ある猫の話②

 あの後、少し待ったら運良く雨が止んだから、俺は公園から出た。

 あのまま公園にいると人間様に見つかるかもしれないからな。

 そんで、俺は寝床に戻った。

 最近の俺の寝床は「じんじゃ」とか言う建物の下だ。

 そこには誰も来ないし、周りに生えてる草が俺を隠してくれるので万が一にも人間様がやって来ても安心だ。

 本当は人間様が出歩かない夜中に食い物を探しに行きたいんだが、道は雨でびしょ濡れだし、眠気の方が強くて寝床に着いてすぐに俺は眠っちまった。

 朝日が差し込むくらいに起きると、また雨が降ってた。

 たまにあるよな、ずっと雨が続く時。

 今日は昨日よりマシだが、またびしょ濡れになって食い物探さねぇといけないのか。

 まあ、文句ばっか言っても腹減って死ぬだけだ。




 この日の雨は、日が暮れる前に止んだ。

 昨日も雨だったせいか食い物がほとんど見つからなくて、俺はまだ食い物を探してフラフラと歩いていた。

 別に意識したつもりはなかったが、いつの間にか、昨日の公園の前にいた。

 いつもよりは少ないが、今日は小さい人間様が何人か遊んでいる。

 昨日会ったあいつのことを探してみたけど、遊んでる奴らの中にはいないな。


「……ん?」


 遊んでる人間様達からだいぶ離れた場所――昨日俺が雨宿りしてた所の近くだ――に、あいつが立っていた。

 昨日会った小さい人間様は、遊んでる奴らのことをじっと見つめている。


「あいつ、何してんだ?」


 普段の俺だったら、たとえ気になっても人間様に近づくような真似はしない。

 だが、この時は何故か、俺はそいつに近づいた。


「……昨日の猫ちゃん?」


 俺に気づいたそいつは、すぐにパアッと笑顔になった。


「また会えるなんて思ってなかったよ。傘、君の役に立ったかな?」


 そいつは右手に「かさ」を持っていた。

 昨日、俺が雨に濡れないようにそいつが置いていったやつだった。


「おう、ありがとな」


 目の前の小さい人間様には伝わらねぇだろうけど、それでも感謝の気持ちは伝えておきたかった。


「あ、そうだ」


 そいつは突然背負ってた黒い箱を下ろして、中から小さな袋を取り出した。


「今日、君に会えるかなって思って、家からにぼしを少しだけ持ってきたんだ」


 そいつは袋に手を入れて、俺の目の前に中から出したものを差し出した。

 それは、干された小さな魚だった。

 確か、「にぼし」だったか?

 こいつの他にもこれをくれた人間様がいたから知っている。

 空腹に耐えかねて貪り食いたくなったが、何かされないとも限らねぇから、何とかこらえた。


「君のために持ってきたんだ。気に入ってくれるといいんだけど……」


 なかなか食べようとしない俺に、そいつは不安そうな顔を向けてくる。

 妙なことを考えてはいなさそうだ。

 俺は念の為に臭いを嗅ぎ、それを少しだけ齧った。


「……うまい」


 腹が減ってたせいか、その「にぼし」は予想外にうまかった。

 気がつけば、俺は夢中になって食らいついていた。


「ふふっ。そんなに慌てて食べなくてもまだいっぱいあるよ」


 そいつは俺の目の前に沢山の「にぼし」を置いた。


「ホントに全部食っちまっても良いのか?」


 俺がそう聞くと、そいつは何も言わずニコニコと俺を見つめていた。

 まあ、俺の言葉が通じるわけねぇもんな。

 俺の目の前に置いたってことはくれるってことだろ。

 俺は食欲に身を任せて「にぼし」をガツガツと食らった。


「……ねえ、猫ちゃん」


 しばらく「にぼし」を食べていたら、不意に小さい人間様が俺を呼んだ。

 何気なく顔を上げると、そいつが手を伸ばし、俺の頭をそっと撫でた。


「これから毎日、君に会いに来てもいいかな?」


 人間様に撫でられるのは初めてじゃない。

 でも、いつもは撫でられているのが気持ち悪くて、ちょっと撫でさせたらすぐに人間様を追っ払うのに。

 そいつの手が、あったかくて。

 いつまでも撫でられていたい、なんて柄にもないことを思ってしまって。


「猫ちゃんはあったかいね」


 小さい人間様が満足するまで、俺は黙って撫でられていた。

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