ある猫の話③

 次の日も、その次の日も、あいつは公園に一人で立っていた。

 あいつは俺に気づくと嬉しそうに近づいてきて、必ず食い物をくれた。

 俺が食い物を食べていると、そいつは色んな話を俺にしてくる。

 たぶん、今日の出来事を話しているんだろうが、言葉の意味を知らない俺にはほとんどが何の話なのかさっぱりわからない。

 だけど、あいつの笑顔を見てると、なんか気分が良くなるんだよな。

 だから、いつも何にもわかんねぇくせに、あいつの話を聞いている俺がいる。

 ……気分が良いのは、うまい食い物が食えるからか?




 あいつと出会ってからしばらく経った、ある日の朝。

 今日も朝から雨が降っていて、俺は早めに食い物を探しに出ていた。

 昨日もあいつから貰った食い物を除けば収穫は乏しく、今日はいつもは通らないところにも足を運んでみることにした。

 でも、それは失敗だったな。

 ここら辺はやたら小さい人間様が多くて、動きにくいったらありゃしねぇ。

 こそこそ隠れるように歩いていると、少し離れた場所に見慣れた奴がいた。


「……ありゃあ、あいつじゃないか?」


 ここ最近、ずっと会っているから間違えようがねぇ。

 だが、何で下向きながら歩いてるんだ?

 しかも、俺と会う時はいつも笑ってるのに、今日は暗い顔してやがるし。

 俺は周囲の小さい人間様達を見て、はたと気づいた。

 あいつ以外の小さい人間様は、皆誰かしらと話しながら、楽しそうに歩いている。

 だけど、あいつは、一人だ。

 誰に話しかけるでも話しかけられるでもなく、一人でずっと歩いている。

 あいつ自らそうしたいのかと思ったが、顔を見ればそんなこと無いのは明らかだ。


「寂しいなら、話しかければいいのに」


 今のあいつを見てると、胸が苦しくなる。

 俺はその場に居たくなくて、他の人間様に見つからないようにしながら離れた。


「……なんだよ、あいつ」


 人間様がいなくなった所で俺は立ち止まり、さっきの光景を思い出していた。


「楽しくねぇなら行かなきゃいいのに」


 人間様には人間様の社会があって、あいつが「がっこう」とやらに行かなきゃならねぇのは分かってる。

 でも、あいつがあんな顔するなら、行かせたくねぇ。


「……何で、俺はそう思ってるんだ?」


 あいつのことを思うと胸が痛む。

 今まで、人間様にこんな感情を抱いたことなんかなかった。


「何で……あいつの傍に居たい、なんて思っちまうんだ?」


 もしも、俺が人間だったなら。

 あいつと同じ、人間の子供だったら。

 あいつに、あんな顔をさせずに済むのに。


 そんな考えが頭の中でグルグルと回り、食い物探しが全く身に入らない。

 ただ歩き回るだけの時間を過ごして、気がつけばいつもあいつが公園にいる時間になっていた。

 公園に行くと、何人かの小さい人間様が遊んでいる。

 いつの間にか、雨は止んでいたようだ。

 公園の中であいつの姿を探すと、いつもと同じ場所に一人で立っていた。

 今まで、あいつがどんな顔して立っているかなんて気にしたことがなかった。

 あいつは、目の前で遊ぶ他の人間様を羨ましそうに眺めていた。

 その顔を見て、俺の胸がさらに締め付けられる。

 俺はなんとか足を前に踏み出し、あいつに近づく。


「あっ、猫ちゃん!」


 さっきまでの様子が嘘みたいに、そいつは満面の笑みを俺に向けた。


「今日はね、にぼしをいっぱい持ってきたんだ!」


 いつものように目の前に差し出されたが、今日はなかなか食べる気になれねぇ。

 そんな俺の様子を不思議に思ったのか、そいつは俺の顔を覗き込んできた。


「どうしたの? 具合悪いの?」


 そいつが悲しそうな顔をしていたので、俺は慌てて「にぼし」に食らいついた。


「そんなに急いで食べると喉に詰まらせちゃうよ」


 目の前のこいつは、楽しそうに笑った。

 ……いや、こいつは本当に楽しいと思ってるのか?

 俺に話しかけることで寂しいのを紛らわしてるだけじゃないのか?

 いつもなら美味しいと思えるはずの食い物が、今は何の味もしなかった。

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