第12話
身体が揺れ、バスが発進したのを告げる。目を閉ざしたまま、ノンレム睡眠の降下にからだが傾いていくのがわかる。からだがゆっくりと溶けていく。遠くから聞えるのは車内アナウンスのよう・・・・みなさま、とざんとじょうのところ、たいへんおつかれさまです。このバスはぎゃくじょういきでございます。スサノオ、オオクニヌシ、タケミナカタなどのぎゃくじょうコースをしゅうゆうしてまいります。おおりのさいには、しゃしょうまでおもうしでください。このバスはこれから・・・・・・・・・・こうして・・オオクニヌシであるだいこくさまは・・いなばのしろうさぎをたすけました・・・
「ねえ、おねがいだからおじいさんをやってちょうだい?」
「うん」
「たすかったあ。ありがと」
「だけん、そのかわりうさぎの役をやらせて」
「ええっ?」
かみやせんせいとのお約束。生活発表会で、年中さんは「ももたろう」と「いなばのしろうさぎ」の劇をそれぞれ舞台で行うこととなった。桃太郎のおじいさん役を誰もやりたがらずそこだけずっと穴があいていた。新人のかみやせんせいは何日も何日も、ぼくにその役を引き受けて欲しいと頼んできた。誰もやりたがらなかったのは、そのおじいさんの地味な着物を着たくなかったのと、へんてこりんな頭巾をかぶりたくなかったのだ。しつこく頼んでくるせんせいに、ぼくはついに折れた。と同時に白うさぎをやりたいという言葉がとっさに口から出た。白うさぎは、もうひとつの方の劇の主役であることをぼくは知っていた。いつもまさひろくんが劇の主役で、ももたろうもまさひろくん、演奏舞台での大太鼓もやっぱり年少さんの時と同じく、まさひろくんがもっていってしまった。
おじいさんを引き受けてから、今度はぼくの方が何度もかみやせんせいに、しろうさぎをやりたいとせがんだような気がする。そして晴れて白うさぎの役をもらうことができた。うそみたいな出来事だった。毎朝起きるたびに、ほんとのことなんだと、こころがおどった。だいこくさまは、かしこそうなてつおくんがやることになった。白くてきれいな服を着ており、大きな白い袋をかついでいた。
ぼくは部屋の角っこでかみやせんせいと向かい合わせに立たされ、パンツもぬぐのだよ、と言われてびっくりした。ぜったいわらっちゃいかんよと言うと、わかったとうなづいた。でもパンツをおろされたとたん、かみやせんせいはぼくのを見て笑った。また見て、今度は体をのけぞらして笑った。それをぼくはながめていた。たった今、言ったばかりの約束を守ってくれなかったことが信じられなかった。
ちんちんのまま、かみやせんせいに赤色のももひきを履かされ、さらにその上から白色のももひきをぐいぐいと履かされた。
たくさんのおかあさんと、おじいさんおばあさん、あかちゃんたちが舞台で演技するぼくを見ていた。サメのお面を頭にした子たちとセリフを言い合ったあと、ぼくは「いち」、「にい」と人差し指で足元に並んでいるサメの子たちを順番に数え、舞台の端から端へとぴょんぴょんと跳ねていった。最後のサメさんのところで、おまえらをだましたんだよというセリフを言った。音楽が流れた。怒ったサメたちに舞台のまん中で取り囲まれて横倒しになる。みんながたかるようにして、着ていたぼくの白色の長じゅばんが剥がしとられた。すると真っ赤な布地で包まれた上半身が丸出しになった。
次は白色の股引だ。ぼくはわざと抵抗して脱がせないようにした。サメたちがなかなか脱がすことができないで右往左往している。それを見て大勢の客席が笑った。かみやせんせいは困っているだろうと思った。思ったとおり、舞台の袖からかみやせんせいが走ってきた。サメたちの輪に入るや、ぼくから白股引を剥ぎとって捨てる。すぐさま袖に戻っていった。
音楽がやんだ。全身を真っ赤にされたぼくは舞台に立って客席の方を見遣った。でも主役になれたことがやっぱりうれしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます