第15話 反撃の男

「――てめえ、今カードすり替えやがっただろ。俺には見えたぜ。こんな大一番でイカサマたあ、いい度胸だ」


 横から血相を変えて、掴みかかってくる啓太。

 その勢いに、椅子から転げ落ちる。

 さらに首根っこを掴み上げられ、今度はポーカーテーブルの上へと身体を打ち付けられる。情け容赦ない振舞いだ。

 この期に及んで裏切るとは。俺の身を売って、借金を帳消しにでもしてもらう腹積もりか。


 緊迫した勝負が一転して、取っ組み合いの喧嘩。

 この騒動には小池谷もさすがに我慢ならないのか、語気を荒げる。


「コラ! やめろ! やめないか!」

「いいや、こいつはここへ来たときから、いけ好かなかったんスよ。小池谷様に生意気な口ばっかり叩きやがって、許せねえ」


 小池谷の制止もお構いなしに、本気で殴りつけてくる啓太。

 もちろん、やられっぱなしでいるわけにはいかない。腹を蹴り返しての応戦。

 だがここは、小池谷のホームグラウンド。あっという間に黒服に囲まれ、反撃もここまで。

 両腕は背中に回され、後頭部を掴まれたまま顔の形が変わりそうなほど、ポーカーテーブルへと押し付けられる。

 そのまま上着を剥ぎ取られ、すぐさま入念に全身のボディーチェック。


「イカサマとは、せっかくの勝負に水を差してくれたものだな。残念だよ、こんな形で決着がつくなんて……」


 小池谷の大層なお言葉。

 そもそも、イカサマをしていたのはそっちの方だ。

 だが、こちらの手の内が覗き見られているなんて、証明できるはずもない。


(さすがに、この状況はまずいな……)


 次に取るべき行動を、頭の中で思い描く。

 だが、妙だ。いつまでも執拗にボディーチェックが続き、証拠を突き付けてくる気配がない。

 後頭部を押さえつける手が緩んだので、辺りを見回し現状を確認。

 上着を未だに丹念に調べているところを見ると、すり替えたカードは見つかっていないらしい。


 そこかしこに散らばったカードもかき集められ、念入りに確認される。

 だが、7並べの要領でテーブルに置かれたカードは、増減なく一組分。

 それを見て、苛立ちの声を上げたのは小池谷。


「おい! 一体どういうことだ。カードのすり替えがあったんじゃないのか!?」

「すんません! 見間違いだったかも知れねえっス」

「こちらも見つかりません……」


 納得のいかない顔で黒服から俺の上着を取り上げ、自ら念入りに調べる小池谷。

 全てのポケットをまさぐり、さらには揉みくちゃにして、異物の有無も調べたようだが、どうやら物証は出てこなかったらしい。

 よほど悔しかったのだろう、小池谷は真っ赤な顔で俺の上着を床に叩きつけた。


「くそっ!」

「で? この落とし前はどうつけるつもりなんだ?」

「イカサマはなかった。だから、今のゲームは貴様の勝ちだ。それでいいだろう」

「良いわけがあるかよ! 人をイカサマ呼ばわりするからには、それ相応の覚悟ってもんが必要だろうがよ」

「どうしろというんだね」


 証拠さえ出なければイカサマではない。

 ここはイカサマがバレなかったのを良いことに、強気に出る。


「――倍払いだ。それで手を打ってやる。オールインで賭けた五千万と俺の身体、合わせて一億五千万の倍で三億。これぐらい安いもんだろ?」


「わかった、払ってやる。だが小僧、調子に乗るなよ……」


 震え声で、負け惜しみの小池谷。

 口角を上げニヤリとしてみせるが、目が笑っていない。

 しかし、どうしてすり替えたカードが消えたのか。


 床に叩きつけられた上着を拾い、埃を払って差し出す啓太。

 ヨレヨレになってしまったが、受け取って袖を通す。

 そして衿を整え、軽くシワを伸ばし、何気なくポケットに手を突っ込む。


(こいつは……)


 手に触れたのは間違いない、カードの感触。

 啓太に視線を向けると、素知らぬ素振りでそっぽを向いた。


(まいったな……。あんな奴に、でかい借りを作るなんて……)




 イカサマ騒動もひと段落。しかし、場の空気は明らかに混沌としてきた。

 今回のゲームで三億の配当。

 人質に取られていた三人が手錠を外され、こちら側へと引き渡される。

 とはいえ、勝負はどちらかが全てを失うまで。まだあと十二億勝たなければ、無事にこの部屋からは出られない。

 そしてまた、次のゲームが始まる……。


 配られたカードは絶好の手札。既にKのフォーカードが出来上がっている。

 そして向こうはといえば、見事なまでにバラバラらしい。ワンペアすらも出来ていないようだ。

 そして激しくイラつき、手札をテーブルに叩きつける小池谷。

 勢い余って、表を見せる三枚のカード。わざわざご丁寧に、自分の安手を晒しているようにすら見える。

 舌打ちをしながらカードを拾い集め、さらに苛立った声で賭けを催促してくる。


「ちっ! 早く賭けたまえ。それとも『降り』かね?」


 ディーラーをチラリと見上げると、一瞬目が合う。

 そしてすぐさま、外される視線。


「そうだな……。ツキが回ってきたようだし、ここは大きく勝負と行こうか」

「くそっ、調子に乗りおって。小僧が……」

「全額いかせてもらう。オールインで四億五千万の勝負だ」

「待て、待ってくれ! 少し落ち着いた方がいいぞ、鳴海沢君」


 強気の賭けを、慌てて制止したのは幸一。

 その声に振り返ると幸一だけでなく、麗子とその父親までもが首を縦に振って、幸一の意見に同調する。

 だがその助言を、快く思わなかったのは小池谷だった。


「せっかくの勝負に、水を差さないでもらおうか。それに、彼はもう宣言を――」

「心配すんなよ、引っ込めるつもりはない。四億五千万の全額勝負だ」

「いい心がけだ。勝負はこうでないとな。もちろん受けてやる、コールだ!」


 降りないとわかった途端に、雰囲気を一変させたのは小池谷。

 さっきまでの苛立ちは嘘のように、穏やかでいて力強い口調。

 小池谷は、わずかに口角を上げ、不気味なまでに眼光を放ってみせた。

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