第3話

「デルセリアは魔法王国である、これは当たり前だな、みなよく知っているだろう。この士官学校では、主に魔法を生かした戦術を教えることになっている、が、まずは基本からだ。こら騒ぐな、基本は大切なんだからな。

 魔法は自然界の、土や水、火、空気、音などの神々が世に散らばらせた幼神達の力を借りることで成り立つものだということは知っているな。そして、その魔法には大雑把に分けて四種類ある。四大元素系魔法、生体系魔法、生物系魔法、そして傀儡系魔法だ。

 四大元素系魔法、これはもっとも多くの人間に適正があるだろう。風、水、地、火の幼神の力を借りて行う魔法をこう呼ぶな。水を出したり火を出したりということが出来る。簡単だから応用の効く魔法だと言えるな。

 生体系魔法とは幼神の力を借りて、自分の身体に魔法を掛ける。例えば腕に火を纏わせて攻撃をすることが可能だし、相手に触れた場所から凍らせることが出来る。これは至近距離でないとあまり使えない。この適正がある奴は、まあ、肉体を鍛えなければならないから、諦めろ。

 生物系魔法は音だ。自分の声に音の幼神の力を乗せて、音を吹き込んだ対象を操ることが出来る。主に動物だ。獰猛な種類のものを手懐けることが出来れば戦局を混乱させることが出来るし、人間は本能的に獣を恐れる特徴もあるからな。ただし、上手く出来なければ、自分が食い殺されることもある。動物アレルギーだったら? 諦めろ。人生諦めが肝心だ。

 そして傀儡系魔法、この適正は実に低い。命の無いものに形を与え操る、ここまで出来れば良い方だろう。実に、我がデルセリア王国を統べるリトエルト王家が選ばれた血統だと言う証拠は、この傀儡系魔法にある。王家は優れた傀儡系魔法使いを多数輩出し、彼らの戦功たるや悉く歴史に残る。

 えー、傀儡は木偶、騎士、聖隷の三位に分けられる。木偶はただの人型の物体だ。精密な動作はなく、大雑把な力攻撃を得意とする。どんなに巨大な木偶を作ることが出来ようとも、所詮木偶は木偶。大概は手足を破壊してしまえば問題ない。対して騎士は素早い動きを得意とし、道具を使った攻撃が可能だ。騎士を作れる術者は大概元素系魔法にも適正があるので、幼神の力を借り、騎士のスペックを強化することも可能だな。覚えておくと良いかもしれん。

 聖隷は王家の人間のみに扱える最高位の傀儡だ。その能力は秘されていて、俺もよくは判らん。だが、戦場に出れば一騎当千どころか万にも億にもなるのだという。だが、歴史上ではこの聖隷に関する戦功の記録が全く無い。最高機密というやつなんだろうな……。

 次、魔法の発動の仕方だが、これはみな分かっているな? 魔方陣と詠唱、もしくはその併用。スピード重視なら魔法陣を描いた布でも持ち歩けば、簡単な詠唱で発動可能だ。手を武器のために空けておきたい場合は呪文を詠唱しろ――……」


 ……。

 …………。

 ………………。

「これは、また……疑問系の悪夢」

 中々懐かしい夢を見てしまった、かもしれない。階段を上がってくる足音に起こされた僕はゆっくりと身体を起こす。少し硬いベッド、スプリングを強く軋ませる自分の身体。布団をめくって上体を起こしたところでノックが響いた。

 服を着た方が良いだろうか、僕は部屋に備え付けてある書き物机、その椅子の上に乗せていた自分の服を取った。上に乗せていた銀色のシンプルな人形を落としそうになって、危うく手で受け止める。軽く身支度を整え、人形を懐に突っ込む。外套は要らないだろう、僕はそこでやっと返事をした。


「朝食をお持ち致しましたー、はいはい」

 ドアを開けたのは、昨日、受け付けをしてくれたおばさんだった。精一杯の愛想笑いは、昨日僕が出した宿代の所為だろう。ささやかだけど精一杯豪華な朝食の乗ったワゴンを僕の前に押してきて、彼女は僕にベッドに腰掛けることを促した。

