雨に誘われて
音水薫
第1話
雨の日、外では小人が降っていた。
目を凝らすと落ちてくる水滴すべてが人の形をしており、地面に激突するたびに透明な体液をまき散らしながら絶命していた。そこらじゅうに小人の死体が堆積しており、歩きにくそうだった。長靴でも履かない限り足の汚れは回避できないだろう。
そして、どうやら私が普段聞いていたポツポツという雨音は小人たちの断末魔だったようで、気が付いてしまうとその音がやけに耳について居心地が悪い。
とはいえ、私はこれから大学に行かねばならない。ビニール傘を差してバス停に向かう。透明な傘は天井がよく見える。弾力のあるビニールに当たった小人はかろうじて命をつないでいたが、高くから落ちたせいか全身を骨折したように体をあらぬ方向に曲げて唸っていた。これならば、地面に落ちて死んだほうがましだっただろう。
傘に半死の小人が積もって空が見えなくなってきた。私は傘をくるんとひと回転させ、その死体を撒き散らす。すると曇った空がよく見えるようになった。なかにはまだ軽傷の小人がいたらしく、傘の骨にしがみついて吹き飛ばされまいとしていた。彼は泣いていた。私はさっきより勢いよく傘を回し、そいつを吹き飛ばす。
いよいよ雨がひどくなってきた。
私は避難を兼ねてマクドナルドに入店する。入口にはビニール袋が設置されていた。雨水で床を濡らさないようにしてください、とのことだった。
たしかに、死体がそこらじゅうに転がっているような殺伐とした店で食事をする気にはならないだろう。傘を袋に入れると、底のほうに死体が溜まった。生きている奴もいたが、やがて窒息するだろう。待っている間に脱走されても困るので、地面に打ちつけて動きを止めた。
心が痛んだ。せめて自然に死ぬまで放っておくべきだったかもしれない。店内は私と店員以外おらず、いつも以上にしんとしていた。私はコーヒーだけを注文して、商品を受け取って二階の飲食スペースに移動する。
先客はひとりだけだった。しかし、その人はなぜだかすすり泣いていた。放っておけばいいものを、居心地の悪さから私はその人の隣、外がよく見える窓際のカウンター席に腰掛けた。
たくさんの小人が死んでいく、とその女性は泣きながら言った。それが、可哀想で泣いているのよ、と。
窓から外の風景を眺めていると、窓に当たった小人が目から液体を流しながらへばりついていた。息絶えているようだったが、窓から離れない。せっかくだからとよく見てみると、大きさ以外は人間と変わらない。スマホの画面に映った死体の写真を眺めているような気分になり、目をそらした。
死体はやがて重力に負けたようにずり落ちて見えなくなった。これで顎が砕けて舌がだらしなく飛び出した表情を見ずに済むと思ったら自然とため息がこぼれた。安心した。
しかし、すぐにまた新しい死体が窓にへばりついていた。
彼らは何者なのだろう。
天界から飛び降り自殺してきた善良な市民なのだろうか。それとも、天界における死刑囚のようなもので、死体の処理が楽だからという理由で飛び降り処刑が行われているのだろうか。
どうしてこんなにもひどいことが、と女性が言った。見ているだけで辛い、と。
この光景を見て悲しまない人はいませんよ、と私は女性を慰めた。嘘だった。私には、この小人たちは生き物であっても、死を悼むべきものには見えなかった。たしかに人型ではあったが、人と呼ぶにはあまりにも小さく、初めて見るせいか遠いものに感じる。
雨が止んだ。女性は顔を上げ、立ち上がる。どうしたんですか、と私は訪ねた。彼氏が待ってるの、と女性は微笑んだ。絵画のように設置されていた小さな鏡の前で前髪を整え、軽い足取りで階段を下りていく女性はいままでで一番美しく見えた。
窓の外を見下ろしていると、女性が外を駆けていく。水たまりをばしゃばしゃと踏んで、水を撒き散らす。
雨に誘われて 音水薫 @k-otomiju
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