第2話

太陽が傾きもうすぐ地に沈む頃、街並みはオレンジ色と青黒い色の混ざった景色となっていた。


放課後の掃除を全て押し付けられた優希は、疲労とイジメによって負ったダメージだらけの身体を引きずるように帰っていた。


しかし、行きのように手伝いを忘れることはない。迷子は案内するし、木の上から降りられない子猫は救うし、お婆ちゃんの荷物持ちを手伝いことをする。


「ありがとうねぇ。」


くしゃっ、と笑うお婆ちゃんや、親御さんたちの笑顔を見た優希は、それだけで救われた気がした。


身体の痛みは引かないが、心の傷は負っていなかった。


そんな中、19時になるであろう夜に一歩足を踏みいれた時間帯に、優希は、いつも通る商店街に至っていた。


傷のほとんどは、体捌きでかすり傷程度である。その上、露出する腕や顔には、傷が一切つかないようにしていたし、イジメ一派も、谷口の指示か、腹を殴るなど、跡がつきにくいところにばかり狙って来ていた。


それでも、心配をかけまいと服の裾を綺麗に直してから、通りに足をかけるのは、優希のどことない自信のなさから来るものなのだろう


(言葉をかけられぬように身体を小さくして通り過ぎるか…)


身体を丸め下を向き、通りをゆっくりと抜ける。顔を見られまいと俯き加減に注意して溶け込むようにして歩く。


すると、功を奏したのか、誰にも声をかけられなかった。


しかし、逆にそれが優希にとってとてつもなく違和感であった。特段、心配事で話しかけてこないにしても、普段通りなら手伝いを頼まれたり世間話を持ちかけてくるのである。


なのに、それが今は、一回もなかった。


強烈な違和感に、優希は顔を上げて振り返る。


すると、突然強い頭痛に襲われる。頭の奥がズキズキと痛み、視界が揺れる。平衡感覚が怪しくなり、片手を地面につき倒れ込んでしまう。


「な、なんだ…?」


見える景色が歪み、夕日の赤が白黒へと変わる。景色全てが色を失う。気がつけば、優希以外にその場に人影はなく、白黒の世界のみがあった。


ひどい頭痛が少し和らぎ、優希は頭を抱えながら立ち上がり、辺りを見回す。


「何が起こってる…一体?」


あまりにも殺風景な風景に、心細さが増して、まるで世界に自分しかいないような感覚に襲われる。


「だ、誰か!いませんか。おーい!」


孤独を紛らわすために声を必要以上に張り上げる。しかし、どこからも返事がない。


「まさか、本当に俺しか…いない?」


そんな時だった。視界に映る通りの端の八百屋の建物が、大きな音を崩れ落ちた。張り裂けるような音を立てて、何かが壁を突き破り、砂けむり上げる。


優希は、嫌な予感と強い興味が湧いた。巻き込まれたら、絶対に不味いとわかっていながらも、確かめなければ、心が収まらないという心の昂りを感じざるおえなかった。


すると、砂煙の中から貫き現れるのは。細い白い腕の大きく長く腕。振り上げれた腕はそのまま、無造作に振り下ろされる。すると、意図も簡単に隣の店の壁を突き破ってしまった。


煙が避けてきてゆっくりと全貌が見えてくる。真っ黒の毛むくじゃらの塊から、白い腕が7本生えた謎の化け物が現れる。奇数本の腕に、顔らしき部位のないモンスターは、どことなく生理的拒絶感を掻き立てた。


