第9話 重なる試練

「篠宮、これだけど。これじゃ趣旨が伝わんねーだろ!たくさー、高木さんも甘やかしすぎなんだよ!」

三月に入って、野々村は以前にも増して紫に手厳しく接するようになった。

工場との在庫調整の際、工場側で受注ミスがあったので原因の究明と今後の対策をするように紫は命じられたのでワードで簡単にレポートを書いて提出したところだ。

時刻は九時前で、営業部には紫と野々村しかいない。

通常アシスタントはここまでのことを求められないが、紫は総合職で入ったこともあり事務処理以上の業務も度々命じられた。

・・・帰りたいなあ・・・。

紫は心底思った。

「これな、電話でなくメールの対応に特化すべきっつって。年齢層たけーし、メールなんて見てる暇なんてねー奴らに何言ってるんだよ。もっと根本的な問題解決法がいるだろ!」

「・・・。」

紫はひたすら怒鳴られて、言葉を失っていた。そんな理不尽ばかり並べられても困る。

「お前何面倒そうな態度とってんだよ。いいから今週中にもう一回書き直して来いよ。」

「いえ、そんなことありません!わかりました。」

紫は渋々その返事をした。

「・・・お前まだ仕事残ってんのかよ。」

「はい。年度末なので、棚卸の処理が少しあって。」

紫はエクセルに適宜な数字を入力していく。

「これ部長に見てもらうデータなんで・・・。」

「・・・ふうん。どれだよ。」

野々村は紫の隣の席である吉原の椅子に座り込み、画面を覗き込む。

・・・やだ、何この人。距離が近い・・・。

紫は数か月前の事を思い出した。

「篠宮お前事務作業ばっかで、本当の所アシスタント嫌だろ?」

野々村は図星をついてくる。

「・・・嫌とまではいきませんけど・・・、希望職ではないので・・・。」

辞令に従ったまでだ。支店に出向になるより断然いい。

「やっぱ企画職に戻りたいの?」

「・・・。」

紫はそれには答えられずにいた。

「・・・能力もそこまでないので、私は。それに今はやっぱりもっとITに特化した人材が必要だと思いますし・・・。」

「ふーん・・・、まー人事っつーのはどういう手の回し方したか知ったこっちゃねーけどな。」

野々村は中々席を離れてくれない。

・・・この人一体何?

紫は不快感を覚えた。

「・・で、やっぱ事務処理ばっかしてたら肩も凝るだろ。」

「え?」

「いいからさ、ちょっと肩貸せよ。」

野々村は立って紫の後ろに立つ。

えっ!?

「俺さーテニスずっとやってたからよく後輩にストレッチ兼マッサージしたもんなんだよ。上手いって評判だったから。」

野々村はそう言うと有無を言わさず、紫の肩に両手を触れ親指で押し始めた。

「んっ・・・!」

思わず声が出てしまった。

「いいだろ、結構。後輩の中では寝入った奴もいるくらいなんだぜ。」

野々村は満足げに肩を揉み続けた。

確かに野々村の腕は肩こりのツボを絶妙に捉えていて上手かった。

「ほら、先輩いつもお世話になっておりますだろ。なあ。」

野々村は催促するように聞いてくる。

「・・・あ、ありがとうございます。」

紫は何とか礼を言う。

「素直でいいじゃん。これなんてよく効くだろ?」

野々村は肩甲骨をぐっと押してきた。

「あ、んん・・・。」

またまた思わず声が漏れてしまった。

「何だよ声なんて出して・・・。気持ちいいのか?」

半ば野々村は興奮しているようだった。

「あ、は、はい・・・。」

「もっと気持ちよくしてやるからさ。」

野々村はそう言うと一層指の力を込めた。

確かに快感ではあったけど、紫は同時に寒気がした。

「ほらこれなんてどう?なあ。」

「き、気持ちいいです・・・。」

「だろだろ?」

「あ、あの野々村さん。もう結構ですので十分満足させてもらいました。」

「何だよ、遠慮何てすんなって。」

そう言った瞬間、野々村の右親指がトップス越しに紫の肩にかかってあるブラ紐をすっと撫でた。

「!?」

紫は一瞬のことで何かわからなかった。

「先輩、ありがとうございます、は?」

野々村は、今度は両親指でブラ紐をなぞった。

「・・・っ。」

紫はあまりの恐怖感と嫌悪感で声が出なかった。

「ほら、言ってみろ。ありがとうございますだろ。」

「・・・あ、ありがとうございます。」

「言えたじゃねーか。お前の事は俺認めてるんだからさ。本当は部長や近藤課長にも評価を言ってやってるんだぜ。」

・・・え?そうなの。

意外な言葉に紫は内心驚く。

「それで、もし一般職の新入社員が入ってきてここに配属されたらお前のポジション別の奴に譲ってやっていいと思ってる。」

「え!?」

「そしたらお前も希望部署の異動聞いて貰えるぜ。」

本当に!?

紫は内心期待した。

あと少しの辛抱かも知れないの?

「だからさあ、頑張ってくれよ。なあ。」

しかし下着の線をなぞる野々村の手は止むことがなかった。

紫は必死に耐えた。

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