第11話

「行こう!」

「えっ?」

「だからその出雲へ行こう」

「いつ?」

「今からだよ」

「いまは、よるよ。しんかんせんも、ひこうきも、とまってるわ」

「夜行バスが、出てるじゃないか」

「なごやからどうやっていくの?のりついでいくわけ?」

「それはわからない。とにかくバスターミナルまでいくぞ」


階下に降り立った。時刻は深夜だというのに駅前のロータリーは真昼のようにまぶしく、明るかった。巨大なドームが取り付けられて以降、「不夜城」なんていう言葉が意味不明になったかのようなロータリー。信号が青から点滅しだした。彼女のあとを追いかけてスクランブル交差点を走る。薄い黒のトップスに、白いミニと赤いパンプス。誰もが目を惹くような際立った配色。店で見たときは気づかなかったけど、足のラインが信じられなくきれいだった。さすがはアメノウズメさんだけある。立ち回りのセンスも抜群。古代も現代も、センスの良さというものだけは変わらないもののらしい。


走る若い君を、ずっと後ろの方からひとりの中年男がばたばたと追いかける。君はしかし、行きついた信号の先のところで足をとめ、長い髪をなびかせてこちらを振り返ってくれた。コンクリートの縁石に両の足を爪先立てて一生懸命、俺に手を振ってくる。

「ねえ、はやくぅ」

はじけるような笑顔。その笑顔の向こう側を、見たいよぉ・・と大昔にB’zが歌ってたのを想い起こす。

高いのっぽの、ビルとビルの狭間にあった急こう配のエスカレーターが、肩の並んだ二人を察知し、同時に動き出した。


「ねえ、サルタヒコさん。とざんのとちゅうだったのに、よりみちしてだいじょうぶなの?」

「大丈夫だよ。そもそも今日が初めての登山だったはずなのに、もう何度も登ってたし、一人で登ってたはずが友達と登ってたし、そして知らないあなたと今こうしている。ひょっとしてこれって、時空のねじれというやつなのかもだな」

「こころのなかのトリップなのかもしれないわ」

「そんなにかっこいいものじゃないよ」

「・・・わかった」


気づくと、高いビルの天井につながる、とてつもなく長いエスカレーターだった。これから真っ暗な地下の、根の国とも言われてる出雲の国へ旅立つというのに、これではまるで正反対の、天空に広がるタカマガハラへと続く天井階段のようではないか。遠いむかし、日本海の波打ち際の浜辺に109mもの長い異次元階段がそそり立っていた。それはアシハラノナカツクニの帰順する条件としてオオクニヌシがアマツカミにつくらせた、超高層木造建築だった。


そう、超高層・・。その心御柱の柱根が出雲の大社境内の地中の底からたまたま見つかった時、そこの宮司さんだったか誰かは知らないが偉い人が、茶の間のテレビに向かって一人、気炎を吐いていた。「私はね、工事の人がそれを伝えてきたときに、こういっちゃ言葉が汚いけど、「ざまを見ろ!」と言ってやりたいと思った」という映像が流れてた。西暦二千年というその年のある日、偶然にもその一コマを俺は見た。長い歴史が身震いした、些末ではあるが大きな瞬間だった。


だいたいだなあ、古事記などの神話などというものはなあ、どれも面白くさせるための作り話だと相場が決まってんだよ。ねっからの架空のファンタジー物語だぞな。なのによぅ、十六丈もの高い神殿だって?とんでもない。

たしかに平安期の口遊みではその歌詞で「雲太、和二、京三」と歌われてたようだが。京都御所大極殿よりも、奈良の大仏殿よりも、出雲の社が一番高いという伝承だな。だがそもそも高度な建築技術がなかったそんな古い神代にだなあ、それだけの高層木造建築物が建てられるはずがねえだろうがあ、というのが当時の科学者たち大方の常識であったらしい。


だから俺はその年の暮れ、まだ小さかった子供たちを連れ、長いバス旅の末にその柱根を見に行ったのだった。


「逆上だ!」

テレビのそのお方は虚空を睨みつけ、こぶしを降りあげる。


俺は自身の人生のうちのたった氷山の一角を、今日一緒に登ってた友人のふたりにかつて、ぽろっと漏らしたことがあった。「はああっ?」といぶかしげな返答をして俺を嫌そうな顔で見返してきた。しばらくして大きなため息が聞こえた。「おまえ、よく生きておれるなあ、おれだったらとおのむかしに死んでおるわ」と言ったきた。あの時以来、俺は人前でも、自分の中でも、自らの歩んできたもろもろの出来事を一切、封印してしまおうと決めたのだった。


だからもう時間がないのだ。早く、早くだ。急がなくてはならない。このまま精神が病んでいってしまう前になんとかしなくては。さっき通ってきたようなロータリーのど真ん中で仁王立ちし、吠えなくてはならない。傍からみたら、見ちゃおれんなという醜態ぶりだろうと、人前で堂々と、自分の生きざまを、自信をもってさらけ出してやるのだ!


「・・・バスに乗ったら君に、因幡の白うさぎの話を聞かせてあげるから」

「そんなゆうめいなしんわは、だれだってしってるわよ。ねえ、ばかにしてるでしょ」

「違う、違う、俺が保育園の年中さんだった時にやった、生活発表会で起こった話だよ」

「せいかつ・・?なにそれ?」

「まあ聞けばわかるさ。併せてお誕生日プレゼントの、貯金箱事件も話してやるさ」

「ちょきんばこさん」

「あれも年中さんだったな、、。ああ、もっと嫌なことも思い出してしまった」

「・・・」

「このバスだ!よし、乗るぞ!」

 ステップに足をかけ、ひょいと飛び乗った。


案内窓口で急いでプリントアウトしてもらったチケットの座席番号と見くらべながら、バスの狭い通路を奥へ奥へと、かいくぐっていく。どうやら満席のようだ。登山帽をかぶったり、ニッカポッカを履いたりした男の姿がやたらと目立つ。そうか、出雲も登山途上だと思ってしまえばどうってことないんだよな。いかにも我に返ったようにして独語をつぶやいたあと、番号の座席にドカッと座った。


とてつもなく長い一日だったような気がした。眠気が一気に襲ってきた。見ると、すぐ横にはアメノウズメさんが座っていた。これまで味わったことのないような、とても幸せな感じが体の隅々をゆっくり満たしていった。

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