優希は、走り出していた。それは、決して、逃走のためでなかった。戦うためだ。


「お前のような奴にこの街を壊されてたまるか!俺を愛し、俺が愛した街をよくも…!」


先ほどまでの全身の痛みはすでに彼にはなかった。漲る憤怒のパワーで全身が突き動かされる。


「この野郎ッ!」


落ちて居た石を拾い、身体を捻り打ち上げる。石は一直線に化け物へと向かい、その7本の腕の1つに当たる。


腕は弾かれるように折れ曲がった。


「やった…。これなら。」


シメたと。確信した優希は、黒い化け物が崩した建物の破片を手に持ち片っ端から投げつける。折れ曲がる腕が2本、3本、4本と続々に増えていく。


「このっ!このっ!このっ!」


運動神経良い彼が、やっと投擲に慣れてきて、うまく当てるコツがつかめてきたころ。


地を震わすような低い声を怪物は上げ始めた。お腹に響く音に優希は、一瞬動きを止めてしまった。


直後、優希は商店街の通りの端の地面まで吹っ飛ばされていることに気がつく。


何をされたかわからなかったが、体が自然と動き、受け身を取る。身体を捻り、転がるようにして勢いを殺す。しかし、それでも全身を、コンクリートに打ち付けられてしまう。


「いってぇ…こんなん、空手の師匠に殺されかけた以来だ…。」


そんな呑気なことを言って、口から血を吐き出す。体の至るところから血が溢れ出て止まらない。


なんと、化け物は無傷であった。折れ曲がった腕は、ありえない方にもう一度折れ曲り、元の形へと戻る。そして、いつの間にか黒い毛むくじゃらの合間から、口のようなものが現れていた。


「ゥ……ま、ソぉ…」


涎を垂らしこちらを見ている(目は見当たらない)。優希は、口元を拭った後。


「筋肉だらけの俺は食っても旨くないぞ。食われたら食われたで、そのデカっ腹を突き破ってやるがな。」


優希は、制服の上着を脱ぎ、転がった時に破れたズボンを更に切り、動きやすい格好になる。そして、体を少し低く構え。


「こいよ。俺は雛澤ひなざわ優希ゆうき。ヒーローになる男だ。街は俺が救う。」


気合を込めて名乗り上げをして、足をバネのように縮めてから一気に走り出す。


毛むくじゃらの化け物ら、咆哮を上げ、ゆっくりと動き出す。


優希は、走りながら黄色と黒のコーンバーを取り上げ、化け物に向かっていき、


そして、思いっきりしたから振り上げたあと、すぐに振り下ろし1つの腕を攻撃する。


「せいやッ!」


バーが、宙に浮いていた腕の一本を吹き飛ばし、白い腕はストローのように曲がる。


化け物も、少し苦悶の声を上げる。


(効いてる…!いけるぞ。)


すぐに化け物も、やり返そうと近くにあった2本の腕で左右から、ゲンコツを振りかざしてきた。


ボクシングの経験を生かし、上半身だけを後けぞらし、2つの拳を同時に避ける。


宙を切った拳たちは、交差する。


「ノロマだな!…もういっちょ!」


再びバーを振り上げて、人間の腕なら折れるほどの力を込めて振り下ろす。


2つの腕が交差ポイントを狙い放たれた一撃は目論見通り、骨が折れたようにダランと垂れ下がる。


だが、


「ぬはっ!? 2つは囮で、上からからの2本が本命か!」


二本の腕が彼の死角から伸びてきてその、細い体をがっしりと掴む。万力が腕に込められているのか、一切腕が動かない。


「まずい!」


直後、景色が一気に上昇したと思ったら、一瞬にして地面へと変わった。


コンクリートに下半身が思い切り、叩きつけられる。足の骨が全て折れ、衝撃で中から飛び出た複数の骨が、内側から優希の肉体を貫いていく。踏みつけられた虫ような形へと下半身が早変わりする。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


痛みを通り越したものが脳に流れ込んでくる。気絶を通り越してショック死すらあり得るものダメージが脳みそに送り込まれる。


「く、ウ。クゥ…喰う…!」


彼の叫び声に更に食欲をそそられたのか、再び治り翻った7本の腕のうち4本で、体を持ち上げ、近づいていく。


荒い息づかいが、優希の頭に掛かる。ショック死は、免れたが、それ以外でも死に至るまではもう1分2分もかからないだろう。


(救えなかった救えなかった救えなかった…戦えると思った。いけると思った。ヒーローになれると勘違いしていた。無理だった。所詮少し身体が動かされるだけ男だったんだ…。弱い…弱すぎる…これなら、夢を馬鹿にされても仕方ない。俺はならなかった…。俺を愛してくれたこの街さえ守れない。)


伸びてきた日本の腕が、再び優希の身体を握り、持ち上げる。


(悔しい…悔しい悔しい悔しい。負けたと思うから悔しいわけじゃない…。己が、負けを認めていないのに、抗う術がないとわかってしまう力の差が許せない。)


毛むくじゃらの化け物の口が開かれる。口の中には、一切の光がなく、口というより穴であった。暗闇に身体が迫りいく。


(力が、力があれば…!)


