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帰りの車の中で百合子は、
「透さん面食いでしょう」と言った。
「どうして?」
「美しい母を求める人はそうだって」
「あれは映画の話だよ」
「だって、その映画を見てこの島に来たんでしょう」
美しい母、透は母の妹、叔母を思い浮かべた。透にとって母は、気丈夫で働きもので、透を守ってくれる人であったが、美しいとかそんな範疇で看たことはなかった。叔母を初めて見たとき、子供心に同じ姉妹なのにどうしてこうも違うのかと不思議に思い、こんな人が母だったらと一瞬想像したことがあった。さすがに、子供心にも母に申し訳ないと思い、その想像はすぐに打ち消したのだが…。
その人は、美也さんと母は呼んだが、天橋立の旅館の若女将であった。母に連れられて行ったことがあるのだが、小さい女の子と遊んだのはかすかに憶えていても、叔母の記憶は透にはなかった。それほど透が幼い日のことであった。
その叔母が学校から帰ると家に訪ねて来ていたのである。漁師町では見かけないような美しい和服姿であった。「透、挨拶は、美也叔母さんですよ」と母は言った。言葉が出なくって透はペコリと頭を下げただけだった。
「学校出来てるんですってね」と叔母は言って、袂からポチ袋を透に手渡した。透は小学校5年になっていた。父は漁に出て家にはいなかった。境の実家に帰ることになったからと挨拶に寄ったのだという。泊まっていくように母は言ったが、子供が待っているからと叔母は云い、母はバス停に見送った。
「可哀想にね。小さい子供がいるのにね…実家に帰るといっても、お父さんはもう居ないし、弟の代になって、なにかと気遣いがいるだろうに、どうするのだろうね」
「なにさ、あれだけの器量の人だ。また、だれか是非にと云う人が現れるさ」と襖越しに話す母と父の会話を、夢うつつの中で透は聴いたのである。その夜夢を見た。実家に帰る列車に乗っている叔母であった。隣の席には幼い女の子の姿があった。
あとで知るのだが、両家の間で、その女の子には養子をとって橋立の旅館を継がすということで話がつき、実際は子供を残しての帰郷であった。
母の実家は境港で旅館をやっていた。遠洋に出る漁師たちの常宿として賑やかであったという。父と母はそこで知り合ったのだった。叔母の縁談は、祖父と橋立の当主とは同業ということで旧知の間柄であった。是非にということで決まったのである。土産物店もやっていて、橋立でも老舗でいい話だと祖父母は喜んだという。ただ婿さんは養子で、しっかりものの義母には頭が上がらなかったようで、おっとりとした美也さんを、その義母が気に入らず、離縁されることになったのだと、後に稔は母から聞かされたのである。
そのときの叔母の寂しげな姿を、あの映画の美しい母に重ねたのだろうかと、透は百合子の言葉で思った。
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