第3話

吸血鬼は人の生き血を吸う生き物。

それは、変えられない事実。

ただ、その頻度はかなり個人差があるらしい。

僕の場合は、数年一度ほど。


その時期は、喉が渇いて仕方がない。

少し前までは、近くの村で贄が捧げられるので、それをいただいていた。それがない時は、近くの村で適当な者を捕まえている。

サクが来て、初めての時は、サクが幼かったので寝かしつけて、出かけた。

2度目は、適当な理由をつけて、サクに黙ってしばらく家を空けた。


サクには、僕が吸血鬼だということは日頃から伝えていた。

しかし、吸血に関しては、関わらせたくなかった。だから、その時期は、一緒に居たくなかったのだ。


そして3度目。

僕は、窮地に陥った。


「ねぇ、なんでダメなの?」


「ダメなものは、ダメなんだ」


睨むように、なのに、どこか懇願するように、赤い瞳が僕を見上げている。

どうして、こんなことになってしまったのか。

特に複雑な事情があるわけではない。

ただ、この時期を僕は忘れていたのだ。

この時期は、目が赤くなる。

それに、僕自身が気付く前に、サクに気づかれた。失敗した、と思っても、もう遅い。

つまり、自業自得と言えるだろう。


「私の血は飲みたくないの?」


サクの赤い瞳が潤んでいる。

何とか、泣くのを堪えているのがわかる。


「そういう訳じゃない、けど」


「じゃあ、何で?」


先程から、この繰り返しなのだ。

もう、泣く寸前の様子に、僕は困り果てていた。


「どうしても、ダメなんだよ」


「ケイが血を吸っても、吸血鬼にならないんでしょ? なら、私でもいいじゃない」


吸血鬼が血を吸うと、その人間は吸血鬼になってしまう、というのはおとぎ話の話。

そう、サクに伝えたのは結構前だ。


実際、吸血鬼の吸血は、ただの食事。

なので、相手を吸血鬼にすることは、基本的にない。

ただし、絶対出来ない訳でもない。


そう、ひとつだけ、相手を吸血鬼にする方法がある。


「……吸血鬼にしてしまう可能性もあるんだよ」


「え?」


「サクには言っていなかったけど、相手が吸血鬼になってしまうこともある。ただ、すごく稀なだけだ」


怖がると思っていたから、言っていなかった。案の定、それを聞いたサクの瞳が大きく揺れた。


ああ、嫌われちゃうかな。

怖がられちゃうかな。

もう、話してくれなかったら、どうしよう。


不安がよぎる。

困惑したように、サクは俯く。


「どうしたら、相手が吸血鬼になるの?」


俯いたままのサクに問われて、僕は迷った。


「それは……、わからない」


僕は、嘘をついた。


「なら、私はならないかもしれないわ」


サクが言う。


「それに、私は、ケイと一緒なら、別にいい」


心臓が、跳ねた。


その言葉は、今の僕には毒だ。


本当は、今も喉が渇いて仕方がない。

必死で散りそうになる理性をかき集めて、なんとか耐えているのだ。

一刻も早く、ここを出なければならない。

そうしないと、僕は、この子に牙を向けてしまう。


そうしたら、僕は、サクを吸血鬼にしてしまう。


それは。

それだけは、ダメだ。


「……ダメだ」


びくり、とサクの肩が震える。

思いの外、強い口調になってしまった僕の声に、驚いて顔を上げた。

怯えたようなサクの瞳に、僕の頭に後悔がよぎる。


「そんなこと、絶対に言うな」


「ごめん、なさい」


その赤い瞳に、みるみるうちに涙が溜まる。

つうっとその白い頬を涙が伝うのを見て、僕は顔を背けた。


もう、限界だった。


だから、泣き出したサクに何も声を掛けられず、無言で家を飛び出した。


僕は、弱い。

だから、彼女を傷つける。


今も、昔も。

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