第6話

優希は、花凛に手を引かれ、路地裏を走っていた。道幅は狭く、ギリギリ1人分ほどの小道を、2人は逃げ惑う。途中で、倒れたゴミ箱や、捨てられた自転車を、障害物として設置していった。


「はぁ…はぁ…雛澤くん!うしろ、追ってきてる?」


「いや、はぁ…見える限りではいない。気配もないよ。」


優希は、追う者が誰かを詮索はしなかった。逃げる時に、聞いて花凛が口を濁したことから、言いたくないことなんだろうと考えていたからだ。


(…だとしても、こんなに全力で逃げるような相手なのか? たしかにフードを被っていて、明らかに怪しい人物ではあったが。)


と、思索に耽っており、足元に注意散漫になっていた。ツルッとバナナを踏んだ優希は、体勢を崩した。が、すぐに持ち前の運動神経で、補う。手をつかず、もう片方の足を無理やり、前に出し転ばないようにする。


「気をつけなさい。今のあなたなら、前より視力もよくなってる。見えないはずないわ。」


「う、うん。」


そう返事して、適当に入ったり、出たりしている裏路地の3軒目の店の角を曲がろうとした瞬間。


『なぜ、逃げるんだい?愛しのマイ ドーター。』


と、頭上から渋い声をかけられた。ボイスチェンジャーを通したような低くて不安定な声が彼らの頭に降り注ぐ。


驚きとともに、そちらに視線を向ける。するとそこには、真っ黒なカラスが1羽、電線の上に佇んでいた。


「くっ…。流石ゴミ漁りのプロね。自慢の嗅覚で嗅ぎつけたの?」


明らかに嫌な顔をする花凛。それから、さっきの追っ手の仲間(?)ということを察する。


『おやおや。そんな口調に躾けたつもりはないなァ…。わかってるだろお?』


「くっ…。」


相手がニヤニヤとした表情をしていることがわかるような、嫌らしい声に、花凛は怒りを隠せていない。


御主人様マスター。お父様。………これでいい!?」


唾を吐き捨てるような言い方をする花凛に並々ならぬものを感じた。


『ふふふふふふふ!アハハハハハ!いいぞ。無様過ぎてついつい昂ぶってしまうね。』


カラスは、身体を左右に揺らし声の主の大笑いの様子を事細かに伝えてくる。


『いやはや、可愛いなぁ…マイ ドーター。その鋭くて真っ赤な炎のような目は、やっぱり君は花斬かざんの娘だねぇ…』


声の主は、どこか嬉しそうに語る。だが、花凛はその態度に怒気を抱いている。握りしめた拳や、眉間に寄せられたしわがハッキリと表していた。


「私の前で、お父様を殺しておいて。あなたのことを、『お父様』だなんて、呼ばせるなんて、ほんと悪趣味。クズね。」


今にも一触即発な様子に、優希は、言葉を発することができない。


『なんとでも、言いたまえ。どう足掻いても、君はボクの所有物なんだ。逃げも隠れも、全くの無意味。無駄なんだよ?ふふふふふふ!!!』


真っ黒なカラスは、最後に喉を掻き毟るような音を立てる。そして、ある瞬間、ピタッと固まる。直後、嘴(くちばし)から泡を吹いたと思ったら、全身の羽が全て抜け落ちた。その後、肉がスライムのようにドロドロに溶けて落ちる。最後に残った骨だけが、電線にぶら下がったままだった。


あまりに、残忍な光景に、つい優希は目を逸らしてしまう。しかし、花凛は、一切その光景から目を逸らさない。むしろ、目に焼きつけるように食い入るようにしてみていた。


(父親を目の前で殺された…だって?それに、御主人様マスターだなんて……。なんだ、なんなんだこの子。)


優希は、炎髪が綺麗な彼女の横顔を見つめながらそんなことを思っていた。


全てが終わった時。花凛は、何も言わず歩き出した。


「ま、まって。」


優希が声をかけると、花凛はこちらを一瞥したが、そのまま歩き出してしまった。優希は、仕方ないので、花凛についていくことにした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


クリーム色の少し古びたマンションの一室に連れられて来た優希は、物の少ないリビングに正座していた。


(女子の部屋に……俺は、初めて入っている。といっても………)


白いシックなテーブル。上から布の掛かった使われていないテレビ。本棚には、数冊の参考書と分厚い英語ではない言語の本が並ぶだけ。ベットも皺一つない真っ白な物。殺風景すぎて、人の住んでる感覚がしない。


唯一、女の子らしさを感じるといったら、机の前の黒い椅子の上に置いてある、少し汚れて色の落ちたウサギの人形だけであった。


「すまないわね。びっくりさせたでしょう。」


「いや…。そんな、別に。」


「誤魔化さなくていいわ。本気でこっちが悪かったと思ってるもの。」


花凛が入れた紅茶の赤色の水面に自分の顔が映り、情けない表情をしていることに気がつく。隠すように、紅茶を飲むも、


「あちっ!あちっ!あちちち!!」


「あぁ、もう!今入れたばっかりなんだから、熱いに決まってるでしょ!」


猫舌も災いして、優希はさらに失態を重ねた。幸い、入れてもらった紅茶を溢すことはなく。最低限の尊厳は保たれた。


(真っ白な絨毯を染めるわけにはいかない)


