29話 三人目

 ハルマント遺跡:五層


「ここが五層目か……――てか目の前には扉しか無いんだけど……」


 リンたちは明らかにボス部屋であろう扉の前で、呆然としていた。


「どうする? 入る?」


 ロドニは今すぐにでも入りたい気持ちを抑えてリンに聞いた。


「んー、もう少し様子みたいかな? 実はトラップでしたってオチだけは回避したいしな」

「さらっとフラグ立ててる気がするけど、確かにめんどくさいのはごめんだし、様子を見てからにした方がいいかあ……」


 ロドニはリンの言うことに納得して周辺を探索し初めた。

 すると、


「ん? なんだろう、これ?」


 ロドニは扉の隅に書かれていた文字を見つけた。

 その声に反応したリンが横から割り込んで読み上げた。


「えーとなになに? 『ここはハルマント遺跡の最新部であり、またの名――《レイダの宝物庫》』って書いてあるけど……ッ!? レイダの宝物庫!?」


 二人はぎょっとしてレイダの方に顔を向けた。

 するとレイダは冷や汗をかきながら、


「い、言っておらんかったかのう……」

「「初耳だわ(よ)!!」」


 と、誤魔化すように目を反らすレイダに対して叫ぶ二人。

 そして流石に騙せないと思い、レイダは語り出した。


「ここは昔、ワシがまだ神界に居たときの研究所なんじゃよ――といっても使わなくなってからは保管庫として使っていたがのう。それと、この扉の向こうに入れるのはワシかそれを許している者だけじゃからのう。入る前に読んだ本の五層が不明なのは、単純にワシの許可が無かったせいなんじゃ。だから一度来た冒険者は入れなかったため、引き返したんじゃよ」


 レイダは軽く説明をした。


「ということは、この中にはレイダさんの魔道具が幾らか置いてあるということですか?」

「いや、神界から抜け出したときに魔道具は全て持ち出したのじゃよ。じゃが、痕跡くらいは残ってるかもしれんのう……」


 ロドニの質問に対してレイダはあやふやに返す。

 そしてロドニは少しばかりテンションの下がったトーンで「そうですか」と、ひとこと言って残念そうに肩を落とした。


(うーん、それにしても研究所は興味あるな、殆ど何もなかろうと、何かしらのヒントになりそうだし、うんうん)


 リンは内心唸りながらも、多少の情報収集になるだろうと前向きに捉えた。


「じゃあ、入るとするかのう」


 レイダはそう言いながら扉に手を掛けた――が、途中で表情を変え、動きが止まった。

 そして、その場に緊張が走った。


「どうかしたんですか?」


 ロドニは恐る恐る聞くと、


「この中から、気配を感じるのじゃ」

「え? それって……」


 レイダは真剣な表情で答えた。

 そしてハルターを除く三人は、ある存在が脳裏を過った。

 この中に入れそうな存在はレイダと同じ。つまり他の神の可能性があるのだ。

 もしそうだとしたら、今すぐここから離脱しなければならない。

 もし場所が割れたら、この先動きにくくなってしまうからだ。

 レイダは導きの神を殺ったとき、口封じに殺した。だとしたらここでバレる訳にはいかない。

 逃げるのが得策だろう。


「お、おい……どうしたってんだ?」


 状況を察していないハルターは、三人に着いていけず、訳がわからないといった雰囲気を出していた。


「父さん、落ち着いて聞いてくれ。恐らくこの中に他の神様が居る可能性がある」

「はあ!? それはマジなのか!」


 リンの言葉にハルターは驚愕する。


「あくまで可能性の話だ。だが、疑うことに越したことはない。今すぐ引こうと思――」

「遅い、気づかれたようじゃ」


 リンがハルターに退散をしようと言いかけたところで、レイダから悪い知らせを聞いた。


「父さん! ロドニ!」


 リンが叫ぶと二人はコクリと頷き、戦闘体制に入った。


「来たぞ!」


 バァンッ!


 レイダが叫ぶのと同時に扉が内側から勢いよく開かれた。


「誰よ! あたしたちのマイルームの前で屯ってる輩はっ!」


 そう叫びながら、中からは黒髪ロングストレートに、艶のある肌、つり目でアメジストのような透き通る瞳、黒と白のゴスロリを身に纏い、身長はロドニとは差ほど変わらない気の強そうな女の子が出てきた。


