第14話 一億の男

 俺と同じ能力を持つ人物なんて、今までに遭遇したことがない。

 だが冷静に考えてみれば、自分以外にもあり得る話だ。

 だとしたら、まずい。カードをすり替えようものなら、きっと気付かれてしまう。


「鳴海沢君、早くしたまえ。牛歩戦術のつもりか? 政治家じゃあるまいし」


 とっくに、目の前には五枚のカードが配られていた。

 苛立ちの声を上げる小池谷を睨みつけ、カードに手をかける。

 小池谷の脳裏に見えたカードは、6とJのツーペア。またも大層な役だ。

 だが自分の手札を確認して、その目を疑う。


 そこにあったのは、6とJのツーペアだった。

 つまり今、小池谷が思い浮かべたのは俺の手札。伏せられたままの状態でだ。

 となれば奴は、俺の記憶を覗き見たわけではない。配られた時点でわかっていたということになる。

 カードに仕掛けがあるのか、それともディーラーの手腕か。仕組みがわからない以上、イカサマを理由に反則勝ちに持ち込むわけにもいかない。


 正面には表情を変えずに、相変わらずニヤつく小池谷。

 奴の手札は役なしだというのに、大したポーカーフェイスだ。

 一方こちらはツーペア。

 やっと、勝負する価値のあるカードが配られたというのに、素直に喜べない。


(普通なら押すべき場面。だが、この調子じゃ罠の可能性もある。軽く賭けて、相手の出方をうかがうか……)


 チップを二枚、そっと差し出す。

 オープニングベットは二百万。無難な金額だろう。

 そしてカード交換後に逆転されたなら、そこで降りればいい。


「やれやれ、やっと勝負してくれる気になったかね? では、レイズ(賭け金の吊り上げ)といこうか……」


 そう言って、小池谷が押し出したチップは百枚。

 思いもよらない行動に、表情を崩しそうになるが、なんとかこらえる。

 百枚といえば、一億円。役なしの小池谷が、こんな大勝負に出るのは不自然だ。

 ハッタリはポーカーの常套手段だが、イカサマ上等のこの場ではそうとも言い切れない。むしろ、確実に逆転する自信があるように感じる。


(ここは無理せず、降りておくべきか……)


