第8話
「おりヤァよォ。普通ってのが大キレェだ。普通。一般。通常。平均。平常。均一。均等。平等。みてェな、薄っぺらい言葉が嫌いだァ。」
カジョータは鞭を手で遊びながら、タカ型イドラムを撫でつつ語る。
「てめェら、普通であることを嫌だと言いながら上しか見てねェ。自分こそが一番の底辺みてェな顔して、こう語る。『普通なんて嫌だ』となァ?」
急に声が低くなり、怒気すら孕む声へと変化する。
「ハァ????てめェらは、普通にすらなれない本物の俺らみてェなカスの気持ちを考えたことあンのか?」
手で遊んでいた鞭を、地面に叩きつけ火花を散らす。イライラが止まらないのか、近くの木や建物に、鞭を払い続ける。
「底辺の苦しさを知らない。本物の地獄を知らない。絶えず続く不幸を知らない。知ろうともしないくせに、語りはする。いや、騙りはする。」
先ほどまでとは、打って変わって流暢な言葉は、心の中にずっと溜め、反芻し続けた文句の塊なのだろう。積もりつもり、噴火する時を何度も思い描き、むしゃくしゃを闇の泥に変え、蓄え蓄え蓄え蓄え蓄え。
熟成された、恨み辛み嫉妬愛憎狂気苦言文句殺意鬱衝動痛み傷憂鬱憐憫慟哭悪意善意喜び悲しみ怒りネガティヴ……等々。
カジョータの中で最も正直で、ある意味で最も純粋で、構成された不純物。
「自分が、恵まれてルことによォ。気がつかズに、俺らを切り捨テる。鬼か、てめェらはよォ。」
そう言って、カジョータは顔を伏せた。
花凛は、言葉が出ずただただ立ち尽くす。人間とは、全くもって相容れない、理解の出来ないものの塊に出会った時、ただただ恐怖し、忌避する。花凛にとってカジョータの言葉は、意味不明すぎて、理不尽すぎる言葉の暴力に襲われているのだった。
「だからよォ…、おれ、は、よォ……う、ううう…」
情緒不安定なのか、突然声を上げて啜り泣きをし始めた。
「ね、ねぇ?大丈夫……?あなた。」
心配になり、声をかけた花凛であったが。
涙を拭くように腕を動かす。タカ型イドラムは、主人の行動に合わせるため、腕から降りて隣で浮遊している。
「そんな、”普通”な奴らが……う、ううう、敵わない”上”の奴らをォ。う、うう、うううううう。ふふふふふ、底辺の俺がよォ!いたぶってる時の”普通”な奴らの絶望顔は、本気で興奮するねェ!」
長い舌を爬虫類のごとく出したりいれたりして、口から唾液が跳ね口の周りも唾液まみれとなる。
「てめェを奴隷にシて痛ぶることによって、普通な奴らが絶望する顔がみてェ。どうだァ?最高だろ?なァ!なンとかいえよォ」
滴る唾液が、地面を黒く染める。花凛は、彼を侮蔑の視線で射止める。
「…………ふん。心配して損したわ。元々、優希君を虐めてるってだけでも殴る予定だったのだけど。」
と、花凛なりのちょっとした冗談であったのだが。
「……………優、き、くん、だって?」
どうやら、カジョータの触れてはいけないところに触れてしまったようであった。
「なンでよォ……ッ。ンなクソ野郎の名前がでンだ?なンでだ???あァ!?」
突然地団駄を踏み始めたカジョータに、花凛は目を丸くし、眉をひそめた。
「また、てめェか!クソが!なんで、あんな”普通”代表みてェな奴が、名前でよばれて、俺が『貴方』呼ばわりなんだァ?????????」
眉間にシワが寄り、髪の毛が逆立つ。鬼気迫るものがカジョータの表情には見える。
「そんなの決まってるじゃない。私と貴方は、他人。私と優希君とは……………。」
ポッ、という効果音が聞こえそうなほど、わかりやすく赤面する。
「はァ???????色ボケにもほどほどにシろ。」
「い、色ボケじゃないわよ!!!そんな関係じゃないもの!た、ただの……。」
「ただの?」
(考えろ考えろ!私。全力で。ここまで生きてきた中で一番思考を回せ!)
