夏子の妻ぶりは仕事と同様、健気で文句がなかった。梨花が4歳になったとき、梨花のことを考えて、事務員をもう一人入れて、夏子の負担を軽減させた。料理は田舎料理であったが、手作りで美味しかった。

何より、梨花を自分の子のように大事に気遣ってくれた。透が手荒く叱った時などは、逆に夏子に「幼い子に」と叱られる始末であった。

 

男親には女の子には気がつかないことが多い。女親が必要なのだと悟らされた。梨花は実の母親と思っていたが、他から知れるよりはと思って、小学校に上がる前に継母であることを透は知らせた。

梨花の態度はなんら変わることはなかった。小学校、中学校と学校のことにも夏子は気を配ってくれ、母娘の仲はよく、時には女同志の団結で、透はときどきやり込められるほどであった。


 透は夏子との間に男の子が欲しいと思った。梨花も弟か妹を欲しがったが、10年、子供は出来なかった。こんな会話を交わしたことがあった。

「俺、見てもらおうかな。子種を」

「梨花がいるじゃない」

「いや、女の子種じゃなく、男の子種があるかないか」

「馬鹿ね」

「10年も励んでもないんだぜ。じゃ、お前が見てもらうか」

「私は心配ないの」

「どうして、わかるの」

「心配ないって、言ったらないの。子供は神様からの授かりもの。ひょっとしたら10周年記念でもらえるかもよ」

「じゃ、結婚記念日は子作り記念日とするか」

 しかし、その10周年は来なかったのである。


 明後日から梨花は学校で、透は仕事である。悲しんではおれない。小さな町工場の仕事は待ってくれない。そう思っていたとき、携帯の鳴る音がした。机の上に置いた自分の携帯を手にした。鳴っていない。

「梨花お前の携帯か」と尋ねると、ポケットから取り出して首を振った。

「お父さん、タンスの中からするみたい」と、梨花が隣の部屋を指さした。耳を澄ました。妻のタンスの中でかすかな音がしていた。妻が着ていたドレスが架かっている、服だけがあって着る人がいない、なんだか不思議な感覚を覚えた。これも日常の中で欠けている感覚の一つと思いながら、音のある服を探した。夏子が部屋着としていつも着ているワンピースからその音はしていた。

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