学校戦争ss

小泉 作造

Episode1

「利男くん…生きて…帰れるのかな?」

外はまだ暗かったが少しずつ明るくなっていた。それでも、とても厚い雲が覆いかぶさっていて、俺たちの心までも暗くしてしまうような空だった。そんな薄暗い空を見ながら、とても暗く、ひっそりとしたここ、美術準備室で息を殺して俺と中村岬は座っていた。この暗いこの暗い部屋でうっすらと見える岬の身体はぶるぶると震えていた。仕方がないと俺は思った。寒さ、そして襲い来る恐怖が俺たちを潰しにきていた。いつ死ぬのか分からない、確実に生きて帰ることはできない。昨日と言う名の地獄を生き抜いてきた俺たちには言えた。目の前で死にゆくクラスメイト、この状況に耐え切れずに死んでいく者。何人の死体、何十個もの血痕を俺たちは見てきた。銃声も、数え切れないほど聞いた。そんな状況、耐え切れない。でも、生きなくては。2人でそう思った。死んでいった者のためにも、必ず生きて脱出したい。

「分からない。でも、絶対に生きて帰る。」

俺は手に持っていた鋸を見た。まだ斬っていないために、血痕は1つもついていなかった。それでいいのだ。俺は誰にも傷つけない。でも、恐怖には勝つことができずに、やはりやはり武器という強力な用心棒にすがりたかった。でも、銃を持つものには敵わない、それも解っていた。だから、この用心棒も、今では鉄の板にすら感じなくなっていた。強力な鉛を吐き出すものとは格が違った。勝つことは不可能なのだ。それを悟ると、今までこの鉄の板でおさえてきた恐怖が一気にふき出した。とても勢いよく。みんな死ぬしかないのか、明日までにはどうせ、俺も死んでしまう。そう考えてしまった。でも、あと1日生きれば、という希望も持っていた。あと1日この部屋に入れば脱出できる。不安はないのかと訊かれると、不安しかない。昨日、90人程いた人は、今ではもう、この校舎には40人程となっている。40人以外は、体育館に連れていかれたか、「死」のどちらかだ。どちらも嫌に決まっていた。体育館に行ったところで殺されることは目に見えていた。でも、ここにいても何もならないことは分かっていた。受け身でいくのではなく、自分で取りに行く。どうせ消えてしまう命、死ぬ気でいきたかった。

「一晩明かしたな。」

空は明るくなり始めた。それでもまだ厚い雲が覆っていた。もう希望などどこにもなかった。あるのは絶望とそれに見合う恐怖だけだった。岬はとても疲れていたのか、壁に寄りかかっていた。周りを見渡すと、色々なものがあった。絵の具や筆、彫刻刀、そして、俺が今持っている鋸。本当に色々なものがあった。それらを見ながら俺はここから出ようかと考えていた。一応鍵はかかっているが、それがいつ壊されるか分からない。でも、外に出ても殺されることはないのかと問われれば、頷くことはできない。ならば、だ。どうせ死ぬなら、理不尽に殺されるよりも、格好よく死んでいきたい。俺は、ここを出ることを決めた。もしかしたら出ることで何か得られる、一片の可能性にも、俺は信じることができた。

「行くしか、ないか。」

俺は小さくそうつぶやいた。するとすぐに、足音が聞こえた。俺は少し驚いて口を塞いだ。俺はドアに耳をつけた。カチャッと金属の音が聞こえた。銃だ。気をつけなければ理不尽に殺されてしまう。

「俺は死ななければならないのか…」

1人がそう言った。もう力など入っていないで、口から抜けて出てきたような声だった。

「当たり前だ。殺すよう言われて俺はやってきた。だから、死ね。」

もしや、と思った瞬間、銃声が聞こえた。1人は床に倒れたようだった。すると、またあいつは銃を撃ってきた。同じ間隔で5発。

「裏切り者が…」

そうもらすと、あいつの足音は小さくなっていった。俺は、床とドアの間から廊下を見た。2cmほどの隙間から、目を大きく見開いた顔が見えた。頰には、血がべったりとついていた。俺は声にならない悲鳴をあげて後ろに倒れ込んだ。

「どうしたの?」

岬が声をかけた。だが、それどころではなかった。あんなに生々しい死体、こういうものに抗体なんかあるはずもなくただただ吐き気がたまっていった。でも俺は決めたんだ。そう思って立ち上がった。岬は不安そうに俺を見た。

「岬、俺はここから出る。出て、生きたい。」

「ここから出るの?」

岬は震えながら、そう聞いた。

「うん。岬は待っててくれ、必ず帰ってくる。」

俺はそう言い静かに鍵を開けた。

ドアを開けると、そこには戦慄の光景が広がっていた。さっき撃たれた人…よく見ると友達だった。とても仲の良い親友だった。俺は、仇を討たなくては、と心に決め、手に握りしめてあった拳銃を取った。

「必ず仇を討つ。お前の死は無駄にさせない。」

そう語りかけた。ふつふつとあいつに対する怒りが湧いてきた。

バンッ

銃弾は、俺の右耳をかすめた。目の前に、友人を殺したと思われる男、鬼頭がいた。

「鬼頭…お前…」

鬼頭はニヤリと笑った。

「これは先生からの命令だ。武器を持った者は殺せと。」

理不尽だ。なぜ俺たちは身を守ることができないんだ。

「お前はなぜ持っていいんだ。話がおかしいじゃないか。」

「うるさい」

鬼頭は俺に銃を向けた。もう駄目かと思った。

「やめてっ」

銃声と一緒に岬が飛び出してきた。弾は岬に命中し、岬は倒れた。俺は、何が起きたか分からなかった。

「み…さ …き…」

岬の死に、俺はとても大きな喪失感を感じた。

「くそ、外しちまった。」

俺は鬼頭に銃口を向け、引き金を引いた。

「死ねぇー」

銃弾は鬼頭の右肩に当たった。

「片方あれば…十分だ…」

鬼頭は左手でポケットから小さめのマシンガンを出した。

「死ね」

俺は何もできなかった。急に頭が冷えて固まってしまった。無残にも数十発の銃弾を受けて倒れた。

「これが…力…だ」

鬼頭が叫んだ。俺は岬の手を握りしめた。まだ暖かかった。でも、強く握りしめても返してはくれなかった。涙が溢れでてきた。

「岬…お前だけでも生きて欲しかった…」

目の前が少しずつ暗くなってきた。守りきることができなかった。それが悔しくて…とても不甲斐なく感じた。

俺はもう一度、岬の手を握った。だが、温もりは、無くなっていた。

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