「い、命の恩人同士なだけ!!!」
「もっと重いわ!!ボケ!」
「え」
「あァ、もういい。ただただてめェもムカついてきた。
「これからの為……?」
「ハッ!教えるかよ。その辺の三下と一緒にすンなよ。底辺中の底辺。今からてめェを殺すちょうド三流だ。いけよ!アンコ!」
アンコと呼ばれたタカ型イドラムは、腕から飛び立つと、空に上がる。
「ありがとね。長い会話してくれて。これで、私の右肩も、再生の炎で………って、治りきってない!?」
「バァカめェ!てめェの炎は、アンコが既にに一回食っている。その時点で、お前の炎の力は弱まった。」
「なんですって!?」
「避けてみろよォ!
青い電気を纏った鞭が花凛を襲う。
花凛は、まだ痛む右肩を左腕で抱えながら、
「これなら、治るまでギリギリ避け続けられる。」
「パワーじゃ勝てねェが。そりゃァ、どうかなァ?アンコ!」
「キィ!!」
ハッと顔を上げた時点で既に遅かった。
「うう……ッ!」
再びアンコの突撃により左横腹の肉を持っていかれる。
花凛は、痛みに膝を地面につけてしまう。
「迅雷鞭だァ!」
その隙を見逃すほど優しくない。
「きゃあっ!」
打ち付けた鞭を辛うじて、腕で防ぐも、腕からは肉が焦げた臭いがする。
「迅雷鞭!迅雷鞭!クハハハハハハハハ!!!!」
何度も何度も迅雷鞭で打たれた腕は爛れ再生の炎が働き辛うじて形を保っている。
「うううう、ァあああああああ!!!」
無理やり鞭から離れるために、刀を振るうも、逆に相手が距離を取る。
「アンコ。マジック・炎天下!」
腕は傷だらけでまともに刀も振る得ることができない。
「くっ……ッ!」
「きぃ!」
直後、アンコの身体が赤く燃え上がる。そして、身をドリルのように回転させる。炎のついた羽根が、アンコから飛び出して、何かに引っ張られるように200枚、300枚、500枚………数えキレないそれが、まっすぐ花凛を狙って、飛んでくる。
「マジック・ウォール オブ ファイア!」
花凛は両手を上に掲げ、残りの魔力を有りっ丈注ぎ込んだ魔法のみを弾くシールドを張った。糸を引かれたような燃えた羽根は、魔法によるものだ。つまりそれをカットしてしまえば、羽根はただの燃えた羽毛と変わる。
真っ赤な色の半球状のバリアが花凛を覆って展開される。
即死級の大火力を、少しの火傷する程度へと変える。まさに、この危機的状況を乗り切る唯一の策といっていい。
しかし、これには大きな弱点があった。
「てめェ、それじゃあよォ。狙ってくださいって言ってるもンじゃねェか。両手を使うンじゃァ、刀は使えず、魔法のみを弾く魔法を発動させる。つまり、物理的なものは通るってわけだァ……。」
ねっとりとした勝利を確信した顔をするカジョータは、嬉しいそうに鞭を強く握りしめる。
「く………ッ!」
花凛の策は、ほんの10秒ほど自身の命を伸ばしたに過ぎなかった。だが、あれしかなかったのだ。あれでしか、彼女は即死を避けられず、このあと襲う攻撃を知った上での行動だった。
赤い羽根が、空から舞い落ちてきた。先頭の羽が、真紅色のバリアに触れた。
花凛の意識はその瞬間から加速した。
時間の認識しにくい白黒空間で、さらなる時間の変化が花凛を襲った。それ故に悟る。
(あぁ…………。わたし、死ぬんだ。)
二つの意味で破顔の笑顔をしたカジョータが一歩一歩ゆっくりとゆっくりとこちらに向かってくる。
(彼が一歩踏み出すたびに私は、一歩死に近づく。そうかぁ……死ぬのかぁ………)
一番最初にやってきたのは謎の納得であった。花凛は現実を受け止めた。いや、
(そんなわけに……、いくか……ッ!)
