第11話 擦れ違い

「異例の出世の早さなんだって?あの部署で課長職は。」

紫は自室で淹れたてのコーヒーを飲んでいる浩輔に向かって聞く。

久しぶりの逢瀬だった。この日は昭和の日の祝日で浩輔の家族はまた義理の実家に帰った。

「誰からそんなこと聞いたの?」

「仁川彩絵。あの子私の同期じゃん。」

紫は自分もコーヒーを淹れて浩輔の隣に座る。

「ああ・・・。そう言えばこないだ横浜に一緒に日帰り出張に行ったな。」

「え、二人で?」

紫は少し不安になる。

「そうだけど、何で?」

「ううん、どうか気になって。」

「先に言っとくけど何もないよ。向こうもあからさまに彼氏欲しい宣言してたくらいだし。」

そういう彩絵の姿が目に浮かんだ。

「帰りに軽く居酒屋でメシ食ったくらい。」

「え、二人でご飯行ったの?」

「そりゃあ部下だからね・・・。」

「そ、そうだよね・・・。でも別にご飯なしに別れても良かったじゃん。」

「だってもう出張先から出たら夜の時間帯で。腹も減ってたし・・・、まさか焼餅とか妬いてるの?」

「え・・・、ダメ?」

「そんなことくらいでいちいち妬くなよ、高校生じゃあるまいしさ。」

浩輔は心底面倒くさそうに言い放つ。

「ただの部下だよ。それに仁川じゃなくても他の奴らにも同じようにメシくらい一緒に行くだろ。」

「・・・私とは二人きりで行ったことなんて最初の時以外なかったじゃん・・・。」

あの時が最初で最後だ。

「まだ新人の頃だろ。その時は今と業務も違ってたしさあ。」

「ご飯も行けないの・・・?」

「何だよ、こないだから。ホテル行った時はルームサービス取ってるじゃん。」

「そうだけど・・・、」

「公然に堂々とレストランで食えるわけないだろ。もうお前は異動したんだし。そんなの見られたら一気に疑われる。いつものバーかここじゃダメなのか?それとも料理作るのが面倒なの?」

浩輔は若干イライラしていた。

「もう嫌だよ、私・・・。こんなの・・・。」

紫は泣き出してしまった。

「・・・こないだからどうしたんだよ?この三年そんな我儘言わなかったじゃん。紫はもっと大人で物分かりがいい女だと思ってたからがっかりだ。」

「大人なんかじゃないし、物分かりなんてよくない・・・。奥さんと別れて私の所へ来て。」

紫は涙を拭いながら浩輔に抱き着いた。

「・・・悪いけど本当にそれはできない。」

はっきりと断言された。

「・・・実は嫁が妊娠した。」

「え・・・?」

耳を疑った。

「いつ!?」

「二週間前にわかった、今初期なんだけど。」

初期って・・・。

「何か月!?」

「二か月だけど・・・。」

「今年入ってから性行為してたってこと??」

「そうだけどそれが何?」

「仮面夫婦で何年もないって言ってたじゃない、あれは違ってたの!?」

紫は完全に我を忘れていた。

「・・・そうは言っても時々はするだろ、夫婦なんだからさ。」

「夫婦なんかじゃないって言ってたじゃん、違うの?」

「形式上は夫婦じゃん、それくらいわかるだろ!もういい加減にしてくれよ、こんな面倒な女だと思わなかったよ。」

紫の時はコンドーム必須の百パーセント避妊だ。

「だからこうやって時々会って満たしてやってるじゃん。それじゃ不満なの?」

浩輔は紫の頭を撫でた。

「ううっ、うう・・・!」

紫はあまりのショックで嗚咽を漏らした。

「なあ、だから今日も抱いてやるからさ・・・。」

そう言って浩輔は紫にキスしてきて舌まで入れてきた。

「ん、んー・・・!」

しかし紫は口を離して、

「嫌・・・!」

と泣きながら言った。

「何なんだよ、ったく。何か萎えた。悪いけど今日は帰るわ。」

浩輔はそう言い捨て、携帯を取り出す。

「あ、もしもし神楽坂三丁目五番地、サニーコート神楽坂前に一台。梨木です。」

「やだあ・・・、浩くん・・・。」

紫は浩輔に抱き着いた。

「悪いけど今日はそういう気分にならないから。お前が断ってきたんだろ?」

「そうだけど・・・。」

紫はしゃっくりあげる。

もう訳が分からなかった。

間もなく浩輔はキスもなしに家を出て行った。

バタンと扉が閉まる。

その日紫は自室で夜まで泣き続けた。

勿論浩輔からの連絡なんてない。

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