第4話

優希は、まず周りを確認した。例の化け物が再び現れているかもしれない教室には立ち上がった花凛だけがそこに居た。


「助けてくれええええええ!!」


二人は、すぐに声の元を辿って、教室に窓際に行き校庭を見下ろす。すると、校庭の中心で、緑の化け物に襲われる男子生徒の姿があった。


緑の化け物は、馬の下半身をしていながら、上半身は人間女性のような形をしていて、更に、首がない。デュラハンとケンタウロスが混ざったような形をしている。そして、逃げている男子生徒は


(アレは………もしかして、谷口くんか!?……あれ、俺なんでこの距離でわかったんだろう。)


「…とにかく助けないと。」


「待って。」


優希が教室から出ていこう居た瞬間、花凛の声が後ろからかけられる。すると、優希の体は、鎖に結ばれたように体が思うように動かなくなる。


「なんでさ。谷口君が危ないんだ。助けなきゃ。」


「あなた、あの人に。いいえ、ここのクラスメイトにいじめられてるでしょ。それなのに助けるの?」


花凛は、教室から校庭見下ろしながら、優希に問いかける。


「それは…。」


関係ない、とすぐに断言が優希には出来なかった。それだけ、いじめは激しかったし、彼の心の砂浜に、線を引くほどの出来事だったのだ。


「まさか、クラスメイトたちの挨拶の次に『貴方ゆうきとかかわらないほうがいい』と、言われるなんてね。……腐りきっている。惰弱で、上辺だけ、取り繕ったハリボテの奴ら。そんな彼らをまとめる鼠の王様を助けるわけ?」


花凛のあまりにも辛辣な言葉に、優希は驚く。そして、少し考えたあと、決意を固めた表情になり、


「......それでも。俺をいじめる嫌なやつだとしても、彼は生きていて、助けを求めてる。なら、その声を無視することはできない!」


そう言われた花凛は目を丸くしていた。優希は、それを一瞥したあと、すぐに教室の窓開けて、息を大きく吸い込み叫ぶ。


「谷口くん!待ってて!!すぐに行くよ!」


優希は、弾かれたように体を翻すと、教室の扉を開き、外に出って行った。


ただ一人取り残された、花凛は優希の表情を脳内で何回も再生していた。


「なによ......グローリーもないくせに。バッカみたい。でも....だから、あいつは、私みたいな人間も助けてくるのかもね...。ふふっ」


口にしてから、花凛は自分の唇に触れて、自分が笑っていたことに気がついた。すぐにきっちりとした表情を戻すと、もう一度、校庭のソレを見たあと、優希の後を追って教室を出ていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(昨日の戦闘で俺の攻撃程度じゃ時間稼ぎにしかならない。だけど、谷口くんさえ逃せれば、こっちの勝ちだ。これを目標とする。)


階段を飛ぶようにして降りてきた優希は、内履きのまま校庭に出た。すると、そこには、襲われた谷口が、こちらに走って逃げてくるところだった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「..........ォォォォォォォォ!!!」


「谷口くん!何かで、こちらに気を引くしかない。....ごめん、母さん!えいっ!」


谷口とすれ違う形で、優希は化け物の横を取りすぎ、自分の内履きを相手の足元と、胸めがけて投げつける。すると


「ォオ!?」


内履きの一つは、馬の足の邪魔になり、もう一つの内履きは、胸を強く叩き、化け物を仰け反らせる。


「......効いてるのか?」


(考えてみれは、いつもより体が軽いし、投擲もうまく行ったし、威力も高まって...)


「って、考えてる暇はない。大丈夫!?谷口くん」


「あ、あぁ。なんだよこれ!?どうなってんだ!いきなり白黒になったと思えば、化け物が追いかけてきて。」


谷口は、両腕で頭をかきむしり、絶望した表情をする。


(こんな状況だから、慌てても仕方ない。)


「とにかく落ち着いて、この場は俺に任せてくれ!すぐ、校舎内に。」


「あ、あぁ。」


谷口は、転びながらも校舎に駆け込む。


「こっちだ!」


優希は、倒れこむ緑の女デュラハンケンタウロスを誘い出し、校庭の端の体育倉庫近くに飛び込む。


馬の脚は、もちろん伊達ではなく、優希の2倍3倍の速度で地面を駆けてきた。


優希は、倉庫から、ハンドボールをたくさん持ち出した。


「これでも喰らえ!」


掴んだハンドボールを投げつける。緑の化け物の上半身に強く当たる。化け物は、肺を圧迫されたのか、身体を震わせ苦しむ。


しかし、すぐに態勢を整えてから、突っ込んできた。屈強な馬の脚は、蹴られるだけで人間の骨は容易く砕く。もし、その脚の、勢いをつけ体重を乗せた一撃が、生身に振るわれたらどうなるだろうか


優希は、唾を飲み込む。冷静でありながら、恐怖していたのだ。己の無力さを昨日、完全に証明されてしまっているためだった。


「だけど、それは諦める理由にはならないから!」


緑の化け物は、前足を振り上げた。砂塵が舞い、視線が自然と吸い寄せられ、見上げる形になる。ないはずの顔から、視線が交わる感じが、優希をさらなる恐怖に閉じ込め、体を動かなくした。


