26話 暇
外からは鳥の囀ずりが聞こえ、日はもう真上に上がっていた。
そんな中、一つの宿の個室で、黙々と自分の作業している三人がいた。といっても、一人は神様だが。神様を一人として数えていいのかは人それぞれだろう。
しかし、今はそんなことを考えるべきではない。
何故三人が、ただ黙々と自分の作業をしているのかというと、それ以外やることが無いからだ。
つまり、『暇』なのである。
本当だったら、外で魔道具のできを試すために模擬戦やら試し撃ちをしたいのだが、生憎場所がない。有ったとしても、この前みたいにさら地にしてハルターにどやされる落ちしか見えていたため、結局やめた。
そのハルターはというと、また、知り合いのところに行って船を出してもらえるかの話をするために出払っていた。
「はぁ、暇だ……」
リンはため息を付きながらボソッと呟いた。そしてリンは死んだ魚の目になりながら、ダルそうに魔道具を弄っていた。
「暇なら手を動かしなさいよ、そうすれば気が紛れるわよ……」
ロドニはリンの呟きを返した。
といっても、こちらも退屈そうにしながら魔道具を弄ってるため、完全に言葉と態度が一致してない。
「お主らはまだ作れる魔道具があるだけましじゃろ? ワシなんて長年作りすぎたせいで、ネタが全くないのじゃぞ?」
そう言いながらレイダは、眠たそうに目を半開きにして、ステッキ型の魔道具をジェンガのように積み上げていた。
そしてまた沈黙が訪れ、自分の作業を始めた。
しばらくして、ハルターが戻ってきた。
そして、入って早々この異様な空間に見て引いてしまった。
「な、なんだこの重苦し空気は?」
ハルターの声でリンが目線を向けて、根気なく、まるで何かに取り憑かれたかのように、
「あ、お帰りぃ~、父さ~ん」
と暗いトーンで言った。
そんなリンをいたたまれなく思ったハルターは、即座にリンの元へ駆け寄り、両肩を掴んで揺さぶりながら、
「リン! しっかりしろ! 逝くなら父さんが逝ってからにするんだ!」
と、ハルターは必死な形相で言った。
気付けば、余りに強く揺さぶり過ぎたせいで、リンが泡を吹いていた。
「おい! しっかりしてくれ! リン! リーーン!!」
と、ガクッとしたリンを抱えながら叫ぶハルター。それを白い目で、いつまで続くんだこの茶番は? と思う外野二人(内一人は神)。そして、未だに泡を吹いて気絶してるリンという、更に異様な光景が出来上がった。
しばらくして、落ち着きを取り戻した四人は今後について話始めた。
「それで、船の方はどうなったんじゃ?」
今一番の問題をレイダがハルターに聞いた。
それを聞いたハルターは少し微妙な顔をして、
「それなんだが……向こうもいろいろ忙しくてな、出せるとしたら二週間後って言われてな……って、どうしたおまえら? そんなにどんよりして?」
気付けば、三人は死んだ魚の目で遠くを見ていた。
「はあ、また退屈な日常の延長戦か……」
「ようやく次に進めるかと思ったのに……」
「また、積み上げて時間を潰さなきゃいけないのかのう……」
ハルターの目の前に見事な三人の屍擬きが完成していた。そんな三人を見かねたハルターは呆れながら一つ提案をした。
「そんなんだったら、ギルドに行って近くで出来そうな依頼を探してくればいいだろ? 何のための冒険者だ?」
三人の視線がハルターに注がれ、一拍遅れて、
「「「それだ!」」」
息ぴったりで、ハルターの一言に食いついた屍擬き達。どうやら自分たちが冒険者という自覚が無かったらしい。
(はぁ、何でコイツらはこういうときに限って抜けてるんだろうなぁ……)
ハルターまた呆れて、深いため息をついた。
そして、四人はギルドへ向かった。
四人はギルドに入ると、至るところから視線が飛んできた。
といっても、殆どはロドニのところだが。
祭りが終わったとはいえ、クラーケン討伐の噂は広まりつつある。なにせ、十歳の子供が冒険者が束になっても勝てない相手を倒したのだから、無理もない。そもそも、子供がギルド内を彷徨くことも少ないため、余計に目立ってしまっている。
ロドニは至るところからの視線をスルーしながら受付前まで来た。
受付にはあのときのウサミミの女性がいた。
ロドニが視界に入った途端、一瞬挙動不審な動きを見せたが、すぐさま営業スマイルに持ち直した。これがプロか。
「ようこそいらっしゃいました。今日はどんなご用件でしょうか?」
と、ニコニコしながら受付前に来たロドニに聞いた。
ただ、十歳の子供に対して畏まっているせいか、物凄く微妙な雰囲気である。
「高難易度で手応えある依頼が欲しい、出来るだけこの近くで、あと二週間以内で帰ってこれそうなので」
ロドニは真顔で淡々と言うと、
ウサミミの女性は「え?」っと軽く声をあげ、一拍遅れてから依頼書を確認し始めた。
(おいおい、それはちょっと無茶ぶりな気がするんだけど……そんな簡単に見つかる訳が――)
そう思った途端。
少しして、ハッと目を見開いて「これなんていかがでしょうか?」と言いながらロドニに見せた。
(あるんかい!)
