第17話 再会

「きゃあ~、紫!ほんっまめっちゃ久しぶりやあん!元気しとった?!」

東京駅の新幹線の改札口前で紫は西条都(さいじょうみやこ)に抱き着かれる。

「いやん元気やった!?紫ますます綺麗になったやあん!」

「あはは、都こそ!何年振り?四年ぶりかな?」

「せやなー、卒業ぶりやもん!」

二人は話もそこそこ銀座に向かう。

そこでランチの約束をしていたのだ。

都は紫の大学の同級生で同じ学部であり同じ学科だった。彼女は大阪の河内出身でバリバリの関西人で大学は東京に出てきたが、就職はやっぱり地元がいいということで大阪に戻ってしまったのだ。

しかし今回は木、金と丁度東京出張があるので一泊多めにビジネスホテルに泊まり紫に会いに来たのだ。

銀座に到着すると、紫は決めていたイタリアンに入った。

「いや~、もう紫がおると東京案内してもらえるからめっちゃ助かるわあ。この辺もちょっと変わったもんなあ。もう東京も出張で行ってもとんぼ返りばっかやしなあ。」

都はお絞りで手を拭きながら嬉しそうに話す。

目鼻立ちがはっきりした顔立ちに、紫より少し身長が高めのスレンダーの彼女。

大学時代はいつも一緒に行動していた。読者モデルもしたことがある彼女なのだが、成績もとても優秀な才女で、高校はアメリカで過ごした帰国子女だった。

彼女は大阪の淀屋橋にある外資系コンサル会社に新卒で入社した。

「っていうかうち紫に話したっけ?転職してん!」

都は開口一番に告白する。

「え!?そうなの?知らなかった。」

「あんまゆうてへんしなあ。半年前からやねん、まあ同業やねんけど。場所も梅田やしね。」

運ばれてきたサラダを口にしながら二人は話す。

「またコンサル業?」

「そっ!まあ今回も一応外資やけどな!」

「凄いなあ、都は・・・。さすがだね。」

都から銀座のクラブのアルバイトも紹介されたのだ。三か月で辞めた紫と違って都は就活間際まで二年の間勤めていた。ママからも気に入られ、お客さんからも人気があった。明るく気配りができて、関西のノリが周りにウケたのだ。

「紫とこの辺よう歩いたなあ~、まだ二十歳そこらの頃やったのに。」

「そうだね、懐かしいな。」

「そう言えば紫はキハラ勤めとんやろ?どうなん、仕事の方は?」

「・・・そ、そうだね・・・。そこそこかな・・・。」

紫は言葉に詰まった。

「うっそやあ、絶対ハードやろ。あんなとこ。しかも紫本社勤務なんやろ?離職率やばいってさ、前経済紙で見たわ。」

都は何もかも見透かしたように言った。

「・・・凄いね、さすが都だよ。」

そう言った瞬間、紫の目から涙が零れた。

「ちょっ・・・紫!?どないしたん!?何、辛い事でもあったん?」

都は突然の事態に動揺する。

「いや・・・ごめん、都。せっかく遊びに来てくれたのに。」

紫はハンカチで目を押さえながら言う。

「あーあ、せっかくのメイクが台無しやん。うちでいいなら聞くけどさあ。うちもなあ、前の会社辞めた理由軽く鬱になったからやねん!」

都はあっさりカミングアウトした。

「え・・・?」

紫は顔をあげる。

「うちもあんま前の職場の上司と合わんくってさー。ほんまけったくそ悪いオッサンやってんけど陰であだ名つけとってん。もう無理難題はゆうし、屁理屈は凄いし、うちも毎日毎日罵倒されてもう精神的に参ってもうて。でも折角新卒で入ったしなあってずっと踏ん切りつかんかってんけど、オトンに相談したら決心ついて。もうええやってなってさあ。」

「へえ・・・!けど凄いね、それですぐに次見つかって。」

「そんなことあらへんで!うちもゆうてもそんなキャリアあらへんしさあ、せやから半年くらいかな?フリーで、めっちゃぶらぶらしとって。貯金もあったから旅行もバンバン行ってさあ。一人旅ってやつしとったで。」

