第4.5話☆

「しばらく家を空けるよ」


ケイの言葉に、サクは一瞬戸惑った。


「……わかったわ」


そう答えることしかできなかった。

言いたいことはたくさんあったけど、全て飲み込んで。


ケイが出て行った後、サクはひとり片付けをして、すぐに寝た。

次の日も、その次の日も、サクはひとりで起き、ひとりで過ごし、ひとりで食事をした。

ひとりで居ると、ほとんど喋る事もない。

聞こえるのは、森の音だけ。

それにこの家は、ひとりで居るには少々大きい。

どうしても、寂しさを感じてしまう。


食卓の椅子にひとりで座ってお茶をしていると、不意に目の前の椅子に座る人がいた。


普段はケイの席であるそこに座ったのは、少し目つきの悪い男。

でも、その男はとても優しい。

今だって、寂しそうにしていたサクに気づいて姿を現したのだろう。


「なぁ、人間」


「何かな、使い魔さん」


「俺はお前の使い魔じゃねぇ」


「私も、人間なんて名前じゃないわ」


「お前なんか、人間で十分だ」


いつも通りの応酬。

この使い魔の主人は、ケイだ。ケイは、この使い魔をユエと呼ぶ。

ただ、サクがそう呼んでもいいか、と聞いたら、名前は大事なものだから、お前はダメだと断られた。また、サクの名前も、この使い魔は呼んでくれない。

妙なこだわりがあるらしく、打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうである。

結果、この応酬が挨拶がわりになっているのだ。


「なんで、何も言わずに行かしたんだ?」


「何を言う必要があるの?」


「だって、お前、主に行って欲しくなかったんだろう? なんでだ?」


それは、そうだ。

だけど。


「言っても何も変わらないから」


そう言って、サクは立ち上がる。


「私には、あの人の苦しみはわからない。でも、私が言った我儘で、あの人が苦しんでいたのはわかった。だから、もう言わないわ」


出ていけと言われない限りは、そばにいたい。

ただ、それだけがサクの願いだ。


それを聞いた使い魔は、理解できないというように首を傾げた。

そして、暫く考えたあと、難しい顔をして言った。


「お前も、主も、頑固だな」


その声を聞きながら、サクはお茶を片付け始めた。

その時、ふと玄関の方で物音がした。


ケイが帰ってきたのだろう。

居間と玄関の間には、仕切りがあるので直接は見えない。出迎えようと思って、サクは玄関へと向かった。

しかし、玄関が見えたところで、サクの足が止まる。


「誰……?」


そこにいたのは、見知らぬ男たち。

その手に見えたのは、銀色のナイフ。


その瞬間、なだれ込んできた男たちが、サクに襲いかかった。


「おい! 何だお前らっ!」


異変に気付いた使い魔が駆け寄ってくる。

サクは突然のことに悲鳴もあげられない。

間一髪、使い魔に腕を引かれて、襲いかかってきた男のナイフを避けた。


「逃げるぞっ!」


そのまま、使い魔に腕を引かれて居間に戻ってきたサクの後ろを、男たちは部屋を荒らしながら追ってくる。


何なのか、全くわからない。


でも。


振り返ったサクは、花を差した花瓶が落ちて割れるのを見た。


ここは、ケイの家だ。

荒らされて良いわけがない。


「やめて!」


使い魔の手をすり抜けたサクは、叫んで男の腕に飛びついた。


「馬鹿、やめろっ!」


使い魔が叫ぶが、サクには聞こえない。

男は腕につかまったサクを振り払う。反動で、サクは食卓の椅子にぶつかり倒れ込んだ。

大きな音を立てて、椅子が倒れる。

倒れたままのサクに、男が覆いかぶさるように襲いかかる。その手の中には、銀色のナイフ。


駆け寄ろうとした使い魔に別の男がそれを阻む。その間に男が振りかぶったナイフの刃が、サクの腹に刺さった。

それを目の端に捉え、舌打ちした使い魔は、男たちを蹴散らす。

サクを刺した男も一緒に張り倒す。


腹を押さえたサクの様子を見て、使い魔は逃げることを諦めた。

サクを守るように立つと、襲いかかってくる男たちを、次から次になぎ倒す。

何気に、この使い魔は普通の人間の男よりも断然強い。

数人でかかってきた男たちを全て倒して見せれば、他の男たちも攻撃を戸惑った。


「お前らが何なのかは知らないが、とっとと消えろ」


殺気を込めて睨みつければ、押し入ってきた十数人の男たちは倒れた仲間を引きずって、去っていった。

男たちが完全に去ったのを確認して、使い魔は倒れたサクに駆け寄った。


刺された腹からは血が溢れている。

かなり深く刺さったらしい。

白い手を真っ赤に染めて、傷口を押さえたサクは、笑みを浮かべて言った。


「やっちゃった……」


「馬鹿が! 何で戻ってあんな……」


思わず声を荒げた使い魔に、サクは笑って答える。


「だって、留守番だから」


「え?」


「ケイが留守の間は、守らなきゃ」


その言葉に、使い魔はすぐに返せなかった。

サクのそばに膝をつき、怪我の程度を確認して、唸るように言った。


「……それで、お前が怪我してどうする」


「はは、怒られる、……ね」


そのまま、疲れたように息をついて、サクが目を閉じる。

慌てて、使い魔は叫んだ。


「おいっ! 寝るなっ」


うっすらとサクが反応したのを確認して、使い魔は立ち上がった。


「主を呼んでくる! それまで死ぬな」


「……無茶、言うなぁ」


薄く笑うサクの言葉には、力がない。


「サク!」


焦った使い魔は、思わず呼んでしまった。

その声を聞いて、目を開けたサクは本当に嬉しそうに笑った。


「……名前、うれしい、な」


「俺の名前も呼ばせてやるから、それまで死ぬなよ!」


言い捨てて、使い魔は蝙蝠の姿に変わると、月のない夜空に飛び出していった。

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