第4話

 昔々、王様には七人の王子様がいました。一番上の王子様はとても頭が良くて、王様もそれは彼を可愛がっていました。やがて国王になるだろうその王子様に沢山の知識を与え、沢山の外交手段を教え、自分の理想とする国を熱く語っていました。

 そんな時、王様に八人目の王子様が生まれました。王様が年を取ってから好きになった侍女に産ませた八番目の王子様です。年老いてからの子供がとてもとても可愛くて、王様はその子に付きっ切りになってしまいました。気に入らないのは一番上の王子様です。一番上の王子様は悉く親子につらく当たりました。やがてお城の中で、八番目の王子様とそのお母さんを助けてくれるのは父親である王様だけになってしまいました。王様はもう年老いていたので先も短いだろうと、殆どの家来達は一番上の王子様の味方です。王様はそんなお城の中に二人を置いておくことは出来ないと、こっそり母子を別荘に匿いました。

 ですが家来達の予想通り、王様は間も無く死んでしまいました。八番目の王子様とそのお母さんを守ってくれる人は、もう誰もいません。しばらくは隠れ住むことが出来ましたが、時が経ち、とうとう王子様とお母さんは、一番上の王子様――王位を継いだ、新王に見付かってしまいました。牢屋に繋がれた王子様を、王様が笑います。嗤います。


――城の占い師が何を言ったか知っているか? お前はこの国に災いを齎すのだという予言が下っていたんだ、生まれた時に。父上はそれでもお前を殺さずにいたが、俺は無事でいさせようなどとは思わない。俺はお前を殺す、俺の国を守るためにお前は邪魔なのだ。生き延びたいのか? 生きたい? 良いだろうならば生かしてやる、死ぬよりも辛いだろう生かし方をしてやろうじゃないか。感謝しろ。王家に忠誠を誓え。誰からも愛されない、幼神すら見放したお前、この俺が生かしてやるのだからありがたく思えよ、刹那――


「なんって、昔話にして欲しいよね、本当」

 溜息を吐いて、僕は廃墟の真ん中に佇む崩れた聖堂の前に立った。祭事の際に使われただろう、街の中心に座す場所。僕はそっと懐の人形に手を当て、それから左腕の仕込んだダガーと右足のスペアを取り出した。両手にそれを持って、僕は崩れたドアをくぐる。


 光の差さない聖堂。

 僕は歩みを進める。

 彼女は確かにそこに居た。

 あの時と同じに、こちらに背を向けて。

 薄青の外套が、裏地の青が、ほんの少しだけ翻る。


 時間は早朝、ところどころに穴の空いた天井から差す光は弱弱しくて明かりとしては十全に程遠い。僕が立ち止まると、彼女は気付いたようにこちらを向いた。

 初めて見た顔は遠いからあまりはっきりしないけれど、それなりに美人だった。少し冷たい印象の切れ長の目は青い。まったく赤みの差していない白い頬は極め細やかで、氷のようだった。見覚えのある服は確かに近衛隊のもの、伊達でもハッタリでもなかったらしい。僕は息を吐き、彼女を見据え直した。

「よろしくてよ、ちゃんといらっしゃいましたのね。刹那・クリストフ」

 鈴の声、昨日と同じ声。何の感情もなく抑揚も薄いそれが、僕に向かって走ってくる。がらんどうの聖堂の中で反響する声が完全になくなってから、僕は自分の口唇を開いた。

「瞬・ラリナム・オリシネス――」

「はい」

「もしかしてここで一晩明かしたの、君」

「ええ、ずっとこのままで」

 僕は溜息を吐く。

 本当に。

 この国の軍人は、人間じゃなくなってるのかもしれない。

「質問がいくつかあるんだけど、良いかな」

「ええ、よろしくてよ。許可します」

 高圧的な物言い、反響する声には笑いが含まれている。そしてきっと、僕に対する侮りも。まあ、侮られていた方が僕としてはやりやすいものがあるのだけれど――少し、気に食わないものはある、かも。

「君は一人?」

「ええ、十分でしょう?」

 十分らしい。

「国王の命令?」

「勿論です」

 本当に。

「捕獲するのかな?」

「ええ、サンプルにと」

 兄上も懲りない。

「最後に1つ」

「はい」

「君は僕の名前を知っている?」


 短く即答が続いた問答の最後で、即答を返していた彼女のリズムは崩れた。

 彼女は怪訝そうな顔をして見せる。寄せられた眉根は、僕を見ている。その理由は、既に彼女が数度、僕の名前を呼んでいるからだろう。だがそれは完全ではなく、不完全な名前だ。僕の名前を、正確に、完全に知っているわけではないのかもしれない。だから僕は彼女に尋ねる、僕の名前を。

 彼女は溜息を吐いて外套を腕で払った。清潔そうなイメージの真っ白な服、金色のベルトに差された剣をスラリと抜いて、彼女は僕を見据える。

 巨大な剣だった。女性が片手で扱えるサイズではないと思わされたが、それは普通の女性の場合。彼女は普通の女性ではない、いや――女性と言えるものかどうか、だ。

「刹那・クリストフ。貴方は頭が悪いのですか?」

「君が知っているのはそこまでか」

「どういう意味です」

「君が知っている僕の名前はそこまでか」

 僕は、笑う。

 名前すらも僕から奪うつもりか、あの兄上は。

「本当に、十年前から何も変わっていないんだね、あの人は」

 僕はダガーを構える。右は順手、左は逆手。その方が扱いやすい。彼女は僕の得物を認め落胆して溜息を吐く、演技をしてみせる。

「決闘ですから剣を、と申し上げましたのに――私の近衛隊員としてのフェアプレー精神を傷付けるおつもりですの?」

「フェミニストじゃないものだから、自分の得意な得物で相手をしたくてね」

「そんな玩具で私に挑もうと仰いますの? どこまで保てるかそれはそれで一興、よろしくてよ」

 よろしくてよ、と言うのが彼女の口癖らしい。僕は一足飛びになって間合いを詰め、彼女の懐に向かって突進する。石造りの床が重い音を立てた、少しタイルが不安定らしくて万全のスピードにはならなかったけれど――遅い、わけではない。

