第5話

「俺は、悲しき運命に叛逆する仮面ヒーロー!”フェイトレーター"!覚えておけ。」


輝く真っ白の装甲は、光沢を帯び、金の刺繍が手足に施され、高貴な騎士のよう雰囲気を醸し出し、装甲と装甲の間は、黒が、全体を引き締める。


「な、なんだこれ…!」


優希は身体を見まし、ペタペタと至る所を触っていく。嬉しさのあまり、飛んだり跳ねたりして、初めてしたコスプレのようだ。


「ォォォォ…!」


緑のイドルムは、低く喉を震わせる。優希は、その声に気を取り戻す。


「ごめんなさい。いまは、そんな時じゃなかったな。」


優希は、律儀にイドルムに頭を下げる。すると、隙とばかりに緑のイドルムは突っ込んできた。武骨な蹄が彼を襲う。


「オォォオオ!………!?」


しかし、緑のイドルムの蹄は宙を切る。突然、視界から消えた優希の姿を首を曲げて、探すも、見つからない。


「こっちだ!とりゃぁ!」


いつの間にか、敵の背中のうえに立っていた優希は、不安定な足場で回し蹴りを放つ。イドルムは、複数の骨が折れる音を立てて、グシャと首を曲げて吹っ飛ぶ。


「すごい。これなら。」


優希は、自分が手に入れた力の大きさに驚いていた。まさに、特撮のヒーローたちのような常人ではない力をこの手に握っているのだと感じた。


「オオオオオオオオオ!!!!!」


10メートルほど地面を転がり、やっとの事で止まった敵は、こちらに首を向け、雄叫びをあげた。まさに怒髪天といった様子である。何度か、地面を蹴った後飛び出してきた。


優希は、先程から戦っていて感じていた、違和感を確かめることにした。


敵の体当たりを横に転ぶように避けながら、地面の砂を空中に振り撒いた。砂埃が舞い、辺りの視界を悪くする。


「ォォォ…???」


イドルムは、、優希を探す。


(やっぱりだ…!)


「このタイプのイドルムには、核が存在する。それを砕いて!」


再生の炎で、傷を癒した花凛は、胡蝶丸を杖代わり地面に突き刺し、立ち上がり、優希に声をかけた。


「ォォォ!!」


すると、声を聞きつけイドルムは、崩れた態勢を無理やり動かし、まだ動けない花凛に体当たりを仕掛ける。


「させない!」


優希は、助走を付け、足に力を入れる。彼の脳内には、過去のヒーローたちの声が聞こえる。


『たしかに、その一歩は、小さなものだろう。しかし、君の一歩は、闇を払う太陽の一筋の光となる。今こそ、決めろ!勇気のあかし


地面を強く蹴り上げ、地面が割れ、溜め込んだ力によって、身体が一気に加速する。胸の心臓のあたりが、火が灯る。


必殺技ファイナル・ブレイクブレイブゥゥゥゥー!!!」


飛び上がった優希は、宙で一回転し、右足を敵に向ける。胸に灯る炎が、身体の金の刺繍を通り右足に集まる。右足が、燃え上がり、槍のように鋭く変形する。


「スピアァァァァァ!!」


勇気の炎を纏った槍が、空を裂き、緑のイドラムに迫る。


「やった!これで!………え?」


花凛の、歓喜の声がすぐに消えた。なぜなら、彼の必殺技は、イドラムの直接身体に当たるわけでなく、その上を通り抜けるコースであったのだ。


(このままじゃ、当たらない!必殺技を外すヒーローがどこにいるのよ!)