そのまま、無慈悲な一撃が振り下ろされる。が、


「この、バカ使い魔。生身で勝てるわけないじゃない。」


花凛がスライディングで、横から登場し、優希の体を抱え、そのまま、横に跳ぶ。


緑の化け物の脚は、土の校庭を砕き、辺りにマンホールほどのクレーターを作る。


「………ォォォ…」


緑の化け物は、避けられたのが不満であったのか、唸り声をあげゆっくりとこちらに方向転換した。


「私が、グローリーの使い方を教えてあげる。」


花凛はそう言い残すと、スーパーカーのように一気に加速した。緑の化け物は、それを追うも、追いつけない。


グローリーをもつ、私たち保持者サバイバーは、みんな固有の武器を持っている。例えば、私は。」


花凛は、スカートのポケットに手を突っ込み、中から小さな鋏を取り出す。


「【展開】胡蝶丸こちょうまる


鋏は、突然震え出し青白い光をあげる。その炎が、鋏全体を覆うと、変形していき、即時に白と赤と銀の透き通る日本刀へと姿を変えた。


「私の場合は、この刀。だから、切るや切り裂くイメージができるものがあれば、武器を召喚できる。」


刀を構えた、花凛に緑の化け物は、叫び声をあげて飛びかかってきた。花凛は、華麗に横によけ、緑の化け物の体当たりを避けた。


「この化け物は、イドルムと呼ばれるもの。人のトラウマや、不安や恐怖といったものが、集合し構築されたものよ。私たち、保持者サバイバーは、これを殲滅するグローリーをもつ。」


馬型のイドルムは、振り返り再び体当たりを仕掛けていくる。花凛を横に避けながら、足に薙ぎ払いを行い、転ばせようとする。


しかし、非常に硬い筋肉と骨でできた馬の脚を容易く切り落とすことはできない。


「あなたは、私の使い魔となった時点で、保持者サバイバーになった。あなたもグローリーを持つはずよ。」


チラッと優希の方を見る。


「俺が力を…?」


優希は、自分の拳を見つめ、思い至る。


(さっきの教室から谷口君が見えたことや、やけに身体が軽いことや、ボールに威力があったのは、力を手に入れたから、だったのか!)


「己の武器は、己の心の形。最も鮮明で強い記憶に関わる形になる。意識しなさい。自分の中を。心臓の描く、あなたの、あなただけの形を!」


花凛は、刀を振るいながらも優希に声をかけ続ける。優希は、胸に手を当てて、自らに問いかけた。


(己の形。もちろんそれは……)


優希は、すぐに答えに至る。確信した力がそこにあると。


すると、優希の体は暖かい炎で燃え出した。胸に灯る光を、花凛は見た。


それ故に、目を離したうちに緑のイドルムは、足を振り上げたことに気がつかなかった。


「ォォォオオオオオ!!」


振り上げられた、足が彼女の体を押しつぶす。全身の体重の乗った一撃が彼女の身体に突き刺さる。恐ろしく尖った黒光りする蹄が、彼女の胸にのしかかる。


「グハッ!!」


肺の中の空気が全て吐き出され、肋骨が折れて内臓に刺さる。傷つけられたところから血が大量に流れ出し、内臓をかき回す。


炎髪が、優希の視界で散るように落ちていく。


「かりいいいいいいいい!!!!」


優希は、叫びながら走り出し、緑のイドルムに向かって拳を向けた。


そして、思いっきり力強く殴った。全身全霊をかけて、優希の全てを使い。


緑のイドルムは、捻じ込まれた優希のパンチにより、弾かれたように吹き飛ぶ。


直後、優希の右腕が白い装備に覆われる。


「これは…そうか!」


優希は、瞬時に出来事を理解する。左腕で、倒れている花凛を抱き上げる。


「花凛、大丈夫か?!」


「ゲホッゲホッ………バカ。よそ見すんな。わ…たしは、大…丈夫だか…ら。」


花凛は、血の塊を口から吐き出しむせる。胸元には、大きく切り裂かれた傷がある。しかし、その患部から青白い炎が上がる。


「……再生の炎よ。保持者サバイバーが、この…程度で死ぬわけ…、ないで…しょ。」


再生の炎は、患部を癒していき、先ほどまで、パックリ開いていた傷をどんどんと癒していく。


「はやく…、イドルム、を。私は、大丈夫だから。」


そういって、校庭のトラックの隅に吹き飛ばされた緑のイドラムを指差す。


「わ、わかった。まだいろいろ話とか足りないけど!いまは…」


優希は、花凛をゆっくりと寝かせると、わざわざ、花凛とは反対側校庭の方へ周り、緑のイドラムに近づく。


「こいよ、イドラム…。」


「ォォォ!!!!」


「ヒーロータイムだ。」


昔から、ヒーローになった時の決めていたポーズを取る。


変身へんしんッ!」


『ビギナーズフォーム!』


いつの間にか現れた、腰のベルトが軽快に声をあげる。優希は、気分のまま、変身する。

右腕を前に突き出す。


すると、先ほどまでは右腕のみ白い装備であったが、魔法陣が、全身を通すと、身体全体に白い装備がつけられていた。白の防具に、金色の刺繍が入り、所々の黒が全体をさらに映えさせる。


(ライダーではないから……)




「俺は、悲しき運命に叛逆する仮面ヒーロー!フェイトレーター!覚えておけ。」





(き、決まったぁ………)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その頃の花凛は。



(すこし、痛い子を拾ってしまったかしら………)

と、すこし後悔してたのは内緒である。

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