Dragons Capriccio
クサナギP
序章
2月某日、日本近海
「前方300m先に、生命反応多数。内ひとつの魔力反応に該当パターンあり。“タイラント”です!」
緊迫した空気の中、けたたましい警報が鳴り響く。作戦開始の合図だ。連合艦隊の指揮官である日下部はゆっくりと立ち上がり、静かな目線でモニターに映る異形達を見据える。
「これより、掃討作戦を開始する。全艦、主砲発射準備。航空部隊も順次発艦はじめ」
「後方部隊より通達。陽電子砲のエネルギー充填完了とのことです!」
「よし、航空部隊が指定位置につき次第、一斉射撃を行う。その後、航空部隊の爆撃で一気に仕留める!」
日下部の宣言は、無線を通じて海域全体に響き渡る。部下達はそれに威勢よく答えた。
「航空部隊、爆撃準備完了。以前目標に変化無しとのことです」
「…全艦、砲撃開始ィッ!」
轟音と共に異形に向かって砲弾の雨が降り注ぐ。
「続けて陽電子砲、放てェ!」
後ろから押し寄せた砲弾よりも激しい光が海を震わせ、異形達を呑み込んでいく。一瞬遅れて押し寄せた爆音と暴風が、再び海を震わせた。
「全弾、目標に命中しました!」
「やったか…」
日下部が安堵の声を上げた束の間に、異形が突然鳴き声を上げた。鳴き声と言うよりも悲鳴に近いそれは、不気味に海域を支配する。
「何だ、これは…」
すると今度は、緊急事態を告げる警報が鳴り響く。
「も、目標にて高エネルギー体の収束を確認!これは…!」
次の言葉を発するよりも先に、事態は起こった。陽電子砲が海を翔るよりも速く、明るいその輝きは衝撃波と共に視界を埋め尽くした。その輝きは、何隻もの艦を巻き込み、その周りの船を波で揺らしながら突き進む。そして――
「……高エネルギー体、500メートル後方の沿岸部に直撃。地上部隊と10隻の艦が消滅しました……」
その報告を聞いた日下部は絶句し、崩れ落ちるように腰を落とした。その間も辺りは騒然とし続けている。その中でただ一人、明らかにわざとらしく隅っこに転がっていたのは白衣を着たガリガリの男だった。
「いたた…あぁ、端末壊れてないかなぁ…」
この大惨事でタブレット端末の安否を気にしている白衣男に、日下部は恨みがましい視線を向ける。
「…佐竹特務、いい加減出てってくれませんかね」
「そんなぁ、厄介モノみたいな扱いしないでくださいよぉ」
佐竹と呼ばれた男がヘラヘラと笑うと、その場に今までとは違う緊張感が走る。
「それより、これヤバいんじゃないんですか?この規模の部隊を出しといて、成果が羽虫数匹潰しただけって」
明らかに挑発する言い方に、日下部は舌打ちした。すると、なぜか佐竹は満面の笑みを浮かべる。
「何が言いたいんです?」
「いやね?このままだと貴方の顔も立たないから、こちらの新兵器をデータ収集もかねて使わせてくれないかな~って…どうです?」
「…彼なら、この戦局を変えられると?」
渋々と言った日下部を見て、佐竹は再び笑みを浮かべる。
「はい。だって彼は――悪魔ですから」
再び舌打ちした日下部は部下たちに一時撤退の指示を出した。
「見せてもらいますよ、“
日下部は佐竹に問いかけるも、すでに佐竹の姿はなかった。ブリッジを出た直後だったようだ。
「準備はどうだい?」
佐竹はインカム越しにタブレットの画面に映る少年と会話する。長い前髪で両目が覆われた少年は、クチャクチャとガムを噛んでいた。
「…いつでも」
「りょうか~い。戦果を期待してるよ」
それだけ言い残すと、佐竹は一方的に通信を切った。その少年は、今まさに戦闘が行われていた上空で仁王立ちしていた。
「チッ…あの野郎、全部聞こえてんだよ」
少年はインカムを外し、ガムと一緒に海へ放った。そのインカムは、全ての無線を拾える仕組みになっていて、異形の反撃に慌てているのも、先ほどの自分の陰口も包み隠さず聞こえていた。それも佐竹は知っての発言だったのかと思うとさらにむかっ腹が立った。
「…まぁ、全部殴って忘れるか」
そういうと少年は指をポキポキと慣らし、そのまま急降下した。
「さぁ、バケモノ。死ぬまで潰しあおうやぁ!」
彼が叫ぶと、それに応えるかのように異形の咆哮が重なった。その姿は、人類にとっての悪に立ち向かう“
―◇―◇―◇―
あれから3ヶ月後。俺は10時間以上のフライトで疲れ切っていた。
太平洋のほぼ真ん中に浮かぶ巨大人工島“姫島”は、20年前から始まった海上移民計画の際、日本が総力を挙げて造ったものだ。二つの大きな島が繋がっているこの島は、東側には居住区域のほか、大型のショッピングモールやレジャー施設などが立ち並び、多くの観光客でにぎわっている。
先ほどの飛行機に乗っていたと思われる子供連れの家族は、とても楽しそうに笑っていた。だが、俺はそれにつられて笑うことはない。捻くれた性格だからというワケではなく、自分の目的地は笑顔がこぼれる様な楽しい場所ではないからだ。そう。俺、白井陵輔はここと正反対にある西側の軍事施設に用があるのだ。
「…そろそろ、迎えが来る時間か」
腕時計を確認した俺は、重い腰を上げてショルダーバッグ片手に出口へ向かう。だが、30分待っても迎えは来なかった。代わりに来たのは一通のメールだった。その内容は『交通事故があったうえ、車がエンストした。地図を送るから自分で来てくれ』という文面と、明らかに手書きの地図だった。俺は無言でタクシーを呼び止め、「ここに限界まで」と運転手に携帯の地図と5千円しか入っていない財布を渡した。
―◇―◇―◇―
「やっと…着いた…」
空港を出てから約1時間半。俺はさらに疲れてヘトヘトになりながら目的地にたどり着いた。結局タクシーも道半ばで降ろされ、5km近くを歩く羽目になった。そのうえ急いで書いた(と思われる)地図は恐ろしく適当で、約束の時間をかなり過ぎてしまった。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
へたれこむ俺の前に現れたのは、黒いスーツの女性だった。
「お久しぶりです、隊長殿」
笑顔で敬礼する彼女は峰塚明美。昔、俺が参加していた作戦で補佐をしてくれていた。
「どうも…」
俺は息切れしながら顔をあげると、巨大な建物が目に入る。姫島の総合管理と各国から集められた特殊な力を持つ少女、龍姫達の教育及び戦闘訓練を目的に建てられた軍事施設、通称“姫竜学園”。今回の俺の目的地だ。
「さぁ、そろそろ行きましょう。学園長がお待ちです」
お荷物お持ちしますと言って俺のバッグを担いだ明美に、俺は黙って着いていった。
「隊長殿、そんな息切れしてるなんて、歩いて来たんですか?」
「まさか、タクシーで来ましたよ」
途中までは、と付け加えると、明美はクスリと笑った。
「もしかして、お金がないからって途中で降ろされたんじゃないですか?学園の名前出せばタダで乗れたのに」
…完全に盲点だった。と俺は立ち止まり、項垂れた。俺の一時間近くと全財産は無駄になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます