民宿は小さな湾に面してあった。こざっぱりとした建物で、『民宿・とかしき』と手作り満点の看板が架かっていた。タクシーの音を聞きつけて、健康そうな若い娘が出てきた。

若い男性に限らず、〈旅に出ると、若い娘が迎えに出てくる、綺麗な娘である、何故か胸がときめく〉となるのだが、透の胸はときめかなかった。


「お世話になります」

「遠いとこ、お疲れになられたでしょう」と、カバンを持って部屋に案内してくれた。2階から海が手に届くほどに見えた。

「綺麗な景色ですね」

「ええのは景色ばっかりです。おじいは海に出ています。もうすぐ帰りますから…今、冷たいものを持ってきますね」と言って、娘は下に降りていった。

 透は畳の上に大の字になって、手足を思い切り伸ばした。


 夜の食卓には伊勢海老をはじめ、海の幸が並んだ。「おじい」こと主人と、さっきの娘と透の3人だけで、他に客はないようであった。

「さすがに2月は、観光客もなく静かです。一緒に食べましょう」と、おじいは島名産の黒糖酒のお湯割りを出してくれた。

「サトウキビからとれた黒糖を米麹で発酵させ蒸留し作る焼酎です。戦後、奄美群島はアメリカ軍政下におかれ、本土と切り離され、流通が制限されていました。不足する米の代わりに売りたくても売り先の無かった黒糖が焼酎造りに多く使用されるようになりました。昭和28年、奄美群島が日本に復帰するにあたり、酒税法の特例通達で米こうじを使用することを条件に、奄美群島だけに黒糖を使った焼酎製造が認められ、島名産となりました」と、黒糖酒の由来を説明した。


 黒いのかとイメージしていたが、透明色で、本土で飲む焼酎と変わりなかった。ただ黒糖の甘い香りがほのかにした。

 娘は百合子と名乗った。「えらぶゆりの百合ですね」と透が言うと、

「そんないいもではありません。えらぶゆりは本当に綺麗ですよ」とおじい。

「おじい、そんじゃ、私はきれいでないみたい。えらぶゆりは、2月は咲かないので私で我慢してください」と透の方を見た。笑うとエクボが可愛かった。

「はい、我慢します」と透が答えると、百合子は「もう~!」と言って、箸を投げる真似をして座は笑いに包まれた。


 百合子が軽トラで島を案内すると言って、透を助手席に乗せた。南に海岸を走る。2月でも窓からの風が心地よい。

車を運転しながら、「おじい」と呼ぶけどまだ50代であること、息子が一人いるが鹿児島で勤めていること、おじいは伊勢海老を取らせたら島でも3本の指に入る腕利きの漁師であること、自分は娘ではなく戸村という姓で、隣の与論島出身で学校を出てすぐおじいの所に来たこと、来て2年になること、花のつくり方を教えて貰っていることなどを一気に喋った。聞いていて、百合子はここがすごく気に入っているのだと思えた

「透さんはどんなお仕事をされてるのですか?1ヶ月も長く休めていいですね」と、訊いてきたので、電気製品の会社に勤めていて、担当部署が移動になるので思い切って長期の休みを取ったことを述べた。


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