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おじいの漁に付き合ったり、百合子の買い物に付き合ったりして、透はすっかり家族の一員のように親しくなった。あるとき、予約の電話が入った。
「みんな満室です」と、百合子が断っているのを聞いて、
「いっぱい空いてるやんか」と言うと、
「その方がいいでしょう」と笑った。
夜、食事を終えると、おじいが三線(さんしん)を取り出してきて、「島唄の『えらぶ百合の歌』を唄うから、百合子踊るように用意せい」と促した。暫くして百合子が琉球衣装を着て隣の部屋の襖を開けた。
永良部百合はーな アメリカー咲かち ヤリークヌ
ウリが黄金花 島にヨー咲かそ
アングァヨーサトゥナイチャシュンガーシュンガ
いかに横浜の波あらさあても ヤリークヌ
百合や捨てぃるなヨー 島ぬヨー宝
アングァヨーサトゥナイチャシュンガーシュンガ
百合球ぬ美らさ 心抱きしめて ヤリークヌ
永良部女童の身持ちヨー 美らさ
アングァヨーサトゥナイチャシュンガーシュンガ
おじいの嗄れ声ではあるが味のある歌声が流れ、百合子は舞った。島衣装の百合子は綺麗と透は思った。歌い終わるとおじいは歌の成り立ちと意味を語った。
「昭和の始めの頃、沖永良部島ではアメリカ輸出用の百合が生産過剰となり、価格調整のため百合の球根を大量に海中投棄したのです。価格安定のためとはいえ、手塩にかけた百合を処分した百合農家の気持ちを、百合への鎮魂を込めて昭和の初め頃に歌われだしたのです。節は徳之島の地謡『枕節』から来てると聞いとります」
「もう一つ歌いますか」と、琉球民謡の『上り口説(ヌブイクドゥチ)』をおじいは唄い、百合子が舞った。唄は、薩摩上りを命じられた首里士族の心情と旅の風景を口説きで表現したもので、あの映画『青幻記』の舞で唄われたものであった。百合子の舞は見事で、映画の中のシーンと重なって、透は幻想の世界に引き込まれていった。
綺麗な海と花、海の幸、お酒を中にした歓談、自然なもてなし、透は身も心もすっかり、リフレッシュしたのであった。帰る日が迫ってきて、去りがたくも感じるし、長い休暇を終えて早く仕事に帰りたくもなっていた。営業、いいではないか。何事も経験。一生会社に縛られると限ったわけではないし。島での伸び伸びした1カ月は透になにか自信を与えたのである。
帰る2日前、もう一度国皆岬を見たいと百合子を誘った。
この日の百合子はあまり喋らなかった。夕焼けを見て帰ろうとなって、陽が海に沈んでいくのを一緒に見ていると、百合子が肩を寄せてきた。透は抱き寄せ唇を重ねた。百合子の閉じた目から一筋の涙が頬を伝った。
「帰るのですね。また来ますか」と言い、透は頷いた。百合子は小指をさし出した。
その晩、電気を消して寝ようとすると、障子の向こうに影が立った。百合子が枕を抱えて立っていたのである。いよいよ明日という日も、百合子は部屋に来た。二人は身体で別れを惜しんだ。百合子は耐えていた声を上げた。
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