第5話ウルスラ&アザゼル
聖グラッシミリ学園。
創立百周年を迎える今年だが、1人悩む人間がいた。
我のマスター、ウルスラである。
「だめです……人前で弾けるはずありません」
「マスター、今から緊張することはありません。あなたはダイヤのエースなのですよ。誇らしく、胸を張り百年祭を成功させようではありませんか」
グラッシミリでは、4つの学部があり、特に芸術面で活躍する者を育成する学部をダイヤと読んでいます。
マスターはそのなかでも飛び抜けたピアノの才があり、最高の名誉であるエースの座についているのです。
「僕はなりたくてエースになってるわけではありません……ただ音が近くにあるのが落ち着くからで」
マスターにとっては鳥のさえずり、車の走る音、はたまた称賛の声までもがノイズ、雑音になるようです。
百年祭では、4つの学部の百年の集大成とも呼べる大きな学園祭になります。
そして当然、エースとなるマスターはダイヤの中でも一番注目される舞台が用意されているのです。
そこに、いつも内側から鍵をかけている扉が急に開く音が。
「コンチハー!ウルスラさんいますか!」
「ひぇえぇーっ!」
突然の大声に椅子から転げ落ちるマスター。
それと同時に、我も最大限の注意を払う。
【どちら様でしょうか?場合によっては警備員を呼びます。】
ソウル補声機、コミュニケーションが不得意なマスターのためにある特別な機器です。一般人にはまだ普及していません。
「えぇーっ!なんですか!ラスボスですか!?」
【では、警備員を呼びます。】
「ま、待ってください!新聞部のライサ、学籍番号001457です!」
001というと1年生。どうやってこの場所の鍵を手に入れたのだろうか。
「新聞部はクラブで新設された部活です!今のところ私1人!つまり部長なのです!」
……悪人ではない。良識人というわけでもなさそうですが。
「……マスター。」
「ひ、ひゃい?」
「補声機を使いマスターを演じてこの場を切り抜けます。私の声にあわせて口パクをお願いします。」
「私、今すごい張り切っててですね!それが先生方に認められたのかなー。ウルスラさんとも話すことが出来るように工面してもらったのです!」
【手短にすませましょう。私への質問は2つまでとします。】
「了解です了解です。さて2つとなると……」
ライサは胸ポケットからメモ帳を取り出す。
犬と猫の付箋がベタベタと貼り付けられており、程度が知れるというものだ。
「では、一つ目!好きな食べ物は?」
【……は?】
この娘は、何を言ってるんだ。
2つのうちの一つ目だぞ。小学生じゃないんだから。
……マスターの好きな食べ物?
そういえば何であっただろうか……。
……マスターは薬を飲むために食事をしている。朝はヨーグルトなどで、夕方は野菜を多めにとっている。しかし、好きな食べ物か……。
我が少しの間、答えるのに戸惑っていると……。
「ハンバーグです!」
【!!?!?!??!?】
「焼き加減はレアです!ソースはマヨネーズとケチャップと濃口ソースを1対1対1に混ぜていったものです!」
「ほーほー!ありがとうございますウルスラさん!」
マスターが饒舌に喋っている……!
「この学校に入学するとき、ピアノの教室の先生がですね。送ってくれたんですよ、美味しいハンバーグ。6つくらい入ってたかな?5つは全部焼き方を失敗してですね……」
ああ、そういえばありましたね。
焦がしたり、床におとしたり、ケチャップを切らしていたり……。
「6つ目はですね、アザゼルと一緒に失敗を踏まえてなんとか作り上げたんです!あれは美味しかったなー」
などなどハンバーグの話が止まらないマスター。
初対面の相手にここまで話せるというのはなぜなのだろう。
ライサを見る。相槌のタイミング、重要なワードの復唱、時々くびをかしげて、話しやすくする工夫が見てとれる。
この娘は只者ではないのかもしれない。
「へぇ。今度、私も一緒に食べたいなぁ。では、最後になっちゃいますけど、2つ目の質問です。」
マスターも身を乗り出すように質問を今か今かと待ち受ける。
「アザゼルさんのこと大好きですか?また、よければアザゼルさんからウルスラさんへの想いも聞いておきたいです。」
【お主……補声機のことをわかっていたのか】
最初の阿呆のような身の振りはマスターの心を開くための演技。
きりっとした瞳に見つめられると、心の奥底に眠る言葉にできなかった気持ちもすらすらと……。
「はい!僕の大事な大事なパートナーです!」
【うむ。一生涯を共にするご主人様であります。】
ライサは、屈託のない笑顔を浮かべる。
それにまたマスターも笑顔で応える。マスターがこれほどまでの満面の笑みはいつ以来だろうか。
「はい!その言葉を聞けて嬉しいです!では、以上……となりますかね。」
【む?ライサ殿、百年祭のことは聞かないのか?】
くびをかしげて可笑しそうにライサは言う。
「あれ?私、そんなこと最初から聞くつもりありませんでしたよ。」
「では、お二方。失礼しますね。成功、祈ってます。」
ライサは風のように去っていった。
後に確認したところ、クラブには新聞部は設立されてもいないし、ライサという学生も存在しなかった。
幻、夢だったのか?
しかし、一つだけ変わったことがある。
「それでは最後の演目となります。ウルスラ・マッケンジー。【月影を結ぶ】です。お聴きください」
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