「なるほど小回りを利かせようとしていらっしゃいますのね。よろしくてよ、確かに大振りの剣では対応出来ないとお思いでしょうし。ですが浅知恵と言うものですわ」

 ころころと鈴を鳴らすように涼しげな声で分析結果を言いながら。


 ひらり、と。

 彼女は滑るように動いた。


 足元には環状に土埃が立っている、つまり、そういうことなんだろう。僕は顔を顰めてその場所を睨みつける、彼女はそんな僕の隙を突かずにただ怪訝そうな表情を浮かべる。僕は視線を彼女に戻した。

「質問を1つ追加するよ」

「ええ、よろしくてよ。最後のお願いぐらい聞いて差し上げます」

「それはどうも――君はどこまでが、機械なんだ」


 プラス二年の士官学校。上級者を集めたその場所。

 科学を異端と迫害するこの国が抱える最大の矛盾。

 全てを魔法の力に見せ掛けながら、

 軍人の全ては身体に機械を埋め込んで改造している。

 だから軍に退役は無い、そこにあるのは戦死だけだ。

 そして、だから、脱走を許さない。

 兵士でなくても。

 改造、された者を。


 彼女は小首を傾げ、そして酷薄な笑みを浮かべて見せる。

 それはこちらを哀れむようですらあった。


「それは逆をお答えした方が簡単ですわね。生身なのは頭部、脳だけです。身体の全ては既に機械として移植済みですわ。この国を守るために王がお決めになったこと、当たり前でしょう? あなたも脱走兵ならば知っているはずですわ。軍人は人である必要などない、戦うならば機械であるべき。科学と魔法を一体とすれば、隣国の戦略兵器などどれほどのこともありませんわ」

「足はホバー……身体の表面は廃熱の為に体温が高いのか。魔法かどうか迷ったけれど、そんなにも君が機械だと言うのならば、魔法は必要ないね」

「あら、魔法は必要ですわよ。魔法と科学、その二つで私達はこの国を守護し続けます。王家に誓う永劫の忠誠と共に」

 言い終わるが早いか、彼女は間合いを詰めた。跳躍の早さに僕は後ろに下がる、だけど浮いていたタイルの所為で少し体勢を崩す。彼女の剣が炎に包まれ、大上段に振りかぶられた。

「ッ、く」

「よろしくてよ、その反射神経」

 咄嗟にダガーを交差させてそれを防いだけれど、熱でそれはドロドロと溶け出した。そんな高温を宿らせるなんて――僕は剣の腹に紋章が刻み込んであるのを見ながら舌打ちをする。形を無くしていくダガーを力任せに押し上げてまた距離を取り、体勢を整えた。熱に焼けた指先は、ジクジクと再生していく。溶けて1つになった金属を投げ捨てれば、ガランという音が鳴る。

 だがこちらを待つほど彼女に容赦は無いようだった。懐に入れられた手は四角い、魔法陣が描かれてある紙を取り出して、それを床に落とし――剣を突き立てる。途端に罅割れていた石畳の床は音を立てて割れた。それは僕の建っている場所までやってくる、舌打ちして僕は飛び退いた。だけど僕の足が落ち着くよりも前に彼女は新しい紙を取り出し、それをまた床に剣で突き立てる。僕は避け続けるけれど、どうにも分が悪い。体勢を立て直すことも反撃の手立てもない。

「手も足も出ない様子ではございませんの? どうしましたのかしら、まるで私が弱いもの苛めでもしているようですわ刹那・クリストフ」

「それはその通りということだと思うよ……ッ!」

「あらあら、その程度のスペックでよくも王都を抜け出せましたわね? 攻撃の一つもして頂かなくては、私が職務怠慢と疑われてしまいますわ」

 苦笑を見せながらもその攻撃には容赦がない、何枚目かに突き立てられた魔法陣、それも地割れかと思って跳躍する――が、次は水柱だった。僕は中に捕らわれ、押し上げられ、空中に放り出される。水気を吸って重くなった外套を肩から外し、僕はどうにか着地した。

 だけどそこは石畳が脆くなっていたらしく、自重も手伝って僕の足は捕らわれてしまう。

「ッやばい」

「神も見放した様子ですわね、刹那・クリストフ?」


 笑った彼女は魔法陣を落とす、火球が僕に向かって走ってくる。

 多分それは時間にしてコンマ数秒なんだろうな、と僕の脳は思考した。コンマ数秒、人間の脳と言うのは実に性能が良い。言葉には出来なくても、思考は出来る。コンマ数秒でも思考は出来る、そして――打開策を無理矢理に捻り出すことだって可能なんだから。

 僕は自分の左手――ハーフフィンガーグローブに包まれた自分の手を、一瞬の迷いもなく盾として突き出した。

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