第3話

「もしかして、俺、生きてる?」


そういって、頬をつねってみる。


「痛い、夢ではないのは確かだ。」


優希は、いつもの癖で時計に視線を向ける。


4:40


「この足じゃ稽古は無理だ。…この状態で、ゆっくり行ったらギリギリ学校着くかな。」


変なところで常識的な彼は、身体の不良よりも、いつも通りの生活に間に合うかが、心配であった。


そんな時、胸に鋭い痛みが走る。左手で、胸に触れる。すると、少し違和感があった。


「なんだこれ…入れ墨か…?」


胸のところに空いた穴から見える肌には、黒い幾何学模様が描かれていた。


「取れなそうだな…下着で見えなく出来るか?」


そんな、呑気なことを言って腕の筋肉だけで身体を移動させ、用意を済ませていく。


既に時刻は5:40になっていた。この時点で、ギリギリ立ち上がり、何かにつかまりながら歩く事が出来るほどに回復してた。


「手伝いは少し無理だが、仕方ない。迷惑かけても嫌だしな…よし。行ってきます!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


優希は、商店街につき最初に思ったことは、安心であった。


(あの時壊れたは八百屋は、元どおりになってる…よかった…)


そのあとは、商店街の人々のほぼ全員に心配されたのは、火を見るより明らかなことだった。


「おい、なんだそりゃ。これ食ってけ」

「大丈夫なの?!私が持とうかね?」

「坊主、メロンがいいか?なんでも持ってけ!」

「誰にやられた!僕が捜査線を張るよ。……え?僕に権力ないって?大丈夫、友人に本庁に知り合いがいるんだ。青島っていうんだがね?」


優希は、途中まで壁に手をかけて歩いていたのだが、途中の整骨院の無口のオヤジが、何も言わず松葉杖を調整し渡してくれた。礼を言って、優希はそれを使って学校へと向かったのであった。


8:10


やっとの事で、校門に着いた優希は、遅刻しないように、松葉杖を急いでいた。


そんな時。後ろから優希は背中をポンっと優しく叩かれる。


「おぅおぅ、なんだい優希。中学生の時みたいに、また道場破りしたのかい?」


「ちげーよ。今更、そんな恥ずかしいこと掘り起こすなよ。茅弦ちづる。」


優希は、幼馴染の弓形ゆみなり茅弦ちづるに、言い返す。短髪で、黒髪のボーイッシュな彼女は、中学生からの付き合いである。


「すまんねー、大丈夫?荷物持とうか?」


「いいよ、別に慣れてるし。」


「遠慮するな!弟弟子よ。姉弟子が持ってやろう。」


「奪うなって。ありがと。姉弟子。」


優希の黒歴史である道場破り時代に、唯一破れなかった空手の道場で、弟子入りした時に仲良くしてもらったのが、茅弦ちづるであった。


2人は、近況について喋りながら下駄箱まで急いで向かった。そして、別れ際に


「今日、転校生と新しい先生が来るらしいよ。」


「転校生は、うちのクラスらしいって話は聞いたが…、新しい先生は初耳だな。」


「うんうん、噂好きのボクでさえ今日知ったよ。んじゃ、これ。ボクは、一限は英語だから係の手伝いあるんだ、じゃーねー!」


「おう。ありがと。」


優希は、鞄を脇に抱えて、教室へ向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おはよう。優希君。」


「おはよう、谷口君。」


席に座って、早々に谷口良平は、優希はに話しかけてきた。クラス中の視線がこちらに向いているのを優希は感じた。


「大丈夫?怪我してるようだけど。」


「うん、心配してくれてありがとう。」


「何言ってんだ。クラスメイトじゃないか。当然だよ。」


そういって、心配そうな顔を優希に向けて来る。


(演技なのか…?いいや、疑うな。せっかく近寄ってきてくれたんだ。)


「ところで、その怪我、どうしたんだい?まさか、虎にでも襲われた?」


谷口は、冗談のような軽口を叩いてきたのだが、優希にとっては、答えにくい質問であった。


(たぶん、夢じゃないけど。黒い毛むくじゃらの手が7本生えた化け物に襲われたなんて言えないしな…)