 心の奥に、弱気が顔を出す。

 なるほど。賭け金の上限なしというルールが追加されたときに、幸一が拒んだのはこういうことだったか。

 小池谷とこちらでは、チップ一枚の価値が違いすぎる。

 金にものを言わせて押されれば、普通は萎縮して降りざるを得なくなる。これも奴の作戦か。だが――。


「コール(同額ベット)だ」

「ほう。勇ましいな」


 ここで降りては、小池谷の次の行動を見ることはできない。

 それに今回降りたところで、小池谷は毎回高額レイズを仕掛けてくるはず。

 そもそもこれを降りるようでは、全ゲーム降りるしかない。


 ペアになっていない一枚を裏向きに捨て、中央に積まれた札の山から一枚引く。

 スカか……。俺の役は伸びずに、ツーペアのまま。

 小池谷はといえば、一番強いKを残しての四枚交換。山へと手が伸びる。


 自信満々のニヤケ顔をこちらに向けながら、一枚、また一枚と、カードを手の内に収めていく小池谷。

 2、K、K、6……。Kのスリーカードの完成。

 表情をさらに緩め、強気の表情を見せつけてくる。

 仕組まれたのか、それとも小池谷の運か。

 振り返ってみるが、なんの反応もない幸一。怪しい行動はなかったのだろう。

 確かに小池谷を睨みつけても、なにかをしたという映像は浮かんでこない。


「さて、さらにレイズといこうか」


 賭け金のさらなる追加のために、手元のチップへと手を伸ばす小池谷。

 奴の手を開かせるためだけに、これ以上の授業料を支払うのは無駄金。

 このゲームは、敗北を認めるしかない。


「フォールドだ」

「フフン。ここで降りたら一億が無駄になるが、いいのかね?」

「あんたこそ残念だったな。三億賭けておけば、勝負を終わらせられたのにな」

「あっさりと終わってはつまらんから、手加減してやったというのに……。口の減らない小僧だな。まあいい。配当金代わりに、そいつもこっちにもらうぞ」


 黒服に連れていかれる幸一。

 そして麗子と同じく手錠をかけられ、彼女の隣に並べられる。

 強がってはみたものの、高すぎる授業料だった。

 しかし、あまりにも出来過ぎた展開に、ディーラーを疑う。


「ディーラーさん。あんた、いい腕だね」

「そ、それはどうも……」


 俺の言葉に愛想笑いを浮かべ、すぐに次のゲームの準備に入るディーラー。

 なるほど、やはり彼の手腕か……。

 手札は見透かされ、ディーラーによってゲームまでコントロールされている。

 真っ当な勝負は、まったく通用しないと見た方が良さそうだ。


(こちらがツーペアなら、交換するカードは一枚、もしくはノーチェンジ。それを見越して、小池谷の手にKを二枚送り込めるように山を積んでおいたのか……)


 こうなると、切り札に賭けるしかない。

 だが、手持ちのカードはクラブのAのみ。

 活かせる場面の到来まで、辛抱が続く。


「……フォールド……」


 ひたすら繰り返される、フォールド。

 小池谷の嬉しそうな表情が、さらに活き活きとして見える。

 それでも今は、耐えるしかない。



「降りてばかりじゃ勝てんぞ? たまには勝負してくれんと、つまらんな」

「まあ、見てなよ」


 強がるセリフも、さすがに言葉数が少なくなる。

 これ以上負けが込めばジリ貧。チャンスが訪れても賭け金がなくなってしまう。

 天井を仰ぎながら、差し出す参加料。

 そしてディーラーから、また五枚のカードが配られる。


 ダイヤA、ハートA、スペード9、クラブ8、スペード4。

 祈りが通じたのか、はたまた罠なのか。

 やっと訪れた、切り札を活かせそうなチャンスの到来。

 オープニングベットとしてチップを二枚、そっと差し出す。


「久しぶりに勝負かね。ならば、またレイズといこうか」


 さっきと同様に、小池谷はチップ百枚のレイズ。

 この先、これ以上のチャンスが訪れる保証はない。ここは腹をくくる場面。


「もちろん、コールだ」

「その威勢が、悲鳴に変わらないといいがな」


 小池谷の手札は、クラブJ、ダイヤ2、ハート9、ダイヤ7、ダイヤK。

 さて、何枚カードを交換するべきか……。

 正解は一枚だ。

 手札のスペードの4を捨て、山から一枚引く。引いたのはダイヤの8。これでツーペアの完成。

 想定以上の手役だ。きっと渾身の大勝負に、天も花を添えてくれているのだろう。


 そして小池谷は、またも四枚交換。思った通りだ。

 気合を入れるような素振りで、山から一枚ずつ引く小池谷。

 ここが特訓の成果の見せどころ。隙をついて、右袖に隠しておいたクラブのAを、スペードの9とすり替える。


 予想通り、小池谷の役はKのスリーカード。

 こちらの手はツーペアだと思い込んでいるのだろう。また余裕たっぷりに、その憎たらしいニヤケ顔をこちらに見せる。

 準備は整った――。


「レイズ。オールイン(全額ベット)だ。俺の身体も含めてな」

「ほほう。起死回生の一発となるのか、はたまた勝負に終止符が打たれるのか……。楽しみだな。もちろん、コールだ」


 小池谷は口角を上げ、勝ち誇った笑みで手札を開いて見せる。

 しかし次の瞬間、その表情を強張らせ、目尻を釣り上げた。俺の開いた手札に目を釘付けにして……。


「――フルハウスだ」


 しばらく茫然としていた小池谷だったが、右耳に手を当て、なにやら聞き取っている素振り。

 そして、その顔をみるみる紅潮させると、険しい目つきでこちらを睨みつけた。

 さらにテーブルに手を付き、ゆっくりと小池谷が立ち上がったときだった……。


「――この野郎! てめえ、今イカサマしやがっただろう!」


 突然、横から飛び出した人影に胸倉を掴み上げられ、呆気にとられる。

 思ってもみない方向からの襲撃に椅子から転げ落ち、床に叩きつけられた。

 馬乗りになっているのは啓太。

 ここで裏切りか。俺を売って手柄を立てようなんて、こいつの考えそうなことだ。




「――観念しろよ。この吉沢啓太さまが、イカサマの証拠を突き付けてやんよ!」

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