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「夏子さんですか、昨日来られなかったのでどうされたのかと思って、メールを入れたのですが、返事がなかったので、お電話しました」と、こちらの声を聞くこともなしに、電話の主はそう語った。男の声であった。
教室の先生か、生徒さんかと透は思い、妻が急死したことを告げた。電話の主はしばらく無言であった。驚いたのであろう。無理もないと思った。暫くして「ご主人様ですか、ご愁傷様です」と静かな沈んだ声で言って、電話は切れた。
透は「陶芸の関係の方ですか」と確認したかったのである。もしそうなら、通知を入れなかった手落ちを詫びようと思ったのだった。夏子が唯一持っていた外との世界に気づかなかった自分の迂闊さを恥じた。夏子に申し訳ないと思ったのである。
妻の電話履歴を見てみた。ほとんどは透、梨花であった。たまに工場の社員からのものもあった。透の知らない名前、諸岡龍太郎という名前があった。その回数の多さから、かなりの親交を思わせた。透はその諸岡と云う名前に翌日電話を入れた。
「陶芸の方ではないかと思ってお電話させて頂きました。もうしそうなら、ご通知も入れなかった失礼をお詫びしようと思いまして」と云うと、長く同じ教室であったと告げ、「お線香を上げにお伺いしてもよろしいでしょうか」と返事が返って来た。
その翌日、諸岡氏は自宅の玄関に立った。
「電話しました諸岡龍太郎です。このたびはご愁傷様です」。年齢は透より少し上、50歳ぐらいだろうか、きちっとスーツを着こなし、長身で髭が似合っていた。
線香を上げ、数珠を取り出し長く合掌をする姿、心なしか背中が泣いているように思われた。透は夏子との関係を思った。
「これは教室一同からです」と香典を差し出し、「師が来なければいけないのですが、東京で個展をやっているものですから、私が代表としてお参りさせて頂きました」と、氏は頭を下げた。
「ご丁寧にありがとうございます。こちらの方こそご連絡もいたしませんで」と非礼を詫びた。
「いえいえ、急なことで大変だったでしょう。では…」と立ち上がり、早々に帰ろうとしたとき、梨花がお茶を持って入って来た。
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