第6話 討ち取った勝利



「グオアアアアアアアアア!!」

「ああそうですか、不快極まりないご様子…自分の都合の良い展開に運べなかった事がそんなに気に食いませんか」

「グオオオオオオ…!ギアアアアア!!!」

「軟弱な精神が…だから黒点に目を付けられるんです、よ!」


マシューの声に呼応する様に馬吉良は大きく唸り、ドスドスとこちらに向かって駆けだす。

下半身から生えた肥大化した手や足があっちやそっちに動かす馬吉良の姿は人間には見えず、もはや魑魅魍魎に近い。

ふいにマシューがこちらを振り向く。


「この場を離れてはいけませんよ」

「え?」


言うだけ言ってマシューは高らかにジャンプする。目の前で青い光が微かに瞬いたと思えば、気づけば目の前まで馬吉良が迫ってきていた思わず体が後退しそうになるも先程のマシューの言葉に身体がその場にとどまる。

瞬間、バチイイイッ!と派手にイブキの目の前にある透明な壁にぶつかる馬吉良。あまりの反動にイブキも跳ね返りそうになるも無傷であった。

その代わり10mの巨体となった馬吉良が大きくズシンと音を立てて転がる。

「はは!」と笑い声が聞こえ、イブキが声のする方を向けばマシューが愉快そうに笑みを浮かばせ空中に立っていた。


次いで起き上がろうとする場吉良にマシューは杖で狙いを定め振りかぶり、そのまま馬吉良の喉元目掛けて急降下する。

ぐんっと空間が歪んだと思えば、マシューは馬吉良共々床をぶち破りそのまま下へ下へ物凄い勢いで床を壊しながら落ちて行った。

破壊音が幾つも響き、一際大きな重低音がズシンと城を揺らし音が止んだ。

恐る恐るイブキが大きく空いた床から下を見下ろせば遥か下、一階で馬吉良が倒れ伏し奴の喉元あたりでマシューが立っていた。



マシューはヒールがついた革靴でぶよぶよで硬い肉を踏みつけながら、馬吉良の喉元に深く杖を突きさしていた。

苦しそうに馬吉良が「グギギァァァ…」と唸るのをマシューは見下ろしながら鮫歯を見せつける様に笑う。


「わかりますか?正義の前で、悪はどんなに無力なのか…その身をもって、罪を償うがいい!」

きらりと光る杖の先端。それは、肉の間で眩く輝き隙間から青白い光が幾重にも直線状になって漏れ出したと思えば、ばふんと大きく黒い煙が弾ける。

刹那、それは大きな突風を呼び上階に居たイブキは程なくして下から湧き上がる黒い渦と風が襲い掛かった。

そして彼岸花の群れに飛ばされそうになるも姉と母と侍女数名を掴み上空へ舞い上がる事を免れようと必死に床に食らいつく。

視界を奪う程の黒い吹雪がびゅうびゅうと吹き付ける中、微かに目を開ければそれはこの城の一階から吹き荒れる風だけではなかった。


女ノ国のありとあらゆる場所からその黒い渦が天へ向かうように吸い込まれ、彼岸花だけでなく町にある馬吉良たちの旗や鬼を飛ばした。


どれぐらい経っただろうか、嵐とも言える黒い突風は止み、ばさっとイブキの髪が重力に負けて降り、母や姉達の体重がイブキの体にずっしりと寄り掛かった。

「うっ」とイブキが床に倒れ伏し、ぼろぼろの床に頬をぴたりとくっつけ「終わったのか…?」と呟けば、イブキの視界に映る大きな穴からマシューが宙に浮きながら出てきた。

イブキは驚き衝動のまま上半身を勢いよく起き上がらせマシューを見つめる。

マシューは傷一つついておらず、その手には杖と、首根っこを掴まれ宙ずりになったボロボロの普段の馬吉良が目を回して存在していた。


「馬吉良は、どうなったんだ?!」

「黒点を抜き一時的に気を失っています。が、後遺症で先程の記憶は残っておりませんので、把握を」

「そう、か…あ、母様……母上達はどうなる?大丈夫なのか?」

「それは、今から」


マシューが杖を持つ手で帽子をかぶり直し、ぱっと馬吉良を無情にも手放せば床にどすんと落ちた。

それでもぴくりとも動かない様子を見れば、成程相当深く意識を失っているのであろう。こいつがあのバケモノになっていたとは、末恐ろしいものだとイブキは一人戦慄した。

そしてマシューは空いた手で杖の持ち手を翳すと、ダイヤに輝く宝石で出来た装飾が強く、そして大きく光りだした。

カッ!と視界を白が埋め尽くしイブキが目を開けていられず一瞬目を瞑れば、その光は本当に一瞬で次に目を開ければ辺りを異国の匂いがふわりと漂った。


微かに青い花弁が舞ったと思えば、水平線が白く空は薄青く広がっていた。

息を吐き出せば朝独特の冷えた風が緩く吹き、息が白く吐き出された。


「(雲が、白い……)」

ふう、とイブキが視線を空から前に戻せばいつの間にかイブキの目と鼻の先にマシューが顔を覗いていた。

あまりの距離の近さに思わずイブキが声にならない悲鳴を上げ、腰が上がりそうになるも、自分の体に寄り掛かる姉達の存在にイブキは後退できず首だけを後ろに倒す他なかった。