「そうなの?」

「せやで。取り合えず辞めようってなって。そっから何も考えてなくて。せやから転職活動したん実質ひと月とかやな。」

でもそれは元々のベースが都にはあるからだと紫はわかっていた。

「まあけど今んとこの会社は前より規模は小さいけど、職場の雰囲気も悪ないし、続けていけそうやなって思ってんねん!」

「そうなんだ・・・!良かったね。」

「まあな~、ほんでうち今んとこの会社の客先で出会った人と付き合うてんねんなあ!これダアやねんけど。」

そう言って都はスマホを早速取り出す。

見ると、都よりやや年齢が上の男性がツーショットで写っていた。

「早速ノロけてもうたわ~、まあ今のダアと上手く行けば結婚したいと思ってんねん。」

「都幸せなんだね、おめでとう。」

「まあな。向こうは四歳上やし、ちょっと余裕もあるしなあ。ええ人やねん。同じ関西人でノリもそこそこ合うし。」

紫は心底都を羨ましく思った。

転職にも成功して婚約している彼氏もいる。

「けどどないしたん?紫が泣くなんてよっぽどやん!」

都は驚いて聞き返す。

「そんなことないよ・・・、もう社会人になって泣くことが増えたよ。」

「まあ誰しもそうかも知れへんけど、何があったん?うちで良ければ聞くで!」

都の言葉に紫は今の部署内での出来事を話した。

「ちょっ・・・、何それ!?立派なセクハラやん!それ!」

都は愕然として行った。

「やっぱり都もそう思う?」

「ったり前やん!言葉じゃまだしも、体に触れるとかさあ。そいつ上司の立場利用して紫をイジメてるやん。」

「・・・やっぱりそうかな?」

「誰にもゆうてへんの?このこと?」

「一応、女の主任には話したけどオーバーなんじゃないの、って言われたよ。」

「何そのオバハン。いくつの人?」

「もうすぐ四十の独身の人。」

「あー、あるあるやなあ。ったくババアの僻み根性が。うっとうしいなあ、そんなん。そのオバハン以外には話してへんの?」

都は全てを見通したように話す。

「・・・そうだね。あと一人。前の部署の上司に・・・。」

紫は浩輔のことを思い出した。

「その人は何てゆうてんの?」

「エスカレートしたらコンプラ窓口に行けばいいって。」

「なっにその頼んない返事!一回でも行かなあかんやろそんなん。頼んないやっちゃな、そいつ男?いくつなん?」

「男の人で、三十八で・・・。それに・・・、」

紫は言葉を詰まらせながら意を決した。

「・・・私その人と恋愛関係なの。ていうか不倫関係。」

紫は喉に詰まっていたものを吐き出すような気持ちだった。

他人に打ち明けたのはこの三年半で初めてだった。

・・・どうして言っちゃったんだろう。

紫は即座に後悔した。

・・・軽蔑されるに決まってる。

都からの非難覚悟だった。

「・・・ああー、そんなことやろと思っとったわ。」

都から出たのは意外にも冷静な返答だった。

「紫は自分に厳しすぎるって言うか、我慢しすぎやねん。そんでどうせその男離婚なんてせえへんつもりなんやろ?」

「うん・・・、勿論。それどころか今奥さん三人目妊娠中なの。別れるつもりはないって。」

「はーあ、不倫男の常套句やな。ほんま聞いて呆れるわ。」

「いい人なんだけどね・・・、もう別れようと思ってこの間別れ話したら泣かれて、逆に向こうが強引に引き留めてきて・・・。」

「紫。目え覚まさなあかんで。そいつは別にアンタとの将来何ていっこも考えてへんで。」

都は真剣に紫の目を見て言った。

「わかってる・・・。けどまさかあんな引き留められるなんてびっくりして。」

都以外にも夏美や比奈たちからも聞いた言葉。自分の身体だけだって・・・。

「あ~あ、しょうもないなあ。ホンマ。あのなあうちも今やから言うけど、不倫に誘われたことあってん。前の職場の奴に。」

都はカミングアウトしてきた。

「えっ、そうなの。都もあるの?」

「うちもそいつのこと結構信頼しとってええ人やし、上司としても尊敬できるしな。けど、もう誘われた瞬間めっちゃキモなって。何この性欲男!ってなって。」

「そこからどうしたの?」

「勿論必要以上に話さんようにしたわ。ほんでまあ何だかんだしとるうちにうちが退職してさ。そいつ偶然うちのプライベートの連絡先知っとったから会社辞めてからも一回連絡も来たけど勿論無視したわ。彼氏もそん時おらんかったけどうちは妻子持ちだけは絶対嫌やねん。」

・・・さすが都だ。

紫はそう思わざるを得ない。

なのに私はそのままズルズル不倫関係に持ち込んで三年半も・・・。

自分が恥ずかしかった。

「紫、実家の茨城には帰ってるん?たまには実家帰ってゆっくりした方がええんとちゃうん?」

都は心配そうに見る。

「うん・・・、時々。年に数回。」

「数回!?もっと帰りいな。電車やとそんな遠ないやろ?月一とかさあ。お母さんや妹さんの顔もっと見てもっと自分の居場所作らなあかんで。」

「そうだね・・・。」

紫は都の言葉に胸が熱くなってハンカチで尚も涙を拭いた。

「・・・うちが思うにさ、紫はその会社辞めた方がええと思うわ。」

「え・・・!?」

都からの思わぬ言葉に紫は驚愕した。

「いやそら会社辞めることって簡単ちゃうで。アルバイトや派遣社員とかやないしな。新卒で総合職で入ってるもん。そら簡単に辞めたくはないと思う。けど今の環境やと紫の心身がしんどいんちゃうんかなって思うねん。ほら紫ってうちみたいに何でも外に出さんやろ?全部溜め込むやん。」

