第2話 私は猫を拾ったの。
ここは深い深い森の中。
人間が近寄ってこないほど、深い森の中。
そこに生まれたばかりの仔猫が捨てられていた。
小さな小さな箱の中。
生まれたばかりで弱弱しくみゃあみゃあと鳴く子猫。
箱の中で暗闇の中、仔猫は母親を待ちただ鳴き続けた。
箱が開けられ、夜闇の中一筋の光が差し込む。
今宵は満月、その月あかりが箱の中に影を落とす。
「あたしに見つかったのが運の尽きね、憐れな憐れな仔猫ちゃん♡」
その影の主は赤いルージュで縁取られた形のいい唇を三日月型に歪めて笑う。
この女はこの森に住まう魔女であった。
この森の近くの街ができるよりもはるか昔から、ずっとその場に住み続ける彼女。
そんな彼女は………大の猫好きだった。
古来より魔女は動物を使い魔として使役するという。
なかでも猫は使い魔として好まれる。
そしてこの仔猫は、体中を漆黒の毛でおおわれた黒猫であった。
かくしてこの仔猫は魔女の家に連れてこられたのだ。
ぼぅっと音を立てて、古い暖炉に火が灯る。
子猫は人肌より少し暖かい温度に調節されたタオルにくるまれ、暖炉から少し距離を離した場所に寝かされている。
魔女はその仔猫から目を離さないよう細心の注意を払いながらキッチンに立ち、大鍋をぐるぐるとかき混ぜている。
鍋の中は白い液体で満たされており、ほのかに甘い香りがする。
人肌に温められたところでようやく魔女は満足したようだ。
大鍋の下の火を止めると、針のついていない注射器のような入れ物をその液体で満たす。
その入れ物を仔猫の口元に近づけると、匂いに反応してか鼻がぴくぴくと動く。
「さぁ、た~んとお飲み。」
入れ物の先端を仔猫の口に運ぶと、慎重な手つきでピストンを押し込む。
少しずつ出てくるその液体を仔猫は必死に嚥下する。
よほどお腹がすいていたのかもしれない。
弱弱しいが仔猫の前足が宙を掻く。
あっという間にその入れ物に入っていた液体は仔猫に飲み干されてしまった。
「思ったよりも元気ね、よかったわ。」
魔女は魔法を行使し、藁で小さな籠を編む。
小さいとはいえ、今の仔猫のサイズにしてはずいぶんと大きいものだが。
編みあがった藁籠に毛布を敷き詰めると、仔猫をその中に寝かせた。
「
しっかりと藁籠が燃えないように防護魔法をかけると、魔女は仕事に取り掛かる。
この魔女、きちんと仕事もしているのだ。
街での仕事は薬師。
魔女の煎じる薬はよく効くと評判も高い。
そのせいあってか、近頃は仕事が忙しいのだ。
そのため最近特に自分の事由になる使い魔が欲しくて仕方なかった。
あれだけ小さい使い魔(候補)を拾えたことは、魔女にとっては渡りに船だ。
今からしっかりと教育を施せば簡単な使いくらいできるようになるだろう。
(さすがに人間の子を下僕にするわけにはいかないしね。)
魔女仲間のうちにはもちろん人間を下僕にしているものもいないわけでもない。
だが、彼女は人間とも交友関係を築いているのだ。
もし人間の子を誘拐して使い魔にするなどすれば、今までの関係は破綻、迫害されうる可能性もある。
(大昔だったらとっくに処刑されてるけどね。)
そう、前時代の悪習。
魔女狩り。
何の罪もない女性を多く処刑してきた、あの忌まわしい慣習である。
特に猫は魔女の手先とされ、猫を飼っているだけで処刑されることもあったのだ。
今の彼女の状況は
・女性である
・猫を飼っている
・魔術を使う
魔女の条件、トリプル役満でみごとあの世域コースが確定する。
(まぁ、正直あのくらいじゃ死なないけど。)
薬草を粉にする作業を行いながら、彼女は昔を思い出す。
針でついて血が出なければ魔女、というのもあったっけ。
あたしが見たのだと、ばね仕掛けになっていて刺すと針がへこみどうやっても刺さらないようになってたのよね。
まぁもちろん魔術で血が出たように見せかけましたけども。
あとは覚えているのだと聖なる炎、だったかしら。
聖なる炎は神様に守られていない魔女のみを焼き、神様の加護がある人間は焼かれないのよね。
あぁ、水もあったわ。
水の中に沈められて、浮かんで来たら魔女、沈んだままなら人間ていう非道極まりないただの処刑。
そんなもの沈んだままなら普通の人間なら死ぬでしょうに。
頭の中では余計なことを考えながらも、魔女は的確に薬草を煎じていく。
思考の合間合間に、どこどこの誰誰さんはこんな薬が欲しいといっていた。
あっちのおばあちゃんはこの間腰を痛めていた。
そっちのお母さんはこどもが薬を苦いといって飲まない、などと。
魔女の仕事はまだまだ終わりそうになかった。
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