 ベッドの上で食事はちょっと、と思うけれど、まあ付き合ってあげることにしよう。僕は軽く手を組み合わせて食事を出来る喜びを神に伝え、フォークを取った。

「いやあもう、本当にびっくりしましたようお客さん! あんなにポンッと大金だされちゃ、こんな宿ですけど精一杯おもてなししなきゃって気にさせられちゃってねえ……ああ、こんな時にそんな話しちゃいけないんだっけ、いやもう、でも本当に何でも言いつけてくださいようお客さん、あたしなんでもしちゃいますからね、本当に!」

「はあ……いえ、お構いなく。食堂がありましたよね? これからの食事はちゃんとそっちに行きますから。それに僕は少し訳ありなので、ご迷惑お掛けする事もあるかもしれませんし」

「いえいえ、大丈夫ですとも、はいはい!」

 食事を終えると彼女は少し世間話――と言うか、詮索をしたのだけれど、僕がのらりくらりかわすと結局諦めて出て行ってしまった。

 やっと一息吐いて、僕はベッドに倒れ込む。

 そして、夢に、思いを馳せる。

「士官学校の夢なんて、本当、どれくらい振りだろうなぁ……本当、もう十年以上も前だろうに――」


 夢を見る。

 僕は人間みたいに夢を見る。

 そして機械のように身体を軋ませる。

 違う、ベッドの音だ。

 目を、閉じる。


「休んだことに、ならないじゃないか……」

 僕は眼を閉じた。懐の中、のっぺりとした人形は何も言わない。言うべき言葉を持たないのか、それともここに留まっていないのか、僕には判断することなど出来ない――だけど、呼べば答えてくれるだろう。懐から取り出したそれをシーツの上に放り出せば自重によって埋もれる、僕は呟く。

「劫、僕の間違いは一体なんだった?」

 仄かな光を宿らせ、人形は魂で答えた。

《生まれた事実そのものだ》

 僕は溜息を吐いた。

「だろうね……」

 予測していた答え、よく分かっている自分というものの罪深さ。

 沢山のものを壊した、沢山の人を殺した、沢山の何かを自分の中に取り込まされて、何か巨大なものを自分から奪われてしまった。だけどそれは下らない、例えば俗世の栄光やそんなものではなくて、僕が、僕が奪われたものは――僕が無くしてしまったものは、僕の人間の証明は。

「考えればきっと気持ち悪くなるね、ぐるぐるするんだ。良いや、僕はもう一度休む。おやすみ、劫」

《ああ、休め。戦いに備えて》

「不穏なことを言わないでよ……」

 身体をごろりと寝返りさせる、僕は眼を閉じる。

 疲れきった身体と心は、簡単に眠りに沈んだ。

 僕はもう一度、夢の中へと沈まされた。


――――お前さえいなければ/良いんだ/お前がすべて/の元凶/幼/神は殺せと/この王/子を殺せ/誰か/らも愛/されぬ不幸/な未来し/か壊/れ/殺/され犯さ/れ人/の/機/械の/科学の忌/み死/山の屍/海の血/呪われ/どの神も/愛さぬ/この子を/この王子を/止めて/この子は/私の/私の子/私/いやあああんたなんかうまれなきゃよかったのよこのあくまあんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいで――――


――――嫌/だ国は/愛し/てるでも/そ/んな嫌/だ/機/械なん/てそんな/ものを身/体に埋め/込まれ/るなん/て嫌/だ嫌だ嫌/だ死に/たくな/い死にたくない/お母さ/んお父/さん助け/て助/け/誰/僕/嫌/もうおねがいですころしてくださいどうかころしてこのままでひととよばれるもののままにころしてくださいかみのじひがあるのならば――――


――――お前/が誰/か教え/てやろうだか/ら私/の手を/取れお/前の力とな/ろう矛/となろ/う槌となろう盾/とな/ろう望/め存/在を私の/存在を望/み名付け/ろ聖なる奴/隷として私/はお前に永/久の忠/誠を誓お/う他の誰でもな/くお前/にお前とい/う者に王族で/も機械でもな/いお/前刹那・クリ/ストフ・リ/トエルト/お前に力/を貸そ/う私の名/を呼/べすべ/てすべてを還し/てくれ/るお前の為/にすべて/をなくし/てやる/だからわたしのなをよべわたしのふういんをとけおまえをたすけてやるわたしにそのいしをくませるがいいくぐつのまほうつかいさいごのけっとうよ――――


痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛い痛い痛い痛い痛い痛い殺して痛いいいいいい


 とてもとても嫌な感覚、汗でべったりと張り付く衣服とシーツの感触に僕は意識を取り戻した。だけど目を開ける事はしない、と言うのも……どうやら僕の部屋に誰かが居るらしいという事に気付いたからだ。

 瞼の内側、ちらつくのは白い気配。何者だろう――まったく、気付かなかった。野宿も多いし、逃亡兵の汚名を着せられて狙われる生活をしていれば人の気配には敏感になる。並の刺客ならばもっと早くに知覚できるはずだ、でもこいつは――

 す、と手を伸ばされる感覚。僕の頬に当たられたのは指先だったのだろうか、それは酷く熱を持っていた。ジュ、と肉の焦げる音がする。

 指先は更に首や腕に触れる、その度にジュッと音がする。皮膚が焼ける、焦げる臭いが煙になって鼻腔を嬲った。嫌な臭いだし、もちろん苦痛もある。焼け焦がされていく皮膚は水ぶくれになってひりひりと痛む、だけど僕は動けない。いや、動いたらいけない。ここで動いてしまえば相手を刺激することになる。それは避けておきたい。

 指は僕から離れた。触れられなくなると途端にその存在感は希薄になる、僕は神経を研ぎ澄ませてその気配の動きを伺う。額につぅ、と汗が流れた。さすがにこんなレベルの相手をするのは王都を出る時以来だから緊張してしまう。心臓が早鐘を打って聴覚の邪魔をした。うるさくて止めたくなるけれど、そんな考えは戯言だろう。

 手を伸ばす気配。僕の寝相は眠りに落ちたときから変わっていない、だとしたら僕の顔の前にあるのは人形だ。あの、のっぺりとした人型をしているだけの銀色の人形。盗むつもりか? 僕は眼を閉じたままに気配を観察する。

「……あら」

 ふいに漏らされた声は高く、女声と知れた。僕は横にした身体、下になっている方の目を薄く開ける。細くて白い指先が人形に掛けられていて、薄く青白い血管が浮くほどに力を込めてそれを持ち上げようとしているのだけれど、出来ずにいるらしい。

 聖隷は認めた者意外の何人にも従わない、持ち上げることすらも許さない。僕にとっての彼は羽のように軽いけれど、密度は高いからシーツに放り出したりすればそれなりの重量になる。そして他人の手に掛かると、大山よりも重くなるのだ。

 やがて諦めたのか、気配は溜息を吐いて遠のく。ふわりと空気が揺れるのは相手が外套でも羽織っている所為なのだろうか?

 何て嫌な気配だろう、まるで本当に王都にいた頃みたいじゃないか。素人ではない、民間人ではない、つまりそいつは軍人なのだ。この国が誇る魔法兵団、化け物軍団、国軍の軍人。もう相手にすることなんてないだろうと思っていたのに、見事に油断していたところを懐に切り込まれたような感覚だ。

「思ったよりも冷静でいらっしゃるようですね。よろしくてよ、その態度」

 掛けられた声はやっぱり細くて高い女声だった。

 気付かれていたのか、まったくだから軍人って奴は。

 僕は薄く、片目を開ける。

 彼女は薄いブルーの涼しげな外套の後姿をこちらに向け、短く揃えられた黒髪を見せていた。身長はそれほど高くはないけれど、およそ平均的な女性並。振り向く気配は無い。振り向く必要もない、僕に対して背中を向けることなどどれほどの事でもないという証明、そして、自負なのだろう。いい自信だ――僕は左腕に仕込んであるダガーを取ろうとしたけれど、それが手元に無いことに気付く。そして、右足のスペアも無い。

