ある猫の話①

「クシュッ!」


 あー、寒い。

 冷たい雨が降り注ぐ中、俺は公園の木の下で雨宿りをしていた。


 俺は野良猫。

 人間様からそう呼ばれてるだけで、そういう名前ってわけじゃない。

 俺にそれ以外の名前があるわけでもないから、そう名乗ってるだけだ。

 飼い猫は家で人間様に甘やかされて、ぬくぬくと暖かい空間で美味しいものを食ってるんだろうが、野良猫はそうはいかない。

 その日の食い物を探すために人間様が捨てたゴミを漁ったり、時には人間様に甘えておこぼれを頂戴したりしなきゃいけねぇ。

 暖かい空間なんて、日当たりの良い場所か「くるま」とか言うデカいやつの中とか、その下くらいだな。

 でも、「くるま」に近づくと人間様は怒って、俺みたいな野良猫は追い返されちまう。

 だから、暖かい空間にずっと居続けるなんてことはできねぇ。

 それに、人間様に見つかったら酷い目に遭う時もある。

 食い物をもらおうとして近づく人間様を間違えると、殴られたり石を投げつけられたりする。

 追い払われるだけならまだマシだ。

 食い物をもらえないだけで、命の危険はないからな。


「……今日は静かだな」


 この公園はいつも小さい人間様が多い。

 けたたましい声を上げて遊んでいて、うるさいったらありゃしねぇ。

 だが、今日は小さい人間様どころか、人間様が一人もいねぇな。

 まあ、雨だからか。

 人間様だって雨に濡れるのは嫌なんだろ。

 俺だって嫌だけど、人間様みたいに雨を防ぐものは持っていない。

 だから、こうして木の下で雨宿りするしかないんだよな。

 枝から雨水が滴ってくるから完全に濡れるのを防いじゃくれないが、ずぶ濡れになるよりはずっと良い。


「ん?」


 雨が止む気配は無いが、せめて弱まるまで待とうと思っていたら、公園の入口近くに誰か立っているのが見えた。

 こちらに近づいてきたので、俺はここからさっさと移動しようとした。

 ……が、それより先に向こうがこちらに気づいたみたいだ。


「……ねこ?」


 小さい人間様が俺の近くに寄ってくる。

 見た感じはオスのようだが、俺には人間様の性別はちゃんと見分けられないから合ってるかわからん。

 性別はわからないが、何をしようとしているのかは検討がつく。

 たぶん、俺をいじめるんだろ。

 殴ったり、蹴ったり、石投げたりして。

 もしかすると拾おうなんて考えているかもしれないが、拾われてもどうせまた捨てられるんだ。

 俺はそういった猫をよく見てきた。

 拾われていったと思ったら、また元の場所に戻される。

 俺も一回経験したが、やかましい人間様の怒鳴り声を聞いて元の場所に戻されただけで、何も良いことは無かった。

 どちらにしろ、俺にとって良いことは無い。

 こうなったら、威嚇して追い払ってやる。


「フーッ!」


 小さい人間様がビクッと身体を揺らす。

 よしよし、これでここからいなくなるだろ。

 だが、そいつは俺の目の前でしゃがむと、手に持っていたものを俺の側に置いた。

 これは確か、「かさ」とか言ったか?

 開いた状態で置かれたから、「かさ」は俺の身体を覆って雨を防いでくれている。


「な、なんだお前。何がしたい!」


 人間様に俺の言葉が通じるわけないが、思わずそう言っていた。

 こんなことする奴は初めてだ。

 そいつは「かさ」を置いた後、すぐに立ち去っていった。

 ここにこれを置いていったら、お前がずぶ濡れになるのに。

 どうすりゃいいんだよ、これ。

 ……でも、身体が濡れないのはありがたいな。

 置いていったってことは俺にくれたんだよな?

 持ち歩きはできないが、ここには人間様もいないし、雨が止むまで快適な雨宿りができそうだ。

 人間様なんてロクでもない奴しかいないと思ってたが、あいつみたいな奴もいるんだな。

 あいつには、ちょっとだけ感謝してやってもいいかもな。

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