第8話 大牢

 暖かい日差しに照らされてマツバは身をよじった。何かをするつもりだったような...。思い出せず呆けていると日に光る金糸の着物を優雅にまとったキノエが格子の向こう側に現れた。

「おお、丁度起きられたか、マツバ殿。」

 艶美な笑顔は日差しよりも鋭く起き抜けの頭に突き刺さった。昨夜、確か密かにこの村を出ようと思っていた。しかし、どう頑張っても思い出せるのは夕食をいただいたところまで。これは、またもや。奥歯を噛み締めるマツバにキノエは一切隙のない笑顔を向ける。

「突然で申し訳ないことではあるんだがの、どうか今日はここでゆるりと過ごしてくれんかの? 今日は祭りがあるのじゃが、それはこの村以外の人間は参加させれんことになっとるんでの。その代わりといってはなんだが夕刻にになればここを出てクライマックスを共に祝わせてやろう。」

 精一杯の警戒心を持っていても心揺さぶられる珠玉の笑みに気付けば頷いてしまっていた。反省がさっぱりと生かされない。キノエはそんなマツバの心中を知ってか知らずか少しだけまなじりを下げて悲哀に満ちた微笑ほほえみを浮かべた。

「...すまなんだな。」

 キノエの口は動いていなかった。それでも、はっきり分かったその声は間違いなく目の前の麗人のもので。

「では、また、今晩にな。」

 今度はしっかりと口を動かして言ったキノエは豪奢ごうしゃな着物をひるがえし外へと向かって行く。光に包まれたその背には長く開く透き通ったはねがきらめいていた。


 格子の向こうにある窓から直接光が入らなくなってしばらく経つ。マツバはろくな案もまとまらぬまま格子の内にいた。外は何やら賑やかなようだがマツバのいるところからは何も見えない。手足は縛られていないがその冷たい格子は頑丈で一応、渾身こんしんの力で錠のかかった開け口を押したり引いたりしてみたがただ金属音が響くだけで歪むこともなかった。ただひとつ幸いな点をあげるなら朝キノエが訪れて以降この牢を訪れるものは今の時間までいなかった。まあ脱出の手口が見当たらない状況では返って絶望であるかも知れないが。このままではこのまま時間だけが過ぎて夜になってしまいそうだ。一人きりの牢屋の中で過ぎる時間の恐怖に叙々に叙々に落ち込んでゆく。暗い暗い上も下も分からない空間。もがこうがわめこうが全てはその空間に飲み込まれて消えてゆく。ついに息が切れ、終わりが訪れると思ったとき暗闇をまばゆい光が切り裂いた。ああ、そうだった。すっかり忘れていた。あの時、助けてくれたのも。

「アヤさん。」

 キノエと肩を並べられる程美しく彩られたアヤが牢の格子の前へと現れた。雪のように真っ白な幾重にも重なる着物を締める華やかな鶴亀の柄の入りの金糸をふんだんに使った太い帯の内側にマツバへの贈り物を隠して。

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