姫集う学園編

第1話 それは古典的な…

「あの、学園長…」


 俺は、恐る恐る目の前に座っている学園長に問いかけた。


「なんだ?」


 学園長は背中を向けたまま、不機嫌そうに答えた。


「確かに、予定の時間を大幅に遅れた原因の一端に、俺の落ち度があったという事は認めます。ですが、それでもなお現状を理解できないので、わかりやすくご説明いただけないでしょうか…?」


「…お前がいつまでたっても来ないから心配してたのに、何事もなかったように明美君とニコニコしながら入ってきたのがムカついた」


「…で、手足縛って座らされて、石乗っけてその上に座っていると?」


 学園長はそうだと言って足をぶらぶらと揺らす。簡単に説明すると、俺は学園長から拷問されているのだ。しかもかなり古典的なやり方で。ニコニコしながらと言っても、久しぶりに再会したのだから「最近どう?」といった他愛のない話をしていただけなのだが…。


「…そろそろ、退いてくれないですか?俺も予定がありますし…」


「だが断る」


 きっぱり答えると今度は俺の膝を蹴り始めた。結構痛い。


「学園長、そろそろ許してあげてくださいよ」


 すると、明美が俺の手首の縄を解きながら学園長をたしなめる。というか、今までいたならもう少し早く助けてほしかった。


「やだ」


「もう、またそんな子供みたいに…」


 学園長はヤダヤダヤダと言いながら俺の膝にラッシュを食らわせる。だが、足の縄も解かれた俺は無理矢理立ち上がった。学園長は突然のことに受け身をとれずに顔から倒れ込む。


「明美、勝手に解くな!そして陵輔、いきなり立つな!」


 鼻の頭を真っ赤にして涙ぐみながら抗議するその姿は、まさに子供の様で俺は思わず噴き出した。それを見た学園長はさらに顔を赤くする。子ども扱いするなと叫びながら俺の腹を殴ろうとするが、後ろから抱きしめられるように明美に止められる。


「それよりも、早くお仕事してくださいよ」


 そう言われると、学園長は渋々拳を収める。俺はちらりと壁に掛かっていた時計を見た。俺が学園に到着してからもう45分。30分もあの寸劇を続けていたようだ。


「…コホン、えー、白井陵輔クン。ようこそ我らが学園へ。私は学園長の海老原沙織だ。歓迎しよう」


 無理矢理スイッチを入れようにも入りきらなかった学園長の口調に違和感を感じながら、俺は敬礼で返す。


「白井陵輔特務。中嶋大佐の命により馳せ参じました。」


「敬礼はいいよ、楽にしてくれ。…でも、一応キミよりは上官だから」


 覚えとけよ?と言わんばかりにニッコリと笑う学園長。やはりまだ切り替わっていないようだ。


「そういえば、明美クンとは知り合いなんだってね。補佐につけるから、何かわからないことがあったら彼女に聞くといいよ」


 明美は「よろしくお願いします」と笑顔で一礼した。


「さっそく校内を案内させてもらうといい。仕事は明日からでいいよ」


「そのことなんですが…俺は何をすればいいんですか?」


 実を言うと、俺は上司から「姫島に行け」という命令しか受けておらず、何をするかは現地で直接伝えられるといわれていた。


「む、聞いていないのか?」


 そう言いながら、学園長は分厚い紙束を取り出してペラペラとめくる。


「えぇっと、君にやってもらうのは、戦闘訓練で使用される用の武装の点検作業、壊れた水道管の修理、トイレ清掃と…」


 なんでそんな雑用ばっかり。これはいいように使われたか…


「あと、一か月間、戦闘訓練の教官代理だな」


 …は?


「……は?」


 思わず心の声を含めて二回言ってしまった。


「…え、本当にどういうことです?」


「本当に聞いてないのか?ある程度説明しておいてくれって言っておいたのになぁ…」


 学園長は俺に書類を見せてくる。そこには確かに、“武装の点検と水道管工事、そして戦闘訓練教官代理の任を命じる”と記載されていた。


「…これ、今から上に掛け合うのって……」


「無理だと思うぞ」


「デスヨネー…」


 そうか、そういう事だったのか…。俺が本土を発つ時、なぜかついてきた佐竹がニヤニヤしながら「楽しんで来い」とか言っていたのは、これを知っていたからなのか…。


「明日、生徒たちに挨拶と説明するから、よろしく頼むよ」


 そう言って学園長はウインクした。俺は、大きくため息を吐いて敬礼することしかできなかった。

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