「バカ使い魔!もっと下に。」


「いや!これでいい!」


「へ?」


花凛の制止を振り切り、優希の一撃がイドラムの上空を通過す……


「し、てない!?」


優希の炎の槍は、大きな金属音と火花を散らし、イドラムのないはずの頭の部分に、ぶち当たる。


(ないはずの頭。そのはずなのに、必ず、攻撃の度、こちらに首を向けてきた。その上、幾度もの謎の叫び声や雄叫び、それらを出す器官も見つからない。なら、)


「せぇっ、りゃぁぁぁぁぁーー!!」


景色に溶けていた、水晶玉のようなコアが姿を現し、優希のキックを受け、砕け散る。


「グギギギギギィィィィィー!!!!」


緑のイドラムは、耳を塞ぐような断末魔をあげて、コアと同じようにだんだんとヒビが入り砕け散った。


勢い余った優希は、地面に足が突き刺さる。


「運命はここに決まった…。」


と、再び前から考えていた決めポーズをキメる。


『ビギナーズラック。ユーアーラッキーボーイ!』


ベルトは、そんなセリフを吐き捨ててから、光に包まれ装備とともに消えてしまった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「もう!たしかに、グローリーは持ってるって言ったけど、倒せなんて言ってたない。また、魔力使い切って死ぬところだったんだからね。ていっ!」


「いたたたたっ!」


回復の術符を胸のあたりに強く叩きつける。優希は呻き声をあげる。


「言わなかった私も悪いけどね。あなたね、私の魔血管刻印があるとはいえ、最初から飛ばし過ぎよ。」


「……魔力?魔血管刻印?というか、この空間は。」


優希は首をかしげる。


「そうだった。あなた、ほんとにただの人間だったわね…。仕方ないわ。」


そういって、凛花は優希の胸のあたりに手のひらを当てる。すると、手のひらから、暖かい陽の光のような明かりが灯る。優希は、何か温かく柔らかな優しいものが身体の内側に注がれるのを感じた。


「魔力とは、保持者サバイバーが力を使うために必要なエネルギーなの。空中に浮かぶ、魔素を吸って肺で取り込み、心臓で魔力に変換する。ここまで、オーケー?」


「……ファンタジーだな。」


「存在が、特撮なあなたに言われたくないわ…。」


凛花が、魔力を優希の身体に注ぎ込むんでいると、優希は身体がだんだんと動かせるようになってきているのを感じた。


「本来、あなたは、魔素を魔力に変化させる器官の魔心臓イノセンスを持っていない。だから、私の魔心臓イノセンスの魔血管刻印をあなたに埋め込んで、使い魔にして、擬似的に再現したってわけ。」


「????????」


優希は、全くわからないという様子で首を傾げ、腕を組む。


「というか、俺が使い魔だって?」


唯一、わかった言葉に突っかかる優希に、花凛は胸を押し返し同じ体勢に戻す。


「そう。私の下僕。私の命令は絶対。教室であなたに、話しかけないようにいった時も、止まってといった時も、あなたは自分の意思でなく身体を操作された。違う?」


花凛に指摘されて、優希は気がついた。


何度も話しかけようとしたが、声がかけられなかったのはどこか制止しなくてはいけないという思想が頭の中にあったからだ。それに、谷口君を助けようとして、出て行く時も、身体が動かなくなったのは、彼女が自分を待たせたから。


「何よその顔は。心当たりはあるけど、やっぱり信じられないって顔ね?いいわよ。いまから、あなたに逆立ちで校庭一周させてもいいんだからね。」


「いやいやいや。やめてくれごめんってば。」


両の手を左右に全力で振る優希に、花凛はため息をつく。


「はぁ…。あとは、この空間のことかしら…。そうね、これについては帰り道で教えてあげる。この後、私についてきなさい。」


そういって、凛花はウインクをした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「へぇ、全身装備の展開なんて初めて見たな。そうとうなレアものじゃないか。かつての英雄も、全身鎧の戦士だったと聞くが、まぁいい。しかし、あの娘の使い魔となれば、協会に刃向かう反乱分子になる可能性は、高い。あの程度の出力のうちに殺しておくか。なぁ?御主人様マスター?」


彼の問いかけに誰も答えはしなかったが、白黒の空間内で、真っ黒なカラスが校舎を飛び立った。黒い羽を、何枚か落としていき、カラスは見えぬ辺りまで飛んで行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おばあちゃんがいっていたわ!『食は全ての女性を輝かせる』ってね。はむっ」


妙に説得力のあるセリフを言いながら、花凛は、商店街でもらったコロッケに噛り付いた。中から、ホクホクのポテトと、細かくカットされた野菜、店秘伝のたれで味付けされた肉そぼろが、口の中に広がる。