優希は、動かせない体の代わりに、毅然とした態度で、涙を流しながら化け物から一切の、視線を外さない。


「俺に…力が、あれば!」


決して負けてはいないと、強い意志を感じさせる彼の態度に、化け物は歓喜の声をあげ、優希は、虚しく齧り付かれた。






「力が欲しいのね?残念、私は持ってる。」




「ウガッ!?ぐぎぎぎききらるブゥアッ!」


直後、黒い毛むくじゃらの化け物は、呻き声を上げて、優希を吐き出した。


下半身のない優希は、ボロボロの腕を使い受け身を無理やりとって、地面を転がる。


「な、なんだ…?」


地に這いなが。優希は、ギリギリ動く首を無理やり動かし、見上げる。


すると、そこには炎で焼かれて絶叫する毛むくじゃらの化け物と、背中(?)に、突き立つ赤と銀の刀身。


「真剣…か?」


知識のない優希すら、見惚れてしまう艶やかささえ感じる美しい日本刀がそこにあった。


そして、少しして近くに鳥が着地するような音が聞こえる。


「だ、誰だ…!」


「そうね…いうならば、君を助けにきたヒーロー。いいえ、女の子だからヒロインか…。」


「助けにきた…?」


優希は、霞れていく意識の中、彼女の声を聞いた。


「そう。私は、花凛かりん。赤菱 花凛。覚えておきなさい。」


そう言って、優希を持ち上げると、道の端へと移動させる。


「回復の術符は高いんだからね。絶対、生きなさい。私の任務ためにも。」


そう言って、強気に笑う少女の顔を優希は、見た。


憧れの様な強く気高き炎髪。名前の通り、凛とした顔つきで、赤い瞳には自信が宿る。


(確かに…ヒロインの器だろう。)


「んじゃ、行きますか。」


振り返り、花凛は宙に手をかざすと、何もない空間から、例の日本刀が姿をあらわす。



燃え盛る炎、絶叫し激昂する怪物、自信溢れた炎髪のポニーテールの背中。そして、同じ高校の制服。




優希は、このひと時を絶対一生忘れないと、根拠なく確信した。




花凛は、刀を構え後、身を屈めてから、バネの様に飛び跳ねた。


「赤菱流・焔凪ほむらなぎ


宙で一回転すると、化け物の寸前にいき、刀を横に薙いだ。すると、炎の斬撃が放たれ、化け物の白い腕の2本を吹き飛ばす。


「あと、5本!」


空中で、バク転をしたあと、地面に降りて、そのまま止まらず走り出す。


呻く化け物の横を通り抜け、足の代わりをしている腕に向かって。


「マジック!燕火つばくらび


腕を前にかざすと、龍の紋様のような魔法陣が現れ、そこから、燕の形をした炎が飛び出していく。燕は、4つの腕を狙ってほぼ同時に、突き抜け、4本全ての肘を喰らい尽くした。


「うぐぁ!ぁぁ!?」


化け物は、支えを失い、その巨体を地面につける。


「すごい…あんなにも簡単に。」


出血が止まり、痛みもアドレナリンで感じない優希は、どこか浮世離れした感覚に陥っていた。


「あと、一本!」


振り返りざまに、花凛は、刀を後ろに構え、化け物に突っ込んでいく。


「くしゃぁぁぁぁぁ!!!」


「はぁぁぁ!赤菱流・真一文字!」


叫び声と共に、刀身が震え出し炎が湧き上がる。下から振り上げ、化け物の握った拳を弾きあげ、振り上げた刃を返して、そのまま振り下ろす。


化け物と花凛が、すれ違う。


花凛は、刀身を鞘にしまう。


化け物は、振り返ろうと残り1つの腕で方向転換しようとしたが。


刀の柄が鯉口に入り、凛っという心地よい音がなったとほぼ同時に、化け物は粉々に斬り裂かれ、黒い闇を吐き出し、砕け散った。


「…………ふぅ。」


残心をこなしたあと、すぅー、と息を吐く。


そして、化け物に目もくれず、優希の方へ寄ってきた。


「大丈夫?巻き込まれないようにしたけど。」


「あ、あぁ…すごいな君。」


優希は、優しそうに笑いかけてくる花凛に返事をした。


「いいえ…。私は強くないわ。ただグローリーを持っているだけ。」


そういって、少し寂しそうな笑みへと変わる花凛に優希は、羨ましそうな目で見る。


「力を持てってるだけでもすごいよ…欲しかったな。俺も…。」


そういって、今更になって緊張が解けてきて、体の操作が効かなくなってきたときだった。


優希の視界の端に、蠢く白い腕がいた。


優希はとっさに弾かれるように身体を動かし、花凛の体を強く突き飛ばした。


「ちょ!なによっ」


花凛は、命の恩人の立場でありながら、相手に邪険にされたことに不満の声を上げたが、すぐに表情を一変させる。


「あ、あ……」


心臓に向かっての一撃だった。庇った位置がわるかったのだ。最初に切り落とした化け物の腕の一本が、花凛めがけて放たれた最期の一撃。いとも簡単に、優希の肉を切り裂き、心臓に手をかける。