思わず内心でツッコミを入れるリン。
ロドニは依頼書に顔を近づけて、
「えーと、なになに? 『ハルマント遺跡の調査』って……どこが高難易度よ!?」
ロドニは受付カウンターに身を乗り出して、抗議した。
ただでさえ、クラーケン討伐が退屈だったロドニにとって、遺跡調査は納得が行かないのだろう。
「ひぅっ、で、ですが、ここは一応S級の魔物が屯っている遺跡で、クラーケン程ではありませんが、ワンランク下の魔物ならたくさん出るので、一応この辺りで出来そうな高難易度と依頼です……」
ウサミミの女性はロドニの威圧で腰を抜かしつつ、説明をした。
どうやら依頼や魔物にもランクがあるらしい。
ロドニは少々不満は残ってはいたものの、強さよりも数を取ったのかは分からないが、渋々納得した。
四人は依頼を受けると宿に戻り、遺跡調査の準備を始めた。
気がつけば、もうじき日が落ちるところまで来ていたため、明日に出発することになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「へぇー、ここが遺跡かぁ~、ていうか、入り口は遺跡というよりは洞窟とか洞穴って感じがするな」
リンたちは今、ハルマント遺跡の入り口来ていた。
遺跡はカイナ港から大体三時間くらいのところにあった。入り口付近は木に覆われており、入り口の中まで蔦がびっしりと張り付いていた。
ウサミミの女性曰く、遺跡というのは神が残した遺産という伝説があるらしい。
気になってレイダに聞いたが「黙秘権を行使するのじゃ」とか言って口を割らなかった。
(まあ、RPGやってる身として、あまりネタバレはよくないか)
リンは自分にそう言い聞かせた。
「遺跡探索楽しみ! リンもそう思わない? 一度でも経験してみたかったのよねぇ~」
ロドニは無邪気な子供のようにはしゃいでいた。というか、ようにじゃなくて実際に子供なんだが、見た目は。
それよりも、昨日のテンションとは真逆なことに対してツッコミを入れようとしが、やめた。それはリンも同じく、遺跡探索に好奇心を擽られていたからだ。
「さて、中には――」
「ちよっとまて!」
「……ぐうぇ!?」
ロドニが中に入ろうとした瞬間に、ハルターがロドニ首根っこを掴んで引き戻した。
「なにするのよ!」
ロドニは急に首根っこを引っ張られて、怒りを露にした。
「なにも知らずに遺跡に入るのは危険だ。昨日下調べしてきたんだから、少しくらいは見ていけ」
ハルター真面目に言いながら、荷物から本を取り出す。その本には『ハルマント遺跡』と書かれていた。
恐らく図書館とかで道順や何がいるか、どんな罠があるかを事前に知るために借りてきたのだろう。
(コレじゃ完全にカンニングじゃね?)
内心そう思いつつ、ハルターの持ってきた本を覗いた。
五層構成。
一層:ゴブリン(F)、スライム(F)、ファイヤーフラワー(E)
罠(スイッチ):転移、毒ガス
二層:スケルトン(D),メタルアント(D)、アンデッド(D)
罠(スイッチ):転移、毒ガス、針山、矢、爆発
三層:死霊(C)、トロール(A)、ミノタウロス(B)
罠(スイッチ):転移、毒ガス、針山、矢、爆発、雪崩、大玉
四層:ラミア(A)、ゴーレム(A)、デーモン(S)、ケルベロス(S)
罠(スイッチ):転移、毒ガス、針山、矢、雪崩、大玉、麻痺毒、幻、魔封じ
五層:不明
本には罠やモンスターの事が書かれており、他には途切れが目立つマップに罠の位地が書いてあった。
五層が不明なのは、恐らくそこが最終層でボス部屋だと思い、引き返したのだろう。
そうなると奥にはクラーケン以上の魔物が居るかもしれない。
今まで貯まってた『暇』という名のストレスをぶつけられると思うと不適切な笑みを浮かべる三人の戦闘狂。
それを見たハルターは、呆れながら深いため息を付いた。
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