受け止められない。受け入れられるはずがない。まだ自分にはやるべきことがある。父の仇を取り、権力争いをする馬鹿を懲らしめ、そして、最後に………
だが、怒りはすぐに鳴りを潜めた。
なぜなら。
(死ねない………。死ねない……。死にたくない………。死にたくない…。あれっ?私は、いつの間に……?)
無意識のうたに垂れた涙は、頬をゆっくりと撫でる。加速された意識の中で、涙はいつまでもいつまでも頬にある。消えない証が、胸を更に焦がして行く。
(ごめん。ごめんなさい。父さん…。仇取れなかった。ごめん。ごめなさい!母さん。母さんとの約束破って
今まで溜めていたものが、全て込み上げてくる。感謝や後悔。そして、最後に浮かんだ顔は。
(ごめんなさい。優希君。貴方に選ばせてあげる、だなんて言ったけど、その期間すら守れず、私は死ぬ。そしたら、貴方は特別な使い魔だから、一緒に死んでしまう。私は、君に命を救われたのに。私が奪ってしまうなんてごめんなさい。本当に………。)
脳内に、優希の色んな表情が現れる。
向日葵のような満開の笑顔。
自分を虐めている相手を助けると言った儚げな笑顔。
突然、私に誘われた時の素っ頓狂な顔。
私の過去を知り同じ様に感じてくれた。悲しげな顔。
そして、何より。
最期の力を振り絞り、自分の命を捨ててまで私を助けて、どこまでも満ち足りた顔。
人は、こんなに優しくなれるんだと、気がつかせてくれた。私の命の恩人。そして、私の………
「生きてるだけでも《大罪人》赤菱花凛。”
カジョータによって鞭振り上げられ、雷が天から降り注ぐ。即死の雷が一気に鞭を疾り駆ける。雷を落とすところまでは、魔法だ。しかし、その雷を纏った鞭を振るうことは、カジョータの物理的なものでしかない。
「消し炭にする。」
降り注ぐ燃えた羽根が、バリアに触れ勢いと燃え上がることをやめ、バリア内をゆっくりと漂い舞い散る。まるで、その光景は桜のようであった。
「こんなことなら、伝えておくべきだった………。」
最大の後悔かもしれない。復讐以上に花凛は優希への気持ちを伝えられないことを悔やんだ。これが運命なのか?抗えぬ、必然の悲劇なのか。
「死ね。」
無慈悲な一撃が、放たれる。乾坤一擲の必殺が花凛の眼前に迫る。バリアをすり抜け彼女の身を裂こうと迫る。
「………た、すけて…!」
雷霆の必殺の一撃が、放たれる。
失明しかけるほどの光が視界を支配した直後、とんでもない威力の爆発が起きた。地面は割れ、熱量により一瞬で近くは蒸発し、爆発の衝撃で周辺の建物の窓にヒビが入り、マンションの前の森も衝撃によってその形を曲げる。
全てが終わったとき、その場は黒煙に包まれていた。
「ふ、ふふふ。あは。あははははははははははははははははははははははははは!!!!」
電気がまだ残っているのか、それとも爆発の熱量によって起きたプラズマかわからないが、あたりはバチバチと電撃の痕が残っていた。
「これでよォ………。てめェは、終わりなんだぜェ…。くたばった顔を見てやらァ。まァ、あの技をほぼ直撃であびてるからなァ。燃え滓一つ残ってねェだろが。」
期待しながら、黒煙が消えるのを待つ。
だが。
「ンなァ!?」
黒煙が風に吹かれてその影が現れる…
「当たった感触はあった。燃え散る音も聞こえた。一体なにが……………。」
黒煙から現れたのは、二つの影。
「……そォかよ。あァ!そォかよ!!!てめェは。」
「助けてという声が聞こえる。救うなんて大層なことは出来ない。だけど。俺は……!悲しき運命に叛逆する仮面ヒーロー!フェイトレーター!」
『ブレイズブラッドフォーム』
まだ残る黒煙を振り払って一歩前に出る。
「覚えておけ。」
現れたのは、前回とは似て異なる存在。
