第10話 疑惑
検一とはあれから一か月近く会えてなかった。向こうは新人が一気に二人も入ってきたとかで、仕事の引継ぎで毎晩十二時過ぎまで残業しているとラインで連絡があった。
浩輔とも熱海以来メッセージのやり取りだけで逢瀬はできていなかった。
それに泣き出してしまってから、会うことに何となく躊躇いがあった。
「きゃーこれ美味しそー!可愛い~♡」
黄色い声で彩絵は嬉しそうにカシャカシャと自分のスマホのカメラで目の前に並んだイチゴのショートケーキとムース、マカロンを撮影した。
「あ~、今日はほんと来てよかったあ!さすが紫、これ教えてくれてありがと!」
「ううん、絶対彩絵好きそうだと思ったから。」
紫も自分のスマホでプレートに盛ったイチゴ類のスイーツを撮影した。
四月も始まった日曜日。紫と彩絵はホテルのスイーツブッフェに来ていた。ひと月前から予約開始しており、テーマはイチゴのスイーツだ。イチゴをふんだんに使ったスイーツ類が取り放題なのだ。紫がネット広告で発見し、彩絵に早速シェアしたら飛びついてきた。
「ん~っ、春はやっぱりイチゴの季節!」
彩絵は幸せいっぱいの表情で早速イチゴのムースを頬張る。
「だねえ、おいしー。」
「紫、こっちこっち!」
と彩絵は自撮りモードにして、二人とスイーツが映るようなアングルで撮影した。
「えっとタグ付けタグ付け!#イチゴスイーツ#ホテルスイーツビッフェ#幸せいっぱい#女子会 えーっとあとなんだろ?」
彩絵はインスタグラムにアップさせるための文言を考えている。
「ちょっと私も載せるの?」
「いいじゃん、紫載せたらいいね率高まるもん。美人は宣伝効果になるの。」
「自分がいいね稼ぎしたいだけじゃん・・・。」
紫は半ば呆れる。
「細かい事いーのっ。あ、早速いいねついた!里佳子からだ。」
「そう言えば、有通の先輩とは里佳子上手くいってるの?」
「それが凄いいい感じに進んでるんだよ~。はーあ、あたしも幸せ欲しい~。」
「そうなんだ。」
紫は記憶が薄れがちな牧野と呼ばれていた先輩社員を思い出した。
「・・・ねえ紫。こんなこと言いたくないんだけどさあ・・・、」
彩絵が急に改まって話を切り出す。
「何急に?」
「・・・なんかさあ、あたし変なウワサ聞いちゃって・・・。」
真っ先に浩輔とのことが浮かんだ。
え!?もしかして誰かに見られたの?あんなに慎重に密会してたのに。
内心冷や冷やする。
「紫の部署に野々村さんっているでしょ?」
「え、あ、うん・・・。」
何だ野々村の事かと内心少しほっとした。
「あの人結婚して子供もいるじゃあん・・・。あたしはさあ信じてないけど・・・、」
彩絵は言葉を濁し気味に言う。
「え、何なの?」
しかし今度は別の不安が過る。
「何か、紫が野々村さんに言い寄ってるっていうか、紫が一方的に好意寄せてるとかって。」
・・・なっ・・・!
「何それ!!?」
驚きのあまり声を荒げた。
「私が言い寄ってる!?あいつに!?」
「う、うん・・・。」
彩絵は答えにくそうに返事する。
「ちょっと彩絵。それ誰から聞いたの!?」
「・・・あたしから聞いたって言わないでよ・・・。あたしはね、営業部の木田さんに聞いたの。皆で時々他部署の人たちも含めて木田さん主催で女子会開いてて。今回はあたしもそれに混ぜて貰ったんだけど・・・。それで・・・。」
言葉が出なかった。
あの人、私のことそんな風に陰で話してたの!?
裏切られた気持ちでいっぱいだった。
「・・・何かふたりでよく遅くまで残業してるとか、帰りに飲みによく行ってるとか。紫が野々村さんの事気に入ってるけど、本人にはその気がないとか・・・。」
彩絵は申し訳なさそうに話した。
「それ全部木田さんが話してたの!?」
「う、うん・・・。あ、あとね同じアシスタントの三上さんもいたんだけど、あの人も何となく同意してて・・・。」
「嘘・・・。」
三上というのは四十五歳の独身の派遣社員で、木田と同じグループだ。
「嘘だよねえ?そんなの。何かふたりがあんまりにも盛り上がってその話言うからさ・・・。」
「や、やめてよ!彩絵。まさか信じてるの?そんなこと絶対ないから!!それにでたらめよ。」
「だよねえ・・・・。」
彩絵はどちらともつかないような目線で紫を見た。
それどころか私はあいつにパワハラと軽くセクハラまがいなこと受けてるのに・・・。
紫はやり切れない怒りを感じた。
「何か噂好きだよねえ、あのオバさんたちってさー!あたしももうあの女子会参加しないでおこっかなあって思ってるの。」
彩絵がフォローかのように言う。
でも彩絵が聞いているということはあの部署の皆が恐らくそう思っているに違いない。
「何か野々村さんってちょっとイカつくて怖い先輩って有名じゃん?あたしはあの人より断然梨木課長だなあ~。」
突然その時彩絵が浩輔の名前を出した。
「え・・・。」
「梨木課長って凄いよね~、あたし時々仕事頼まれるんだけどさあ。指示もわかりやすいし、丁寧だし、わからないとこは教えてくれるし!システムの事も誰よりも勉強しててさあ。」
彩絵が半ば嬉しそうに話す。
「あの年で企画部の課長でしょ?異例の出世の早さなんだってねー!」
彩絵は嬉しそうに話す。
「それにさー何て言ったって愛妻家で有名なんだよ。奥さんの毎日手作りお弁当持参でしょ。休日には毎週井之頭公園までわざわざお子さん連れて行ってるんだよ。」
「へ、へえ。そうなんだ・・・。」
紫は既知の事実に適当に返事する。
「紫も覚えてるでしょ?一年と少しいたんだからさ。」
「うん、覚えてるよ。まあいい人だよね。」
「だよね~!あー結婚するならああいう人があたしいいなあ。」
・・・偽りよ、そんなの。
紫は内心毒づく。
「でも既婚者はやだしい・・・。」
彩絵が珍しくまともなことを言う。
「やっぱりそう思う?」
「そりゃそうだよー!既婚者とか一番面倒じゃん!バレたら奥さんから慰謝料取られるよ!結局そうはゆって離婚なんてしないんだもん。それにさー、男って所詮性欲じゃあん?あたしそういうはけ口にされるのだけはやだもん。」
彩絵は何の気なしに話す言葉が全て的を射ていた。
「だ、だよねえ・・・。」
「ねえ紫もさっきの野々村さんの話なんて忘れてさあ、また合コン行くんだけど参加しない?」
彩絵が凝りもせずに紫を誘ってくる。
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