と、どこか冷静に考えて行動していた。


「……器用なんだか、不器用なんだかわからないわね。」



少しの間、何も言わない時間が続く。


優希も聞きたいことがかなりあったが、こちら側から話しかけようとしてもなんて声をかけていいのかわからず、紅茶を冷ましてちまちまと飲むことに徹していた。


そして、時計の針が、5分たったことを示すと、やっと花凛は口を開いた。


「嫌な所、見せてしまって、ごめなさいね。」


「いや、そんな…。」


「いいのよ。どちらにせよ、私から話そうと思ってた所を、アイツがやったにすぎないんだから。」


花凛は、どこか悲しげに笑い誤魔化す。そんな彼女の儚さが優希の背中を押した。


「俺に、手伝えることないかな!なんでもするよ。さっきみたいな戦いとか、サポートだとか。あ、あと、料理や洗濯とかも!」


優希は、身を乗り出し顔を近づける。最初は、花凛はその積極性に驚き身を逸らしたが、少し頬を赤く染めて、そっぽを向く。



「……………ほ、本当に!?なんでも…いいのね?」


「あぁ!任せてくれ。」


「そ、そう。なら…。」


花凛は、ゆっくりと左腕を上げて、優希の制服の胸元にと手が伸びる。そして、優しく掴む。


「?」


優希のキョトンとした顔を見てさらに花凛は頬を染めた。


ぐっと、腕に力を入れて、優希の体が引かれると、優希と花凛の距離は一気に近づいた。


鼻と鼻が触れ合う距離まで近づいた2人。生温かい吐息が、首筋に当たる。花凛の華奢な指から温もりが、通じ合う。それぞれの思いが、少しずつ近く中で構成されていった。


(あぁ、こんなにも惹きこまれる真っ直ぐな瞳を俺は見たことがない。花凛は、口は少し悪いが、そこには必ず優しさが隠れている。)


(あぁ、こんなにも迷いのない純粋な意思のある顔を私は見たことがない。優希は、力の有無なんて関係なく、人を助けようとする強さがある。)


(もし、俺が、花凛のように優しくあれたら。)


(もし、私が、優希のように強くあれたら。)


お互い唇が、触れる寸前であった。


玄関の扉が、2人の横の壁に途轍もないスピードで突き刺さった。


「「え?」」


一瞬で雰囲気が打ち壊される。2人の視線は、突き刺さる扉へ向いたあと、飛んできた玄関の方へ向く。


「………バカ弟子どもぉ。人の約束を忘れて帰った挙句、いちゃいちゃして、独身の私への嫌がらせか?いい度胸だな。」


そこには、光を浴びながら立つ怒り心頭の仁王様が…


「え、あ………。紫村先生…。」


2人は、完全に忘れていた。


「たんこぶの数は何個がいい?お前らの年齢分か?私の年齢分がいいか?」


((紫村先生って、何歳なんだ……??))


2人は、そんな興味がふと湧いたが、そこまでの勇気はなかったので、その後、素直に謝った。そしたら、説教のみで終わった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜.


「そうか。じゃあ、事情はある程度知ってるんだな。」


紫村先生は、冷蔵庫から取り出した缶ビールを取り出し、飲みながら話す。


「はい。あ、その確認なんですけど。」


「何?」


「俺たち保持者サバイバーは、人々の恐怖や不安から生まれる怪物 イドラム とグローリーを使って戦う。というわけですよね?」


「あぁ、そうだな。……このビール不味いな。」


(このひと、聞いてる…?大丈夫だよな…)


「その、そこで花凛の父親の話が絡む理由がわからないんですが。」


与えられた情報を頭の中で整理しながらも、見えてこない関連性に、優希は、疑問を抱いた。


「なんだ。それは話してなかったのか?むしろ、使い魔になら目的を最初に伝えるべきだろ。」


「あ、そうだったわね。忘れてたわ。」


花凛は、手をポンっと当て、唇の端を持ち上げ、目を細くする。美しい顔つきの彼女がさらに美しさを増す。しかし、その美しさはどこか作り物のようで。


(な、なんだ?この恐怖は。この笑顔はどこかおかしい…!)


立つ鳥肌を悟られぬように、手で抑えながら花凛と立ち向かう。





「私のお父様 花斬かざんを殺したのは保持者サバイバーを取りまとめる、アンセスター協会の長。容姿も名前もわかっていない。 ”残虐王”と呼ばれた男を殺すこと。それが私の復讐。それが私の叛逆。」




「貴方には、その手伝いをしてもらうわ。よろしくね?叛逆のヒーローさん♪」


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