が、接触してる部位があるため、離れた瞬間に黒フィルの目が開いた。


(あ……詰みましたね、これ……)


 黒フィルは起き上がると、大きな欠伸をしながら体をグッと伸ばす。そして眠たそうな目をパチリパチリして、辺りをキョロキョロする。

 すぐさまここが自分の部屋では無いことに気づくと、目線がこちらに向いた。かなり殺気の篭った目で。


「これ、どういう状況か説明して欲しいんですけど?」

「それはこっちの台詞なん――」

「この状況で意見できる立場なの? この現状をみたら間違いなくあんたが疑われるわよ?」

「それは確かにそうだが……」

「それだけ男女の価値観が違うのよ、それで説明はしてくれるんでしょね? それともここで遺言でも残しておく?」

「サラッと最後に物騒なこと言うの止めてくれませんかねぇ!? うっかりおしっこちびっちゃったら責任とれよ!? そもそも俺は何もしてないし、起きたらお前が居たんだよ! それ以外は何もねぇよ!」

「ふーん」


 リンは必死に何度も無罪を主張をしたが、全くもって信用するような雰囲気は無かったが、それでも許しを得ようと必死に繰り返した。

 数分後


「お願いします……信じてください……」

「はあ、もういいわよ。信じるわよ、全く」


 リンのしつこいくらいの謝罪に折れて、頭をポリポリしながら溜め息をついて、仕方がないといった感じで許した。


「有り難き幸せ」


 リンは黒フィルから許しを貰うと平伏した。

 しかしそれは無意味となった。


「でも、あたしの寝顔見た罪はでかいわよ」

「……へ?」


 リンは黒フィルの一言で一瞬で間が抜けた。

 その瞬間に黒フィルは右手に拳を作り、


「一回死んで、忘れなさい! はっ!」


 リンの顎目掛けて振り上げた。


「ぐはっ!」


 リンは壁の端まで吹き飛んだ。

 そしてゴンッと大きな音を立てて激突し、そのまま力なく床に突っ伏す形で倒れた。


(理不尽だ……)


 黒フィルは「ふんっ」と鼻息を上げてスタスタと部屋から出ていった。


 すると、すれ違いに白フィルが入ってきた。

 そして背中からひょいっとプラカードのようなものを取り出した。

 そこには『どっきり大成功』という文字が書かれていた。


(お前かああああああ!!!)


 リンは内心で悲痛の叫びを上げた。


「異世界のお約束、気に入った?」

「殺す気ですか?」

うぶな少女とチェリーボーイの組み合わせ、私は面白いと思う」

「面白くねぇよ! 危うく生死をさ迷うところだったぞ! あと、チェリーボーイ言うな! それ誰から聞いた!?」

「ご飯出来てる。ハルターが呼んでこいって言ってたから呼びに来た」

「スルーですか……あと、それ先に言う言葉べきだと思うんだが……」

「それじゃあ先に行ってる」

「またスルーですか……型破りにも程があるぞ……」


 白フィルが居なくなると、リンは壁に体を預けて立ち上がり、泣きたい思いを抑えて自分がいた部屋を後にした。


「あ、リン、おはよう……ってどうしたのその傷?」


 食堂に入るとロドニが声をかけてきた。

 辺りを見渡すと、どうやらリンが最後の一人のようだった。


「ちょっと寝相が悪かっただけだよ」


 さすがに朝の出来事を言うわけにもいかず、適当に誤魔化す。言えば二次災害が起こるのは目に見えているからだ。

 ロドニは「ふーん」と一言だけで追求はしてこなかった。

 それよりも、部屋の雰囲気が少し重く感じた。理由はすぐに明らかとなった。


「嫌(良き)です」


 二人ダブルフィルはレイダの方に向かって真逆なことを言った。


 ダンッ!


「白!? あんたわかってるの!? 相手は神よ! そんなの勝てるわけないじゃない! 常識を考えれば無理なのは明白よ! 死にに行くようなものじゃない!」


 黒フィルは机を拳で思いっきり叩きながら怒鳴るように白フィルに言った。


 ここでリンはようやくこの状況を理解した。


 どうやら一緒に旅に来てくれるかとお願いされたのだろう。

 こちらとしては、元々この旅は転生者を集める旅、いつかは聞かなければいけないことだ。

 しかし今の黒フィルのように、常識を考えれば神様の相手など無理に等しい。何せ神様はこの世の創造種、産み出された側が神様に逆らうのはどう考えても可笑しい。例えで言えば、同族のフランス革命とは訳が違うのだ。

 だから、ここは断るのが普通なのだ。

 しかし白フィルは違った。


「確かに死ぬかもしれない。でも、私は戦う、付いていかなくても私達はどのみち敵に狙われる対象になる。そうなったら力のない分あっさり殺される。そんなの私には耐えられない。なら戦って最後まで抗う道を選ぶ」


 白フィルはいつもと変わらず、無表情で意思表示をした。

 恐らく、リン達――つまり転生者が敵になればいつかは自分達も狙われる対象になることを悟って言ったのだろう。


 すると、黒フィルは「うーん……」と体を捻らせながら唸った。

 そして、


「あーもう! 分かったわよ! 白がいくなら私も行くわよ! どのみちそれ、私が行く前提で行ってるでしょ!」

「うん」

「即答って……どこまでマイペースなのよ、白は……」

「さすが私」

「いや、褒めてないから……」


 黒フィルは白フィルに対して「はぁ……」と深いため息をついて呆れていた。


「すまない、ワシの都合で付き合わさせる形になっしもうて……」


 レイダはリン達を誘ったときと同じ顔をしながら謝罪した。

 すると、黒フィルがレイダのもとに寄り、手を取った。

 そして、


「別に構わないわよ、転生させてくれたことにはあたし達は感謝してるもの。まあ、あたしは元々偽人格だったから、こうして実体を持ってる時点で有難いと思ってるし、そのお返しと考えてちょうだい。だからあなたが気に病むことじゃないわよ」


 と慰めるかのように言った。


 レイダは側にいる黒フィルに聞こえるくらいの声で「ありがとう」と言うと、瞳には雫が溜まっていた。


「さて、あたし達は準備するから少し待っててちょうだい。来なさい、白」

「あいあいさー」


 そう言うと、二人ダブルフィルは自室へ向かっていった。


 そして、明日にはここ出ることになり、帰りは歩きなので、少し余裕をもってカイナ港に戻れる。


 ダブルフィルが準備している間何事もなく一日が過ぎた。


 そして朝になると、二人ダブルフィルの準備が出来いたので、そのまま研究所を後にした。

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