都からの言葉は少なからず当たっていた。さすが学生時代の友人だ。

夏美や比奈たちも幼少期からの大事な友人だ。だけど何と言うか、都は同じ環境下で過ごしてきて今もなおフルタイムで働いている数少ない友人だ。

「都はほんとさすがとしか言いようがないよ。何から何まで当たってる。凄いよ。」

「何ゆうてんねん、そらだいったいわかるやろ。ほんでうちコンサル業してんねんで?お客さんの事よう見てんねんから、これでも。」

「そうだよね・・・。」

「ほんでうちが思うにその部署異動の話もさ、待ってても一体何年経つかわからんし、もしかして初めからないかも知らんで。」

都は付け足しのように言う。

「それは紫を続けさせるための口実に過ぎひん。つうかそのセクハラのどスケベ男がアンタを傍に置いておきたいからやって。」

「そうだよね・・・、もう感づいてたんだけどね。」

紫は止まらない涙をハンカチで拭う。

「せやろ?会社ってホンマそんなモンやって。人の事なんて何とも思っちゃあらへん。」

都はメインのアラビアータのパスタを食べながら話す。

「うちの前の会社も結構な離職率やったからようわかるけど。」

「都・・・ごめんね久しぶりに遊びに来てもらったのにこんなこと聞いて貰って。」

「ええよ、聞くはタダやから。まあ取り合えず紫はそのしょうもないオッサンとはよ別れなあかんで!」

都は真剣な眼差しで言う。

「不倫なんて相手に離婚する気あらへんかったらやっててもムダなだけや!そいつの言うどんな甘い言葉も信じたらあかんで。なっ、紫。これはうちからのほんまのお願いやわ。うち紫に不幸になって欲しないねん。」

都は紫の両手をぎゅっと握ってきた。

「ありがとう・・・、都・・・!」

「あーあ、いつからこの子はこんな泣き虫になってもうたんやろ。泣き顔もまた可愛いけどなあ~。」

都にポンポンと頭を軽く叩かれる。

「他にもっとええ人おらへんのん?おるやろ、いくらでも。」

「・・・実は、」

紫は都に検一の存在を話した。

「えっ、何その男前!プレゼントまでくれたん!写真あらへんの!?」

都は紫に催促する。

「これだけかな・・・。」

紫はスマホを取り出し、以前ホテルディナーでプレゼントをくれた時にスタッフが写真を撮ってくれたものを見せた。

「え~!!ばりイケメンやあんっ。爽やかやし、真面目そうやし!こいつと付き合いーや!」

都は興奮気味に言う。

「紫とお似合いの男やわ!そんなしょうもないオッサンなんかと別れてはよこっちとくっつけばええやん。」

「でも・・・、ロンドンに行くことが決まってるの。八月に。」

「えっ、そうなん!?どないするん?」

「ついてきて欲しいって言われたけどさすがに即決断なんてできなくて。」

「ああ、そらそうやわ!どれくらいおるん?」

「少なくとも三年だって。」

「あー、そうなんや。遠恋できひんの?」

「だってまだ付き合ってもないのに・・・。」

「そうなんや、残念やな。けど三年かあ、結構長いし付き合ってへんかったらお互いの事まだよく知らんもんな。」

「うん・・・。」

「けどありはありやで!有通のイケメン若き係長なんてそうそうおらへん。」

「そうだよね。都ならどうする?」

「んー・・・、まあうちは遠恋無理派やからな。それで別れた事あるし。それに向こうの状況もわからへんもんな。」

「だよね・・・。」

「けどまあ、最終的に紫が判断しいよ。うちは無理やから他探すわ、合コン行きまくったりするわ。」

「あはそうなんだね。都色々とありがとう。茨城にももっと帰るよ。」

「そうやで。うちもバンバン地元の子らと飲んでるわ。」

「そうなの!?話とか合う?」

「そら皆それぞれやし、アホな話して結構終わってるで。ほんでうちが育ったとこなんてヤンキー多いしガラもそんなよくないとこやもん。地元の子らなんてめちゃ子供おるしなあ。」

「あは、うちと一緒。」

「地元はそんなもんでええねんて。うちは兄弟おらへんからそういうノリがええねんな。まあ仕事でなっかなか都合もつかへん事も多いけど。幼稚園からのツレの子とか何人かおるし。」

「そうだよね。今日はほんと色々話せてよかったよ。」

紫は心底思った。

色んな同性の友人がいるが、都が一番信頼出来て頼りになると思った。

その後紫は都と軽くショッピングをして、その日のうちに都は大阪行きの新幹線に乗って帰って行った。

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