「いや、まぁ、階段で転んだだけだよ。」


「嘘だろ〜、絶対。………それとも、何か言えないことでもあるのか?」


急に声のトーンが落ち、優希は寒気に襲われた。


「クラスメイトじゃないか、教えてくれよ。な?」


顔は笑っているが、目が笑っていないことに優希は、今やっと目が合い気がついた。それまで、一切目を合わせなかったので気がつかなかったのだ。


決して、友達だからとは言わない。クラスメイトであって友達ではない。そういった意思が込められているように優希には思えた。


「嘘ってわけじゃ…。」

「嘘だね。俺にはわかるよ」


「はーい、ちゃっちゃとホームルームするぞー!席に座わ……何してんだ、谷口。」


担任が、どこか上機嫌な様子で教室に入ってくるが、教室にはざわめきがあまりなく、全て視線が優希達に集まっているという異様な雰囲気に気がつき、気を持ち直す。


「………………いえっ、なんでもないでーす。」


返事するまでずっと、優希の目に合わせて、心を見透かすように見つめていた。


ホームルームが始まると、クラスは元の雰囲気へ戻った。しかし、すぐにその空気は崩れる。今度はいい意味でだが。



「では、お前らも知ってるだろうけど。転校生の紹介だ。」


そう担任が言うと、クラス中が湧き上がった。先ほどの冷たい空気と打って変わって、待ってましたと言わんばかりの盛り上がりに、優希はぽかんとしてしまった。


「入って来なさい」


そういって、担任が廊下の扉をあける。



その瞬間、優希の目には、真っ赤な花が咲き乱れた。ふわりと景色が彩りを持つような明るく鮮やかな色が現れた。一度見たら、忘れられない深紅の長い髪。凛としていて芯があり、強気でありながら、どこか少女のあどけなさを感じさせる表情。スタイルの良さゆえに制服は少し崩れているが、それすらオシャレに見える。それが彼女であった。


「え…君は…?」


優希は、席からつい立ち上がってしまった。クラスメイト達の視線は、彼女の美貌に釘付けで、優希にはいっさい向かなかった。


赤菱せきびし花凛かりんです。仲良くなる気はないので、話しかけないでください。」


そういって、教室を一瞥する。優希とも一瞬目があったがすぐに、目を逸らしてしまう。クラスメイトたちは、彼女のその見た目とその発言からか誰も言葉を口にできない。


そんな静寂を破ったのは、どこか急いだような口調な担任だった。


「お前の席は、あー、窓際の二列目の1番後ろのあの合いてる席だ。」


「はい。」


花凛は、誰にも目もくれず、立ちっぱなしの優希の隣の席に座った。


優希は、自分が彼女に見惚れていたことに気がつき、気を取り戻して急いで席に座った。それでも、見るのをやめられずチラチラと何度も彼女の横顔を見てしまう。


花凛は、クラス中から注目されてて、みんな、担任の話など聞いてなかったが、その次の言葉だけは、聞き逃せず、耳を疑がった。


「あ、じゃあ、俺。今日で担任はやめちゃうから!やばい新幹線の時間に遅れちまう!」


「は?」


クラスメンバーは、ほぼ全員が同時にツッコミをいれた直後


「んじゃ、紫村しむら先生。あとよろしく。」


と、いって、担任は先生をやめて学校から走って帰っていった。


呆気に取られていうちに、その新しい先生とやらが中に入ってくる。


「ちっ、なんだよ小さぇ扉だな。よっこいしょ、」


開幕、舌打ちをして入って来たのは、髪の毛は紫色で、2メートル近くある長身の女。その上、ガムをくちゃくちゃとならしながら、右目は眼帯という、キャラの濃すぎる女性だった。