そんなイブキの反応ににやりと笑ったマシューが腰に手をやり片手で自身の顎をさすりながら、中腰になっていた姿勢から姿勢よく直立に立ち直す。


「いやはや…近くで見てもまごうことなき女子の顔…男であるという事が未だに信じられませんよ」

「う、るせえ…!そんなことより、今のは一体何なんだ!」

「先程から質問ばかり、鬱陶しいですね……今のは黒点に関わった被害者達の記憶を操作する魔法です。貴方のお母様や民衆の人々は先程の惨状を忘れ、代わりに違う記憶を差し込ませて頂きました」

「違う記憶?」

「空から隕石が降ってきた、と」

「はぁ?!なんだそれ、もっとマシな理由無かったのかよ…!」

「失礼ですね、城の天井から一階まで出来た大きな穴、そして国の荒れ果てた惨状から思いつくのにこれ位しかなかったんですよ」

「…、…まあいい。それはそうと、マシュー殿」

「なんです?」


マシューの言葉にコホン、と軽く咳払いをしイブキは丁寧に自分に寄り掛かっていた姉達を床に寝かせる。

そうして乱した長い黒髪を両手でかきあげ、後ろに流しイブキは深く深く、頭を下げた。


「この度は、我が国を救っていただき、誠にありがとうございます。母上に代わって、礼を言わせて頂く」

「………どういたしまして」

真面目なイブキは単純にマシューが国を救ってくれたと感謝の念でいっぱいであろうが、マシューは笑み返しながら思案する。

実は黒点がその姿を露わにするまでイブキを監視し、利用させて頂いていたとは口が裂けても言えなかった。


「(まあ、結果両成敗ということで、良いんじゃないでしょうかね?)」

「…?おい、どこに顔を向けてるんだ?」

「嗚呼、いえ…つい読者に」

「は?」


マシューが慌てたようにイブキに視線を戻し、ンフッ☆と笑いその場を取り繕うとすればイブキの足元で寝ていた母が呻く。

その声に慌ててイブキがしゃがみ込み「母上…?」と呼びかけるのをマシューは見詰め、軽やかに背中を向けて歩いていった。

何事も無かったかのようにその場を離れようとするマシューにイブキは慌てて呼び止めるも、マシューは少しだけ振り向き笑う。


「……そろそろ刻限のお時間ですよ、決心はついたのですか?」

「!俺はーーーー」

リンゴーンと高台の鐘が国中に鳴り響く。

その音にイブキの言葉はかき消されたが、唇の動きでマシューはイブキの言葉を読み取り目を細め、背中を向けたまま杖をイブキの先をイブキの胸に押し当てた。


「後悔、しませんね?」

「ああ…乗り越えてみせる」

「ンフッ、いい返事です」


鐘の音が鳴る中、マシューはイブキの胸から杖を離し今度こそ城を後にするべく瓦礫の山を乗り越え飛び降りた。

その行動にイブキは驚く筈もなく、煩い鐘の音に次第に姉や妹、馬吉良が起き始める。

「一体何が…そうだ、隕石が…」とぼやきながら母が起きたと思いきや姉のカレンが勢いよく起き上がり「イブキ!怪我は?!」と心配したように慌ててイブキの肩を掴んだ。

その様子にイブキは空笑いをして自身の安否を告げれば、今度は妹が泣き出し姉のユリエが寝ぼけ眼であやしだした。

そうして鐘の音に母が次第に脳が覚醒し「そうだ、刻限…!」と目を見開けば先程まで寝ていた馬吉良がズカズカと重い足取りでこちらにやってきた。


「どうにも腹の虫が収まらん…!こうなればイブキ嬢!こちらに来い!」

「いっ…!」

「!おやめください…!馬吉良殿!交渉は成立した筈よ!なのになんで!」

「こんな国に来なければ変な天変地異に巻き込まれずに済んだのだ!!こうなればこの国も崩壊寸前、このような廃れた国もういらん!!!」

「お願い!やめて!!誰か!!くっ、足に力が…!」


ぐいっとイブキの髪の毛を掴み上げ、馬吉良は崩壊した城の廊下を歩き、民衆に真実を告げる為にバルコニーへと向かう。

母やカレンが慌てて止めに入ろうとするも、二人共身体に上手い事力が入らず立ち上がることが出来ない。

イブキも同様、あの状況で必死に意識を手放さず体が終始緊張状態であった為、髪を乱暴に掴む馬吉良の手を振りほどくことが出来ないでいた。


そうこうしている間に、馬吉良はバルコニーの先頭に立ち外にいる民衆を見回した。