「女……の子?」

「レイダさん、この子って神様なんですか?」


 リンとロドニは思わず拍子抜けしてしまった。そしてロドニは恐る恐るレイダに聞くと、レイダは「はぁ……」と、ため息をついて――、


「どうやら、一人探す手間が省けたようじゃ」


 と、額に手を押さえながら苦笑した。


 それを聞いたリンとロドニは目を見開いて、


「それって、まさか……」

「“転生者”……ってことですか」


 二人は“三人目の転生者”に驚きを露にした。


「ちょっと! あたしを無視して話進めないでくれる!? それと聞き捨てならないことを聞いたんだけど!? あたしが転生者ってどうしてわかったのよ!」


 目の前のゴスロリの少女は忘れられてることが気に入らないらしく、かなりご立腹だった。


「それはのう、その扉はワシとそれを許した転生者のみが開けることを許されている扉なんじゃよ」

「……は? それってどういう――」


 ゴスロリの少女の疑問に対してレイダが簡単に説明すると、一瞬、間抜けな声をあげた。

 そして、言ってる意味が分からないと困惑した顔でレイダを見た。

 いや、言っている意味は分かってはいるのだろう。

 ただ、理解しようとしていないのだ。何せ、目の前にいるレイダも見た目はロリ。つまり、子供にしか見えないのだ。

 しかし「ワシと転生者のみ」というワードを聞いて、レイダがここの所有者なのは誰でも予想が就く。だからこそ困惑しているのだ。こんな子供が本当にここの所有者なのか、と。


 リンはこのまま立ち話もなんだしと思い、二人の話を割り込んで提案した。


「まあ、話は後にして、中に入りませんか?」

「うむ、そうじゃな。ここで立ち話して聞かれるとまずいしのう」


 そして、レイダはリンの言葉に同意して、扉の向こうに行こうとした――が、ゴスロリの少女が両手をバッと広げて、


「だ、駄目ッ!」


 ここを通さないぞと言わんばかりの勢いで拒絶した。


「元々はワシの研究所じゃ、何故入ってはならぬのじゃ?」


 レイダは威圧をかけるように聞いた。


「だ、だって……ッ!?」


 ゴスロリ少女が何かを言いかけたと思えば急に後ろを振り向いた。

 それに合わせて振り向くと――


 じーー……


 扉の隙間から銀髪ロングストレートの女の子が顔を覗かせていた。

 見た感じはゴスロリ少女と身長は変わらないくらいで、瞳の色は同じアメジストのジと目で、無愛想な顔。目付きと髪の色を除けばそっくりで顔だけでは見分けがつきにくい。服装はさっきのゴスロリ少女の色が反転した感じだった。


「えっと……君は?」


 リンは気になって声を掛けた。すると、首をかしげて、「ん?」と声を漏らした。

 そして一拍置いてから、


「フィ……」

「ごめんよく聞こえなかった」

「『フィル・カームマインド』――これが私の名前」


 フィルはポツリポツリと自らを明かした。


「フィルか、よろしくな。俺はリン・ウォルコットだよ――で、あの水色髪がレイダでその隣がロドニで後ろに居るのが俺の父親のハルターだ」


 リンは軽く自分達を紹介した。


「んっ。リン、レイダ、ロドニ、ハルター。うん、覚えた」


 フィルは復唱するかのように言うと、少し嬉しそうに微笑んだ。

 すると横から、


「だから、あたしを、無視するんなああああ!!!」


 額に青筋を浮かべた先ほどのゴスロリ少女が叫んだ。完全にお怒りモードである。


「悪い悪い、忘れてた訳じゃないんだ、黒ゴス」


 リンは気圧されたかのように謝罪した。


「誰が黒ゴスよ! あたしにも『フィル・カームマインド』って名前があるのよ!」


 リンの呼び方が癇に障ったらしく、さらに怒りを露にした。


「……え? 今なんと?」


 それよりもリンは今の発言に驚いた。二人揃って同じ名前なのだ。


「だから、あたしもフィル・カームマインドだって言ってるの! 分かった……? ハァハァ……」


 もう一人のフィルは声を出しすぎて息切れをしていた。


「いや分かったけど、どうして二人とも同じ名前なんだ?」


 リンが聞くと、


「元々、私たちは“一人の人間”だった」


 大人しいフィルが答えた。


「それって、どういう――」

「“多重人格”ね」


 リンが聞こうとすると、ロドニが後ろからボソッと呟いた。

 すると、ロドニの一言を聞いた大人しいフィルはコクリと頷いた。


「マジかよ……」


 リンは予想外過ぎて頭を抱える。

 そしてリンは思った。

 多重人格者は大抵苛めや家にいつも一人しか居ない子供、つまり孤立または孤独を味わってる人に起きやすい現象だ。

 そしてこの子は生前は一人孤独をさ迷っていたのだろう、と。


「それより、入らないの? あと、私のことは白フィルでいい。その方が分かりやすいから」


 そう言って白フィルは扉の向こうに消えた。

 そして次々と中に入り、リンが入ろうとすると、


「変に干渉に浸ってるんじゃないわよ。そういうの、余計なお世話だから。あと、あたしのことは黒フィルでいいわよ」


 黒フィルは通りすぎ間際に言って中に入った。

 そして「悪い」とひとこと言ってリンも中に入って扉を閉めた。


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