だから、俺はすぐにわかった。


「「し、師匠ォ!?」」


優希が、立ち上がってまた声を出してしまったのだが、別の声もそこにはあった。


その声の主は、


「花凛、久しいな。…お前、全然身長伸びないな。むしろ縮んだんじゃねの?」


「師匠が、そのお歳になっても、毎年1cmずつ伸びてるからですよ…。」


「寝るの子は育つっていうだろ?わしの座右の銘だ。あ?座右の銘の意味違ったか。」


となりの、花凛であった。花凛も、こちらが声が被ったことに違和感を抱き優希のこと睨んでくる。


「なんだなんだ?」「知り合いなのかな」「…か、かっこいい…」「嘘でしょ、あんたあの人女の人だよ?」「一気に女神が二柱も降臨した」


「坊主、あー、なんだったか…。あ、そうそう。KARATE教えたな、お前。 ゆう、ゆう……優作?」


「優希です。相変わらず、人の名前を覚えるのは苦手なんですね」


「うるせーな、半分覚えてりゃなんとかなんだろ。」


「ちなみに、儂はKARATEしらんかったから、適当なの教えたからな。」


「……………はい?」


そういって、教卓の椅子を回して背もたれを胸の前にやり、またを椅子の背骨を挟むようにして座る。


紫村しむら 睦月むつきだ。覚えなくていい。儂もお前らのこと覚えられないだろうからな。」


クラスの大半が気がついた。嵐がやって来たことを。それも、ただの嵐ではない。ハリウッド映画の地球規模の危機に匹敵する大きさの大嵐だと、誰もが理解してしまった。


「ふっ、赤菱花凛か。いい女じゃないか。気に入った。」


谷口は、不敵に笑いながら、元計画を変更し、彼女を落とすことも含めたものへと企てを進めていった。その変更こそが、この計画の最大のミスであったことを、彼はまだ知らない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あ、そうだ。優なんとかと、花凛の2人は放課後私のところにこい。え?場所。知らん。」


なんて、SHRの最後に、適当言われて、紫村先生はどこかへ消えていった。


とりあえず、一限の始まる前に、優希は花凛に話しかけてみる。が。


「なぁ?」


「………………」


「…………ごめん。」


強めに睨み返えされてしまい、優希は、話そうにも話しかけられず、その上、話に乗ってくれもしなかった。


その後も、


(こ、これで6度目。それでも、諦めるな!俺。『心こそ、人間の最大の武器』って、ライダーもいっていた。)


「なぁってば。」


「………………放課後についてきて。」


と、一言いって、そのまま教室を出ていってしまう。優希は、やっとのことで、返事をもらったため、追求も出来ず、その場で座るだけだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ねぇ?花凛さん。勉強わかる?」


谷口は、隣の人の机に腰をかけ、花凛の顔を覗き込む。花凛は、どこか退屈そうに教科書、ノートと睨めっこしていた。


「別に。大丈夫です。」


「あ、そう?前はどんな学校いたの?」


「……………」


面倒になると黙る花凛は、たとえクラスカーストトップの男に話しかけられとも、沈黙を貫くのであった。


「ねぇ、赤菱さん。お昼一緒にどう?」


「ごめんなさい。」


クラスの女子のグループたちの誘いをすり抜け、昼休みも教室から姿を消した。


「なんか、感じ悪くない?」

「まだ慣れてないだけかもよ。」

「谷口君が話しかけても答えないし」


「まぁまぁ、みんな。俺も色々聞きすぎちゃって、気が参ってしまったのかもだから。明日からも来るんだから、ゆっくりでいいじゃない?」


「う、うん。そうだよね。」

「緊張してるのかもね」

「谷口君がそういうなら…。」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


六限が終わり、爪楊枝を咥えた紫村先生がやってきて、帰りの学活が始まった。のたが、


「先生の話。」


「ない。解散。」


ということで、すぐに終わった。


先生は、あくびをしながら扉をくぐり、どこかへいってしまう。


「呼んだのに、自分でどこか行くってのはひどいぜ…。」


急いで扉から出たものの、そこには姿はなかった。


(変なところで、早いなあの人。………仕方ない。花凛に先に声をかけよう。)


そう思って、扉から教室に入った瞬間だった。


キィーーーーンという、高くて、か細い音が耳の奥で鳴り響く。そして、すぐに、とてつもない頭痛が優希を襲った。


「うっ、この、痛みは……あの時の…。」


視界が色を失っていく。世界から色が零れ落ちる。膝をつきながら目を開く。


そこには、あの時の同じように、教室に人はいなく、白黒な空間が広がっていた。


「また、あれなのか…!」


「…………ぉぉぉぉぉぉ!!!!」


と、地響きのような叫び声が聞こえてきた。彼は、再び戦いに巻き込まれる運命のようだった。

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