第13話 一億の女

 衆人環視の元、いよいよ始まる総額十六億円の大勝負。

 VIPルームの緊張感も、いやが上にも張り詰める。

 衆人環視と言っても、一般客などいない。そのほとんどは、黒服に身を包んだ店員たち。その中には、ちゃっかりと啓太の姿もある。


 小池谷の周囲は特に物々しい。

 すぐ横には十二億円の札束が積まれ、しっかりと見張る警備の二名。

 後ろには三人。その内の一人は、いつぞやの啓太の勤めるホストクラブの、眼光鋭い例の店長。きっと、この三人は幹部クラスなのだろう。


 ポーカーテーブルの右側にはディーラー。

 さっそく真新しいトランプの封を切り、シャッフルを始める。

 カードマジックのショーのような、見事な手際。それだけでも充分な見世物だ。

 だが、見とれている場合ではない。

 ケースから取り出した新品のトランプは、規則的に並んでいる。

 その法則を利用すれば、意図的にフラッシュやストレートを配ることも可能。これほどの店が雇うディーラーなら、それぐらいの腕は持っていると思った方が良い。


「シャッフルがちゃんとされてるか、抜き打ちで確認させてもらってもいいよな」

「疑り深いな。好きにしたまえ」

「用心深いって言ってくれ。さっそく見せてもらうよ」


 受け取る五十二枚のカード。表にして札の偏りを確認する。

 さらに、おぼつかない手つきで自分なりにシャッフルし、ディーラーへと返す。


「気は済んだかね? それじゃさっそく、参加料を……っと、百万なんて持ち合わせているはずがないな。両替してあげようじゃないか、一億」

「申し訳ないけど麗子さん、しばらく我慢してもらえますか?」

「わかりました……。でも、なるべく早いうちに助けてくださいね」


 ウィンクをしながら、麗子は小池谷側のテーブルへと歩み寄る。

 黒服が見せた手錠に、素直に両手を差し出して応じる麗子。

 そして連れて行かれたのは、ディーラーの後方に立つ父親の隣。

 自らも人質になったというのに、麗子は身体を寄せ、その表情を少し緩めた。


 麗子の犠牲と引き換えに手に入れたのは、目の前に差し出された百枚のチップ。

 これで一億ということは、一枚百万ということか。


「そのチップを一枚差し出せば、いよいよゲームの開始だ。覚悟はいいかね?」

「望むところだ」


 小池谷とのポーカー勝負。

 自分を含めて四人の人生を巻き込んだ、無謀な賭け。

 だが今は、親父と同じ舞台に立ったことで、たかぶる気持ち。高揚感。

 置かれている状況なんて二の次だ。


 参加料として一枚のチップを差し出す。

 すると、見事な手さばきで配られる、五枚のカード。

 手は7のワンペア。最初はこんなものか。

 さて、相手の手は……。


(これは……。俺の手……)


 小池谷が脳裏に浮かべたのは、明らかに俺の手札。

 こんな余興を開催するからには、何かあるだろうとは思っていたが、こういうことだったか。きっと背後に、隠しカメラでも仕込んであるのだろう。


 だが、この程度は想定内。

 いやむしろ、これでこそカードをすり替える作戦が効果的というもの。

 小池谷が勝利を確信できるからこそ、大勝負に持ち込める。そして、すり替えでその結果をひっくり返すという筋書き。

 もちろん幸一は、俺が相手の手の内を覗き見ることができるのは知らないが、いい作戦を立ててくれたものだ。


「ニヤニヤしやがって、いい手が入ってるようだな」

「君との勝負を楽しみにしていたものだから、つい笑みがこぼれているだけだよ」


 勝ち誇ったような笑み。そして蔑む目。

 普通に考えれば、相手の手がわかっていて負けるはずはない。

 そんな憎らしい面構えの小池谷の目を見つめると、違う五枚のカードが浮かぶ。この五枚が奴の手札だろう。


 ――Kのスリーカード。


 何枚交換したところで、上回る役ができるとは思えない。降りの一手。


「フォールド(降り)だ」

「おや。賭け金の多さにビビッてしまったかね?」

「あんたこそ、よほど勝つ自信があると見える。まるで、相手の手の内が見えているかのようだ」

「何を馬鹿なことを……」


 こんな言葉でボロを出すとは思えないが、牽制の一言を突き刺す。もちろん表情には、余裕の笑みさえ浮かべて。

 小池谷も一笑に付して、最初のゲームは終了。参加費分のマイナス百万。

 使用したカードは全て集められ、廃棄。もったいない話だ。


 気を取り直して、参加費のチップを前へ。

 その場で開封された新しいカード。念入りにシャッフル。

 そして、ディーラーから五枚のカードが配られ、次のゲームが開始される。

 今度は椅子に対して斜めに座り直し、やや横向きの体勢でカードを取る。


(すり替えようにも、カメラの場所ぐらいは把握しておきたいな……)


 小池谷の目を見れば、またも手札を見抜かれたのは一目瞭然。カメラは複数あるということか。

 今回の手札は役なし。そして向こうはツーペア。賭けるだけ無駄だ。


「フォールド」

「どうした? 賭けなければ、寿命は延びるが勝ちはないぞ?」

「そう焦るなって。せっかちは早死にするぞ」


 手札を伏せ、二ゲーム目もなす術なく終了。

 そして、三ゲーム目へ。

 今度は伏せたまま手元まで手繰り寄せ、身体に沿って胸元まで持ち上げた後、手で覆い隠しながらチラリと手札を覗き見る。


 またしても役なしか。厳しい状況は続く。

 そして、小池谷はといえば……。

 奴の手札を確認するために、目を合わせて驚く。


(これでも、手の内がバレるというのか?)


 これ以上ないほど、慎重に手札を確認した。

 背後からも、左右からも、そして天井からも見えるはずがない。

 ディーラーからも、合図を送ったようには見えなかった。


「フォールドだ」

「やれやれ、またかね。このまま三百ゲームを降り続けるつもりじゃあるまいな? そんなことをしたところで、ワシは根負けはせんよ」

「あんたに、根気なんてものがあるとは思えないけどな」

「おい、ディーラー。なんとかならんのか? こうも白けた展開では、盛り上がりに欠けるじゃないか」


 苛立ちの矛先を、ディーラーに向ける小池谷。

 だが、彼は無言で機械的に封を切り、新しいカードのシャッフルを始める。


 まだ、始まって三ゲーム。

 しかし、大きな気がかりができてしまった。

 奴は隠しカメラで手札を見ているわけではない。となると……。

 一つの疑念が浮かび、少しばかり背筋がざわつく。




(――まさかこの男も、俺の記憶が見えるのか?)

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