見回せば、成程先程寝ていたのは自分たちだけではなく民衆の人々も一緒だったようで不思議そうに起き上がった者や何事かと理解できてない者ばかりだった。

そんな者たちに馬吉良はお構いなしに、イブキをぐいっと前に突き出す。


「民の者よ!聞くのだ!」

「!」

「我は隣国蒲都万ノ国頭首、名を”馬吉良”と言う!今、この場を借りて皆にこの国の真実を語ろう!!」


馬吉良の遥か後ろ、姉のカレンに支えられながら母椿は絶望に身を震わせた。

これから起こる非難中傷の嵐、民の怒りを想像するだけで恐怖で身がすくみ家族に迷惑をかけてしまう。

そして何より、イブキがもし処刑されでもしたらと思うと、椿は今にも発狂しそうだった。


「この男子禁制の条約を作ったのは一体誰だったか!皆は覚えているであろうか?!そう!この国の頭首、椿殿であられる!時にはその条約のせいで父親を殺され、息子と離れ離れに生活を強いられ、愛する男と共に同棲する事も叶わぬ犠牲者は多かろう!それなのに、自分の息子は追放されたくないが故に”女”だと性別を偽りこの国全ての住民を欺いてきた女がいた!!誰だかわかるか!そう、椿殿であられる!!!!」


熱弁する馬吉良の言葉に、国の人々は集まっていきざわざわと困惑に各々談義を交わしていた。

「そんなまさか…」と絶望に顔を歪める民衆の人々に、馬吉良がニタァと気色の悪い笑みを浮かべ、イブキの髪から手を離し、代わりに両手を片手で拘束しその着物に手をかけた。


「その隠された男こそが、皆が尊いと崇め奉るイブキ嬢、いや…イブキ殿であらされる!!!今、その証拠をとくとご覧入れよう!!」

「ああ、だめ!馬吉良殿!やめて!!」

「さあ見ろ!皆の者!これが真実だああああ!!!!」


母椿の言葉も虚しく、馬吉良が勢いよくイブキの纏う着物をずり落とす。

はらりと着物がはだけ、イブキの裸体が民衆に晒され馬吉良は勝利に顔を歪ませれば、イブキの胸がたわわに揺れ外気に晒された。

すとんと落ちた腰ひもに続き履いていた真っ白のふんどしまで落ち、民衆の人々は茫然とした。


「はっはっは!驚きに声も出ぬか!そうであろうそうであろう!さすれば今ここでイブキ殿を処刑し…」

「警備忍!女忍は何処だ!あの不届き者を今すぐ追放しろ!!」

「イブキ様の裸体に気安く触れ辱めたその罪は重いぞ!!」

「もはや他国の頭首であろうと構わぬ!!打ち首だーーー!!!!」


「えっ、え…ええええええええ?!?!」

何故か非難の的が自分に向かい思わず驚きに目を瞬かせる馬吉良。

ふとちらりとイブキの晒されている裸体を見やれば、なんとそこには見事な乳と美しい白い曲線で出来た女子の体がそこにあったのだ。

これには思わず馬吉良も叫び、慌ててイブキを手放すも時既に遅し。

屋根を伝ってやってきた女忍に捕まり、付き添いで来ていた男侍たちも、この国の気高い女侍たちに拘束され、その後馬吉良の統治する隣国蒲都万ノ国は二度とこの国を訪れないようにと禁止条例まで出された。


「イブキ様、ご無事ですか…?!」

「椿様もご無事で…何よりです!」

民衆の人々が城に集い、イブキや椿、姉たちに労いの言葉をかける。

顔を上げれば眩しいほどに白い太陽が差し込み、民衆の笑顔が後光のおかげで碌に見れなかったが、イブキは晴れやかな気分でいっぱいだった。


後に、女ノ国は他国でニュースに取り上げられる程の話題となる。

隕石が落ちた被害や、隣国蒲都万ノ国に不当に扱われ嘘の容疑で騙し奴隷制度を持ち掛けたこと、そしてそれがまさかの誤報で打ち首にまで追い詰められたこと。

そんな不幸が立て続けに起こったせいもあり隣国や王国までも女ノ国に助けの手を差し伸べようとするも、女ノ国頭首椿は、それを拒否。

女子だけで此処まで登りつめたのだから、今回も女子の我々だけで乗り越えられなくては後にやっていけないとまで言い切り、応援を拒否した。

その国に住む人々と頭首の気高く強い心に圧倒され、女ノ国はこれからも独立国家のまま。自国の経済力だけでやっていく事を改めて表明したそうだ。




討ち取った勝利

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