「んぅ〜〜♪」


と、歓喜の声をあげる。本当に美味しそうに食べるなと、優希は苦笑した。


「それで?」


「ん?」


優希は、帰り道で花凛にあまり人気ひとけのない商店街を連れまわされていた。


「そうね。雛澤ひなざわ君。あなた、この街が好き?」


「なんだよ突然。そりゃ好きだよ。俺もよくしてもらってるし。」


優希は、質問の意図が図りかねたが、正直に答えた。すると、花凛は少し暗い顔になった。


「そう。なら、これは辛いかもね。」


そういって、花凛は指を指した。


「え?」


優希は、見慣れている街並みのため、花凛がどこを指差しているのかを見る前からわかっていた。それ故、視線を向けることに覚悟が必要だった。


彼女の白く華奢な指の先に視線をゆっくりと向ける。すると…


「………なんだよ。これ…。」


優希は、あまりに唐突なことに膝をついてしまう。顎をガクガクと震わせる。


「朝はそんなことに、なってなかったじゃないか!」


優希は、を見つめながら叫んでしまう。


未だに残る焼き焦げた匂いが、鼻を刺す。見るに耐えないほどに形を変えてしまった建物に、優希は震えが止まらない。


「あの白黒空間モノクロームの中で壊れた建物は、この現実世界においても壊れるように運命が収束する。あの世界とこの世界は、別なようで同じものなの。」


「そ、それじゃ中の人は…。」


「どうでしょうね。それは、収束のされ方によるわ。朝の時点でまだだったのよね。」


「あぁ。聞いてみる。…あの、すみません。」


優希は、不安を拭うように急いで立ち上がり、道行く人に尋ねた。


「ここで、何かあったんですか。怪我人とかいましたか!?」


突然、鬼の形相で事件について聞かれたおばさんは、怪訝そうな顔をしたがすぐに答えてくれた。


「え、いや…。たしか、昼頃にパンの自然発火が原因で火事になって、店のご主人も含め全員が、無事助かった。かと。」


「本当ですか!本当に、無事!?」


優希は、おばさんの肩を掴みさらに問いかける。


「は、はい!そうです。」


驚きの表情をしたおばさんは、優希が肩を離した直後逃げるように立ち去っていった。優希は、やっと胸を撫で下ろした。


「よかった…。」


「ほんとにそうかしら?」


「え?」


安堵の表情を見せる優希の肩に、触れる花凛が、優希に問いを投げかける。


「前々回は、たまたま無事だっただけ。前回は、たまたま建物は壊すことはなかった。だから、良かったの。まさに、運が良かったと言っていい。」


確かに花凛が言う通りであった。前々回現れたのが、緑の女ケンタウロスのイドラムであったら?あの機動力と破壊力のある蹴りは、建物もひとたまりもないだろう。被害は、とてつもないことになっていた。


「そんな中で、唯一。偶然じゃないことがある。」


「え?それは。」


花凛の言葉には含みがあった。2




「そう。どっちも貴方が。雛澤ひなざわ君が関わっているといるということ。」



花凛は、そう自信を持って言い切った。


「本来、彼らイドラムの行動にほとんど意味や目的なんてない。ただただ暴れるだけの、天災のような奴らなの。そんな彼らが、わざわざ貴方を狙って商店街に現れたり、わざわざ貴方の通う学校の校庭に現れたりなんかしない。」


花凛は、尻目にて背後に目配せする。優希も、振り返りはせずに後ろに目をやる。


すると、商店街の路地のところにこちらを見つめるフードを被った人がいるのを見つけた。


「もしかして…、あいつ?」


優希は、気がついていることがバレないように自然に振る舞い、小さな声で花凛に声をかける。


「いいえ、違うわ。あれは、私の……。」


花凛は、黙ってしまう。言葉を探しているのだろうか?


(え、なに。ファンとか?…いくら美人とはいえ、さすがに。)


呑気な優希は、少し的外れなことを考えていたが、口には出さなかった。


「そうね。このあと時間ある?」


彼女のさらなる誘いに、断る理由もなく、頷く。


「おーけー。じゃあ…走るよ!」


彼女は、そういって優希の手をとると走り出した。

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