 いい手癖だよ本当に、僕は舌打ちする。

「痛覚はシャットダウン済みのようですわね、確認させて頂きましたわ。ここでは民を巻き込みますから、捕獲劇は街を出てからと致しましょう? 刹那・クリストフ」

 彼女はスッと右腕を広げた。その手から零れ落ちたのは、僕から奪ったのだろう、見慣れた二本のダガー。そしてそのまま、音を立てずに去っていく。

 完全に気配が建物から去るまで、少しの時間があった。僕は身体を起こし、自分の頬をさする。左腕と首筋にも、軽い火傷があった。

「痛覚シャットダウン済み、って……」

 ぼやくように呟く、僕は巨大な溜息を吐いた。

「……してねぇよ」

 ひりひり痛む傷から手を離す。

 それは、ジクジクと、再生していった。

「あの感触は、生身……に近かったかな。それでこの熱さは、生体系魔法使いなのか――それとも、あちこちをいじられた後なのか」


 だとしたら。

 本当に。

 この国は、何をやっているのだろう。


「化け物軍団、魔法兵団、ね……もう嫌なのに、あんな奴らの相手なんか」

 僕は深い溜息を吐き、ベッドから降りた。板張りの床を軋ませ、音を立てながら歩く。身体を屈めて落とされた二本のナイフを拾えば、そこには四角く折り畳まれた白い紙が一緒に落ちていた。さっきは気付かなかったのに、僕は訝りながらもダガーを腕と足に収め、それを拾った。

 開けば濃いブルーのインクで流麗な文字が流れている。僕はベッドに戻り、腰掛け、眼を細めてその文字を追った。手探りに放り出していた人形を引き寄せ、懐に戻す。彼は何も言わない。こちらから話し掛けない限りは無口なのだ。ちゃんとここにいるのか不安になることも多いけれど、まあ彼ぐらいは信頼しているし。

 こんな暮らしをしているんだから、彼ぐらいは信用できなくちゃ僕は壊れてしまう。

「『街の西側、ノマトの聖堂廃墟でお待ちしております。ゆめゆめ逃げられるとはお思いになりませんよう。決闘ですので剣をご持参下さい――王国近衛隊、マタタキ・ラリナム・オリシネス』……だってさ、まったく。近衛か……」

 国軍でも上り詰めた軍人は、近衛隊として国王の警護にあたる。つまりは超エリートと言うことだ、たった一人に値千人を派遣するとは、国王も本当に切羽詰っているらしい。まあ、同時に僕も切羽詰まらされたのだから、無駄ではないけれど。

「そんなのを仕向けてくるなんて……連れ戻したいのか、殺したいのか、本当にどっちなんですかね、兄上……」

 人形は一言も喋らない。

 ただ仄かな光で自分の存在を示した。

 僕は微笑して、懐に手を当てる。

「平気だよ、もう慣れたんだから」


 痛みなど。

 悲しみなど。

 苦しみなど。

 そんなものには、とうに慣れてしまったのだから。


「ノマト? ノマトって言ったら、街の西側にある廃墟だようお客さん。先王のご時勢も軍は強かったんだけれど、今ほどじゃなくてねぇ……四十年ぐらい前の戦争でメチャメチャにされちまったんだって聞いてるよう。この街も、そこから逃げてきた人間で作ったのさ。壊して更地のするのも面倒だってんでねえ。見に行くのかい、お客さんもしかしてルーインシーカーさんだったのかい?」

「遺跡調査なんてやってそうに見えます? いえ、少し興味があって見てみたいな、と。どのくらい離れてるんですかね」

「そうだねぇ、歩いて一時間は掛からないと思うよう? でも何にもない寂しいだけのところさ、行ったってしょうがないようお客さん」

 夕飯時の食堂で僕はおばさんに廃墟の事を聞いた。やっぱり泊り客はそんなにいないらしくて、食事をとっているのは数名。窓の外は暗く、オレンジ色のライトで照らされた食堂の暖かい雰囲気の中、僕はシチューを口元に運びながら軽く頷く。おばさんは怪訝そうにしながら、ワゴンに乗せた鍋の中のおたまをくるくると回していた。

「だったら大丈夫かな……」

 僕は口の中だけで呟いて、間髪入れずにおばさんを見上げ、お皿を差し出す。

「もう一皿もらえます?」

「あ、ああ、はいはい。おいしいかい?」

「はい、とっても」

「あら嬉しいねえ、あたしが作ったんだよう。いっぱい食べてちょうだいな、お客さん」

「はい」

 僕は笑った。

 本当、こんな暖かい料理と暖かい笑顔を向けてもらえるのは久しぶりで。

「……もう一泊、したかったんだけどなぁ……」

 呟きを喉に流し込み、僕は苦笑した。

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