花凛の髪のように真っ赤な全身。前回と同様に金の装飾が所々に施され、黒の関節は更に深い色合いになる。
「うぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェうぜェ!!!!迅雷鞭!!」
「っと。危ないじゃないか。」
後ろに一歩下り、花凛の前に立つ。
「なんで、雛澤君………。」
先程の衝撃を少しばかり受けただけの重傷な花凛がいた。直撃を避けられたのは、蒸気による蜃気楼を起こす魔法で少し位置をずらしていた。しかし、それでも死は紛れも無いものだったのだが、爆発の直前で優希が、飛び込んできてその身を呈して守ってくれたのだった。
敵には見えない背中を花凛は見ながらいった。装甲は裂かれ、割れ目からさらに肉体に鉤爪で引っ掻かれたように傷つき血だらけの肉を露出している。
「なんでって、そりゃ………。『助けて』って言ったじゃないか。」
花凛の胸は、一気に晴天へと変わった。先程までの全てのもやもやが吹っ飛び現れたのは、感謝と純粋な闘志であった。
「ふ、ふん……。あなたに、助けてもらわなくても私1人で倒せるんだから。」
「はいはい。わかってるわかってる。」
「ちょっとー!言い方に悪意があるじゃない!撤回しなさい!」
「え。えー……。」
「なんで、そこは頑ななの?!……というか、あなたねぇ。」
「迅雷鞭。」
優希は、花凛を抱えてジャンプした。着地すると、カジョータに視線を合わせる。
「てめェ。この戦いに参加するってンだなァ?意味わかってンのか?」
まだ静かな怒気が、彼からふつふつと湧き上がる。
「てめェは、今の生活をすててよォ。全ての
お前のような奴には無理だ。辞めてしまえと、見下した言い方をするカジョータ。言い方は悪いが、花凛の提案の中身とほぼ一緒だ。花凛は、優希の答えを待った。
「…………わかったんだ。」
ゆっくりと優希は、答える。
「ンァ?」
的外れな言葉の疑問と怒りを隠せない。
「普通で平凡の俺に何が出来るんだろうって。力を得たとして、俺は所詮俺でしかない。」
そうだ。力を手に入れても救うなんてことは出来ず、精々手伝い、肩を組み一緒に立ち上がるだけ。
「……………」
優希の言葉に、2人は口を出さない。
「俺は、今まで平和で、何もない幸せな日常を過ごしてきたんだ。そんな力もなく特に役に立たない俺を花凛は救ってくれた。」
「くっ……普通……役に立たない……?」
あぁ、そうさ。
「しかも、その花凛は俺ら一般人に知られずに世界を守っているときた。こんな大変なことをやっているのに、幸せそうじゃないのはおかしい!!」
「
「まだわからないのか!?その当たり前が間違ってるんだよ。普通が花凛やお前が普通だと思ってることがおかしい。特別なことなんだ。」
「成ったばかりの赤子がよォ、ほざくンじゃねェぞ。」
だんだんとカジョータの怒りが増していき、声を荒げる。
「権力争いだとか、復讐とか正直全然わからない!だけど!だけど、せめて。花凛にだけでも”普通”を知ってほしい。普通な俺だからこそ出来ること。それを決意してここにきた。」
「自分勝手すぎンだろ!?てめェ!」
『ブレイズブラッドフォーム!
「この赤いボディは、焔と血の約束と決意の現れ。」
あと、花凛。キミの髪の毛の色だ。
「血よりも赤く、炎より熱く。この心は輝きを失わず!さぁ、ヒーロータイムだ!」
決めポーズを見栄を張って決める。
相手の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。同時に、優希は花凛を抱えて移動し始めた。
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