「……よ、かった…」


優希は、最後の最期で、命の恩人を助けられたことに安堵の声を上げた。心から救えてよかったと彼は感じていた。


(命を、救ってくれてありがとう……恩返し出来たかな?………って、死んじったら、ダメか。でも、まぁ……少しはヒーロー出来てたかな。)


「この、化け物、まだ生きて!」


花凛は、優希の心臓が握りつぶされる直前で刀で、指を切り落とし、残った腕を突き刺し遠くに飛ばした。すぐに、優希に駆け寄ると


「ちょ、ちょっと!死なないでよ!目覚めが悪いじゃない!」


(一枚じゃ、回復が追いつかない。2枚以上は必要…)


そういって、花凛は胸元から、回復の術符を胸ポケットから出そうとする。


しかし、


「あれ?あれあれあれあれ!?……ない!お婆ちゃんから貰った、使い魔の術符しか……」


刻々と、優希の命のリミットは、迫る。


そこで、花凛は、今度は自分の命の恩人である彼を救う方法を思いつく。


「そんな…これしかないの…。」


優希を救うことができて、彼女自身も恩返しができ、任務も完了することのできる、メリットが最大の唯一無味の方法が、花凛は持っていた。


花凛は、優希の安堵しきった顔を思い出す。


(あんなにも…優しい笑顔を私は見たことがない……)


「あーーー!もう、やるしかないでしょ!私!」


花凛は気合いを入れるために、顔を何度か叩き、胸ポケットから唯一の術符。


使い魔の術符を取り出す。



『汝、我が使い魔と成りて、この世の理を超える者。』



『汝、その血に誓い、今生全てを我に預ける者』



『汝、星辰の導きによりて、南方の朱雀に従う者。』



『血の契約をもって、カリン・セキビシの名の下に、その身は我が剣であり盾となれ。』


「マジック・焔の宣誓 《ブレイズ・プロポージング》!」


術符は、優希の心臓に直接張り付き、青白い光を上げる。


「ぅ…あ、あ…」


目の光が消える直前に、走る衝撃に声を上げる。


優希は、胸を焼かれる感覚を経て、意識を失った。


直前に見たのは、花凛の涙とその綺麗な炎髪であった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「チッ…役立たず。”保持者サバイバー”が、介入するなんてな…。まさか、あいつが…まさかな。」


そういって、その場を誰にも気がつかれずに離れていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『4時30分だ。気持ちのいい朝だ!早起きは三文の得!今日も元気に行くぞ!』


『トルネード・ライダーキック!』

『トルネード・ライダーキック!』

『トルネード・ライダーキック!』

『トルネード・ラ…………


何度も鳴るいつも通りの目覚まし時計が、今日に限ってうるさい。


優希は、必殺技を連発する目覚まし時計をベットから腕を伸ばし止めた。そうして、もう一度欠伸をして、布団に潜る。



「ん!!?!??」



優希は、何かがおかしいと感じて、飛び起きた。寝姿は、制服のまま。


「うへ!?あれれ……ハッ!そうだ…俺あの時死んで…。って、ここはあの世?まさか。」


優希は、辺りを見回して特に変わりばえしない部屋の風景に


「特に変わりはな、\ァアーー!/窓のところ、土足で誰か入ったな!」


優希は、そういって汚れを落とそうと立ち上がる。すると、そのまま前に崩れ落ちた。


「へ…?」


優希は自分の下半身へ視線を下ろしていった。あの時のことが重なる。潰されて亡くなった下半身。それが。


手が動き、身体のラインに沿って、下へ下へと向かう。触れる腰、触れる太もも、触れる足首、触れる足、触れる指。


「ある。……あるよ!足がある!」


こんなこと異常だ。オカシイことだとわかっているが、これよりも無くなったものがそこにある事の喜びの方が大きかった。


しかし、未だにちゃんと動かせない。どこか電子回路の接続が悪くて動かないような感覚。


そこで気がつく優希。


「指が腕が…動いてる…。」


呟きながら、おずおずと粉々に砕かれたはずの腕を見る。足ほどではないが痺れて動きにくい感じがする。



「もしかして、俺、生きてる?」

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