31話 情

 リン達が遺跡に行っている間、王都――クラントブールに動きがあった。


「ここが『第23の世界』か……?」


 そう呟きながら黒いゲートのようなところから、金髪の三つ編みロングの女性が腰の剣を鳴らしながら出てきた。

 その人物は――いや、それは戦乙女とも呼ばれる神――ヴァルキュリーであった。


 そして後ろから、銀髪のやや小さい見た目が中学生くらいの少女が出てきた。

 彼女は知識と豊作を司る神――アテナであり、神界でヴァルキュリーと一緒にいた神である。


「フフッ。そうね、バール――まだ微かに神力のぶつかった痕跡があるもの」


 と不適切な笑みをしながら、ヴァルキュリーの疑問を返した。


「取り敢えず調べるとするか……アテナやれるか?」

「はいはい、分かってますわよ。“探知サーチ”」


 アテナはヴァルキュリーの言われた通りに、魔力を特定するための魔法――“探知(サーチ)”を使った。


 すると、「なっ!?」と一声上げて驚いた。


「どうした?」


 それを不思議に思ったヴァルキュリーは率直に聞いた。


「フフッ……フフフフッ、あれ、まだ生きてたのね。面白いことになったわ……フフフッ……」


 アテナは驚いたと思えば急に狂ったかのような笑いをしながら呟いた。


「おい、笑ってないで答えろ! なにがあった!」


 すぐに答えないアテナに痺れを切らしたヴァルキュリーは怒鳴るかのように再び聞いた。


「“レイダ”よ」

「なっ!?――今、なんて言った……?」


 ヴァルキュリーはアテナの一言に絶句し、冷や汗を掻く。そして聞き間違いと思い、再度聞いた。


「レイダよ、レイダ。まさか生きてるとはね。フフッ……」

「バカなっ! あいつは三千年前に大神様によって死んだ筈だ!なぜ今さら出てくるのだ!」


 ヴァルキュリーは聞き間違いではないと、あり得ないという顔をしながら叫んだ。


「さあ? 少なくとも“あの死”は偽造……と考え妥当でしょうね。それを可能とする手だけど、あの状態から“転移テレポート”は不可能。それと、“身代わり”も無理だと考えると……」


 アテナは消去法で可能性を潰していくと、ヴァルキュリーは一つの答えに気付いた。


「まさか……“転生の魔法陣”か?」

「そうでしょうね、私も同じ意見ですもの。きっとどこかで姿を変えて生きてるかもしれないわね。フフッ」


 ヴァルキュリーは衝撃の事実に焦りを感じた。

 それに対してアテナはまるで悪魔のような笑みを浮かべている。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。


「相手がレイダなら、これはかなり深刻な問題だ! 今すぐにでも大神様に伝えねば――」

「待ちなさい」


 ヴァルキュリーは険しい表情をしつつ、急いで“ゲート”を開こうとしたが、アテナに止められた。


「なぜ止める! これは由々しき事態なんだぞ!」


 ヴァルキュリーは行く手を阻まれて激昂した。

 すると、アテナは「はぁ……」とため息をついて、


「レイダだからこそですわ。忘れたのかしら? あれの性格を? 一見バカそうに見えても、自分の手の内は中々明かさないペテン師ですのよ? そんな相手に大神様を連れてきてみなさい。すぐに雲隠れされるのが落ですわよ?」

「だが……」



 アテナが止めた理由を軽く述べるとヴァルキュリーはどちらをとるべきかで迷いだした。


「バールの言いたいことは分かるわ、大神様を除けばレイダは“最強の神”。勝てる保証はありませんものね」


 アテナは皮肉のように口を歪ませて言った。


「別にそういうわけではない! ただ……」

「ただ?」

「…………」

「まだあの裏切りレイダに情を抱いてるのかしら?」

「なっ!?」


 ヴァルキュリーは迷ってるうちにもろに態度に現れてしまったせいか、アテナに見透かされて声を上げた。


「あらあら図星? こっちの方が由々しき事態のようですわねぇ? もしかして早く帰って報告とは嘘をおっしゃるおつもりだったのかしら?」

「…………」


 そしてアテナはここぞとばかりに追撃するように言うと、ヴァルキュリーは目を逸らしながら苦悩な表情を浮かべていた。


「フフッ、『裏切り者は死すべき』――これは神々わたしたちの掟――意味、分かるわよねぇ?」

「……脅しのつもりか?」


 不適切な笑みを浮かべながら退路を断とうとしてくるアテナを冷や汗を垂らしながら険の篭る声で返す。

 しかしヴァルキュリーは完全に不利な立ち位置である。この事を報告されれば確実に神々を裏切ることになるからだ。

 もちろん、一人だけで神々から逃げるのは不可能。ヴァルキュリーはレイダほどの力はないのだ。


「フフッ、脅しなんて酷いですわ、私はただ協力して欲しいだけですのに……そうすればこの事は聞かなかったことにしますわよ?」


 そう言いながらアテナはヴァルキュリーを顔を覗き込んだ。


「そういうのを脅しって言うのだ!」

「あら怖い。そんなに怒ったらしわが増えますわよ?」


 ヴァルキュリーは怒鳴りながら一気にアテナから距離を取った。

 しかし目の前にはアテナの姿はなかった。


「――しまっ!?」

「遅いですわよ!」

「ぐわあああああ!」


 アテナはヴァルキュリーが距離を取ることを読んで、その後ろに転移し、高等魔法クラスの『雷魔法』を直撃させた。


 普通の人間が食らえば即死レベルだが、神は加護を保有しているため、気絶程度で済む。

 そしてヴァルキュリーは気絶した。


「フフッ、こんなに簡単に実験体モルモットを確保できる私は、なんて幸運なのかしら。情なんて持ってるからこうなるんですよ? 信じるのは自分だけ、そうすればこうなることもありませんでしたのにね」


 アテナはまた不適切な笑みを浮かべて、新しい玩具を手に入れた子供のような高揚感に浸っていた。


 そしてアテナは小柄な体でヴァルキュリーを担いで、“ゲート”を開いた。


「レイダ、今度こそあなたに雪辱を晴らしますわよ」


 と、最後に低いトーンで呟いて“ゲート”の向こうに消えていった。


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