第4話

私がまだ小さな頃、義兄は毎日一つ楽しくなる話を聞かせてくれた。兄は私が全く知らない世界を知っていてその事を楽しく聞かせてくれた。それは今でも変わらなくて同じ世界を見ているはずなのに兄の目には違う世界が写っているのかも知れない…


ハッキリ言って私はとても目が悪い。それは生まれつきで三歳になる頃にはもう眼鏡をかけていた。周りと違う、私はそれがとても嫌いだった。

「ケイト!ケイト!!」

私がお風呂に入っていると私の名前を呼びながら廊下をバタバタと走ってくる兄の足音が聞こえた。近付いて来る度にその足音はぺった、ぺったと言っていた。

今日は酷い夕立が降って、そのまま今も降り続いているのだった。

兄は私の名前を呼びながらそのままリビングの方に向かっていった。そしてバタバタと何枚かのドアを開け閉めすると廊下に戻ってやっと洗面所に到達した。

「ケイト!!」

兄はそのまま勢いよく風呂場のドアを開けた。風呂場からは一気に湯気が逃げて行った。逃げた湯気は一気に兄眼鏡を曇らせた。私は湯船から首だけだして少し溜め息を吐いた。

「お兄ちゃん…私もう高校生なんだよ…」

私がそう言うと兄は「あっ」と言う声を漏らして「ごめん、ごめん」と言って一端扉を締めた。透明な扉に兄のシルエットが写っているのが目の悪い私にも見えた。

私はその影に「そう言えば急いでいたみたいだけどどうかしたの?」と声をかけてみた。兄は忘れていた様に

「雨が酷かったから大丈夫かな?って心配になって」

と言った。

「うん。キリ君が一緒だったから大丈夫だったよ」

私がそう言うと兄は「そっか、大丈夫ならいいんだ。キリ君にお礼言わないとね」と言って扉から離れた。

あっ兄が行ってしまう。私は少し慌てて声を掛けた。

「お兄ちゃん!」

呼び止められた兄はピタリと動きを止めた。

「お帰りなさい」

私がそう言うと兄は声を弾ませながら

「ただいま」

と言った。

私は兄が洗面所から出ていた音を聞くと深く湯船につかり直した。

“おかえり”“ただいま”って聞くと私は安心する。これは私が一番好きな挨拶。だから必ず言いたかったのだ…


「ただいま、ケイト」

小さい頃から両親はいつも働きに出て、私は一人で留守番してた。でも兄の“ただいま”を聞くと一人じゃなくなった。嬉しくていつも“おかえりなさい”って心から返した。

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